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  • 百番指し

    百番指しから見た有吉道夫有吉道夫

    トップクラスの棋士同士であっても1年間に10局以上同じ相手と対局することがまれであるため、百番指しが達成された組み合わせは、同時代の長年に渡ってお互いトッププロとして、特にタイトル戦の番勝負などで戦った棋士同士の組み合わせに限られている。なお、タイトル戦での対戦がない組み合わせの最多対戦は内藤國雄-有吉道夫の93局である(両者ともすでに引退、内藤の49勝44敗)。百番指し フレッシュアイペディアより)

  • 山田朱未

    山田朱未から見た有吉道夫有吉道夫

    山田 朱未(やまだ あけみ、1980年5月18日 - )は、日本の将棋の女流棋士。岡山県玉野市出身。玉野市立玉中学校卒業。有吉道夫九段門下。女流棋士番号48のち25。山田朱未 フレッシュアイペディアより)

  • 村中秀史

    村中秀史から見た有吉道夫有吉道夫

    2010年3月9日のC級2組順位戦最終戦で、有吉道夫九段に勝利。有吉はこの敗戦で加藤一二三に次ぐ史上2人目の公式戦1,000敗に到ると同時に、延べ54期に亘り参加し続けた順位戦から退いた。村中秀史 フレッシュアイペディアより)

  • 藤原直哉 (棋士)

    藤原直哉 (棋士)から見た有吉道夫有吉道夫

    その一方で順位戦を不得手とする傾向が見られ、プロ入りから28年間連続でC級2組に在籍し、第63期(2004年度)と第67期(2008年度)でいずれも2勝8敗に終わり降級点を喫した。成績次第ではフリークラスへの降級が危惧される状況で臨んだ第68期(2009年度)では、同様の境遇にあった有吉道夫に勝利するなど、4勝6敗(44人中35位)で降級を回避した。第72期(2013年度)に6勝4敗の成績を挙げ、5年ぶりに降級点を消去した。藤原直哉 (棋士) フレッシュアイペディアより)

  • 小林健二 (将棋棋士)

    小林健二 (将棋棋士)から見た有吉道夫有吉道夫

    四段時代の1977年、第18期王位戦の挑戦者決定リーグ戦に進出。白組で有吉道夫八段(当時)らを破り5戦全勝で優勝、挑戦者決定戦へ進出した。将棋界初の四段によるタイトル挑戦かと騒がれ、紅組で優勝した米長邦雄八段(当時)との対局も途中までは優勢であったが、終盤で逆転負けし、惜しくもタイトル挑戦とはならなかった。師匠の板谷進八段(当時)は対局前、負けたら記録係をやらせるとハッパをかけていたが勝利かなわず、中原誠王位と米長八段による王位戦第3局では本当に記録係を務めることとなった。小林健二 (将棋棋士) フレッシュアイペディアより)

  • 将棋大賞

    将棋大賞から見た有吉道夫有吉道夫

    第12回(1984年度) 有吉道夫(勝率・勝利・連勝)将棋大賞 フレッシュアイペディアより)

  • 高橋道雄

    高橋道雄から見た有吉道夫有吉道夫

    2008年度は先手では矢倉、後手では横歩取り8五飛を原動力として24勝15敗(勝率0.615、B級1組以上では羽生善治、久保利明に次ぐ高勝率)と好調で、第67期順位戦B級1組では8勝4敗の成績で井上慶太と共に6期ぶりでA級へ復帰した。A級昇級を決めた2人がともに40歳以上であるのは、第43期の有吉道夫と二上達也以来。翌第68期(2009年度)A級順位戦では2位で勝ち越し、15年ぶりのA級残留に成功した。第69期(2010年度)A級順位戦では3位に、第70期A級順位戦では2勝7敗と大きく負け越したものの、久保利明、丸山忠久と同率となり、前年度順位上位のため残留となり、史上初の2勝7敗での残留となった。高橋道雄 フレッシュアイペディアより)

  • 佐藤康光

    佐藤康光から見た有吉道夫有吉道夫

    少年時代に憧れていた棋士は米長邦雄。隣接の大阪府枚方市にあった師匠・田中の将棋教室に通うようになった頃、『米長の将棋』という本で勉強。また、最初に読んだ棋書は有吉道夫の自戦記『玉頭位取り戦法』であり、真っ黒でボロボロになるまで繰り返し読んだという。佐藤康光 フレッシュアイペディアより)

  • 大山康晴

    大山康晴から見た有吉道夫有吉道夫

    順位戦A級に在籍しながら、1977年(昭和52年)から1988年(昭和63年)まで日本将棋連盟会長を務めた。弟子には有吉道夫、中田功、行方尚史などがいる。1990年(平成2年)には将棋界から初めて文化功労者に選ばれた。正四位勲二等瑞宝章。岡山県倉敷市出身で、倉敷市および青森県上北郡おいらせ町の名誉市民・名誉町民。大山康晴 フレッシュアイペディアより)

  • 消化試合

    消化試合から見た有吉道夫有吉道夫

    将棋棋士の米長邦雄(元名人、元日本将棋連盟会長、故人)は、自著『人間における勝負の研究』(祥伝社ノン・ブック)の中で、「自分にとって消化試合でも相手にとって重要な対局は、何年間かのツキを呼び込む大きな対局であり、名人戦より必死にやって、相手を全力で負かす」といういわゆる「米長理論」(米長哲学)を提唱し、将棋界では広く支持されている。昇級にも降級にも関係ない棋士との対戦に敗れて昇級を逃したり、降級・陥落の憂き目に遭ったりした棋士は米長本人がこれを実践した相手である大野源一はじめ数多く存在する。2010年4月30日に指された第23期竜王戦5組残留決定戦では、すでに引退が決定していた(勝敗にかかわらず次期竜王戦には参加しない)74歳の有吉道夫が、木下浩一を破って6組に降級させ5組に「残留」している。また、同じ期の竜王戦5組残留決定戦では、有吉と同様に引退が決定していた68歳の大内延介が、石田和雄を破って6組に降級させている。消化試合 フレッシュアイペディアより)

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