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  • 2003年全仏オープン

    2003年全仏オープンから見た杉山愛杉山愛

    女子ダブルス: 杉山愛& キム・クライシュテルス vs. ビルヒニア・ルアノ・パスクアル& パオラ・スアレス 6-7, 6-2, 9-72003年全仏オープン フレッシュアイペディアより)

  • 2001年ウィンブルドン選手権

    2001年ウィンブルドン選手権から見た杉山愛杉山愛

    リサ・レイモンド& レネ・スタブス vs. 杉山愛& キム・クライシュテルス 6-4, 6-32001年ウィンブルドン選手権 フレッシュアイペディアより)

  • 2000年全米オープン (テニス)

    2000年全米オープン (テニス)から見た杉山愛杉山愛

    女子ダブルス: 杉山愛& ジュリー・アラール=デキュジス vs. エレーナ・リホフツェワ& カーラ・ブラック 6-0, 1-6, 6-12000年全米オープン (テニス) フレッシュアイペディアより)

  • 1999年全米オープン (テニス)

    1999年全米オープン (テニス)から見た杉山愛杉山愛

    混合ダブルス: マヘシュ・ブパシ& 杉山愛 vs. ドナルド・ジョンソン& キンバリー・ポー 6-4, 6-41999年全米オープン (テニス) フレッシュアイペディアより)

  • ジュリー・アラール=デキュジス

    ジュリー・アラール=デキュジスから見た杉山愛杉山愛

    ジュリー・アラール=デキュジス(Julie Halard-Decugis, 1970年9月10日 - )は、フランス・ヴェルサイユ出身の元女子プロテニス選手。2000年の全米オープン女子ダブルスで、日本の杉山愛とペアを組んで優勝した。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。WTAツアーでシングルス12勝、ダブルス15勝を挙げた。1995年に結婚し、以降は既婚選手として自分の姓「アラール」(Halard)と夫の姓「デキュジス」(Decugis)を併用して活動した。ジュリー・アラール=デキュジス フレッシュアイペディアより)

  • アリシア・モリク

    アリシア・モリクから見た杉山愛杉山愛

    1996年にプロ入り。1998年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップのオーストラリア代表選手となり、オリンピックは2000年シドニー五輪と2004年アテネ五輪の2大会連続で出場した。2003年1月に地元オーストラリア・ホバートの大会で女子ツアーのシングルスに初優勝。長い間地味な存在の選手だったが、オリンピック直前の2004年8月第1週にスウェーデン・ストックホルムで行われた大会でツアー2勝目を果たすと、アテネ五輪でも波に乗って勝ち進み、シングルス準々決勝で日本の杉山愛を 6-3, 6-4 のストレートで破った。準決勝ではフランス代表のアメリ・モレスモに 6-7, 3-6 で敗れ、準決勝敗退選手の2人で争われる「銅メダル決定戦」に回ったが、そこで当年度の全仏オープン優勝者アナスタシア・ミスキナを 6-3, 6-4 で破り、モリクが女子シングルスの銅メダル獲得選手となった。アリシア・モリク フレッシュアイペディアより)

  • マラ・サンタンジェロ

    マラ・サンタンジェロから見た杉山愛杉山愛

    2007年に入ると、サンタンジェロはダブルスで成績を伸ばし、全仏オープンを迎える前に3つの大会で優勝した。パートナーはそれぞれ異なり、ニコル・プラット、カタリナ・スレボトニク、ナタリー・ドシーと組んでタイトルを取った。全仏オープンでは、サンタンジェロはアリシア・モリクとペアを組み、第17シードから勝ち進んだ。サンタンジェロとモリクは、準決勝で第2シードのリーゼル・フーバー&カーラ・ブラック組を 6-3, 3-6, 6-3 のフルセットで破り、初進出の決勝で杉山愛&カタリナ・スレボトニク組を 7-6, 6-4 で破って優勝した。こうして、マラ・サンタンジェロはイタリア人の女子テニス選手として史上初の4大大会女子ダブルス部門を制覇した選手になった。イタリア人女性による4大大会優勝は、1986年全米オープンの混合ダブルスで優勝したラファエラ・レジ以来、21年ぶり2人目の快挙となる。マラ・サンタンジェロ フレッシュアイペディアより)

  • 佐伯美穂

    佐伯美穂から見た杉山愛杉山愛

    11歳からテニスを始め、高校卒業後の1994年4月にプロ入りする。1995年4月の「ジャパン・オープン」女子ダブルスで吉田友佳とペアを組み、杉山愛と長塚京子のペアを 6-7, 6-4, 7-6 で破って初優勝を飾った。1996年11月にタイ・パタヤ市の大会で、吉田とのペアでダブルス2勝目を達成。1997年の全豪オープンから4大大会に挑戦を始める。佐伯の4大大会自己最高成績は1998年の全仏オープン3回戦進出であるが、この年は全豪オープン2回戦で杉山愛と“日本人対決”を繰り広げたり、全米オープン2回戦でアメリ・モレスモに挑戦するなどの活躍があった。1999年の全豪オープン2回戦は、今なおテニスファンの語り草になっている。この試合で、佐伯の対戦相手だった第12シードのアンナ・クルニコワが「31本」のダブル・フォールト(サーブを2本続けて失敗すること。相手に1ポイントが与えられる)を連発した。しかし佐伯もそんなクルニコワを攻め切れず、試合は 1-6, 6-4, 10-8 でクルニコワの勝利となった。佐伯美穂 フレッシュアイペディアより)

  • アテネオリンピック (2004年) 日本選手団

    アテネオリンピック (2004年) 日本選手団から見た杉山愛杉山愛

    杉山愛(ワコール)シングルス5位(準々決勝敗退)アテネオリンピック (2004年) 日本選手団 フレッシュアイペディアより)

  • パトリシア・タラビーニ

    パトリシア・タラビーニから見た杉山愛杉山愛

    1998年の全豪オープンで、タラビーニは1993年全仏オープン以来2度目の4大大会女子ダブルス準決勝に進出する。タラビーニとコンチタ・マルチネスは、準々決勝でエレーナ・リホフツェワ&杉山愛組を破った後、続く準決勝で第1シードのリンゼイ・ダベンポート&ナターシャ・ズベレワ組に 3-6, 1-6 で敗れた。タラビーニの2度の4大大会女子ダブルス準決勝は、どちらもズベレワが決勝への道を阻んだことになる。1998年9月のトーナメントを最後に、タラビーニはシングルス戦から完全に撤退し、1999年以後はダブルスのみに活動を絞るようになった。パトリシア・タラビーニ フレッシュアイペディアより)

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