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  • 杉山愛

    杉山愛から見た皇后美智子

    現役として最後の大会となった東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメントでは大会前に引退セレモニーが行われ、ダブルスパートナーのハンチュコワを初め、かつてのダブルスパートナーであったスレボトニクや後輩選手の森田や森上、今大会第1シードのディナラ・サフィナら大会出場選手も参加してセレモニーに花を添えた。シングルスでは1回戦で第13シードのナディア・ペトロワと対戦。0-6,1-2としたところで体調不良による棄権となる不本意な結果に終わったが、試合後には長年活躍した杉山を労いたいとの考えから観戦に訪れていた皇后美智子と懇談し労いの言葉をかけられた。一方ハンチュコワと組んで第9シードで出場したダブルスでは準々決勝で第2シードのアナベル・メディナ・ガリゲス&ビルヒニア・ルアノ・パスクアル組に7-6(5),3-6,10-7で勝利する等の活躍で決勝に進出。決勝ではアリサ・クレイバノワ&フランチェスカ・スキアボーネ組に4-6,2-6のストレートで敗れ、17年の選手生活をダブルス準優勝で締めくくった。杉山愛 フレッシュアイペディアより)

  • 杉山愛

    杉山愛から見たモニカ・セレス

    シングルスでは第4シードのディフェンディングチャンピオンとして臨んだ年初のタルゴ・オーストラリア女子ハードコート選手権では準決勝で第2シードのパティ・シュナイダーに2-6,6-7(6)のストレートで敗退。同じくディフェンディングチャンピオンとして第1シードで臨んだジャパン・オープンでは全試合ストレート勝ちで決勝に進出するも、決勝では第2シードのエミー・フレージャーに2-6,2-6のストレートで敗退し大会3連覇を逃した。この年は他にも第8シードで出場した9月のトヨタ・プリンセス・カップ準々決勝で当時シングルス世界ランク8位、大会第3シードのジュリー・アラール=デキュジスを6-2,7-5のストレートで下す活躍でモニカ・セレスとの準決勝まで進出した他、ノーシードで出場した10月のクレムリン・カップ2回戦でも当時世界ランク6位、大会第1シードのマリー・ピエルスを6-4,3-6,6-3のフルセットで破りベスト8に進出。8月第1週のTIGクラシック1回戦と8月第3週のデュモーリエ・オープン2回戦でも、それぞれ世界ランク6位のマリー・ピエルスと同7位のヤナ・ノボトナを破る活躍があった。しかしその一方前シーズンでは2大会のみだったツアー1回戦負けが8回に及ぶなど好不調の波も激しく、年度末ランキングでは前年の18位より6位順位を下げ24位でシーズンを終えた。杉山愛 フレッシュアイペディアより)

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    杉山愛から見たマラ・サンタンジェロ

    2007年の全仏オープンでも、カタリナ・スレボトニクとのコンビで決勝に進出したが、アリシア・モリク&マラ・サンタンジェロ組に敗れ、2年連続の準優勝となった。続くウィンブルドンでもスレボトニクと組み、リーゼル・フーバー&カーラ・ブラック組との決勝に進出したが、こちらも準優勝に終わっている。杉山愛 フレッシュアイペディアより)

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    杉山愛から見たエレナ・ドキッチ

    ダブルスではこの年から新たにジュリー・アラール=デキュジスと組み、第2シードで出場した全米オープン決勝で第10シードのカーラ・ブラック&エレーナ・リホフツェワ組を6?0,1?6,6?1のフルセットで下し、1975年ウィンブルドンでアン清村と組んで優勝した沢松和子以来、25年振りのグランドスラム女子ダブルス優勝を果たす。この年は他にもアラール=デキュジスとのペアで4月のマイアミ・マスターズと10月のクレムリン・カップの二つのティアI大会を含むツアー6勝を、またナタリー・トージアとのペアでも1勝を挙げ、年間7勝を記録。この活躍により10月には日本人選手として初めてWTAダブルスランキング1位になり、年度末ランクでも1位でシーズンを終えた。一方シングルスではノーシードで出場した全豪オープン4回戦で、当時世界ランク5位の第4シードマリー・ピエルスを7-5,6-4のストレートで下し、自信初のグランドスラムシングルスベスト8進出を果たす。また全仏オープンでも5年振りに4回戦に進出した。しかしこれ以外では2月のステート・ファーム・クラシックでベスト8に進出した他は全てツアー1?2回回戦負けに終わり、2度目の出場となったシドニーオリンピックでも、第14シードで出場したシングルスは1回戦でエレナ・ドキッチに0-6,6-7(1)で、宮城ナナとのペアで第4シードとして出場したダブルスも2回戦でタイのベンジャマス・サングラム&タマリン・タナスガーンに6-2,5-7,2-6のフルセットで敗退する等、シングルスでスランプに陥る。杉山は後のインタビューでこの頃を振り返り「あの時の私はダブルスばかり戦績が出て、日曜日まで勝ち残るのに、シングルスでは負けが続き、トーナメントの過ごし方が分からなくなっていた。自分のテニスを見失い、それこそ私の打ち方どうなっているの?というレベルまで落ちてしまった。周りの選手達が25?6歳で辞めていった時期でもあり、尚更私はどうなっていくのか」と悩んだという。コーチとの関係も上手く行かなくなり、キャリアで初めて壁にぶつかったと感じた杉山は、米国遠征中に母芙沙子に電話をかけ「もうテニスを辞めたい」と涙ながらに弱音を吐く程追い詰められていた。しかし、この電話を切っ掛けに話し合いの末、シーズン終了後からデヨングに代わり芙沙子がコーチを務める事が決定し、親子二人三脚のツアー転戦が始まる事となる。杉山愛 フレッシュアイペディアより)

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    杉山愛から見たアン清村

    ダブルスではこの年から新たにジュリー・アラール=デキュジスと組み、第2シードで出場した全米オープン決勝で第10シードのカーラ・ブラック&エレーナ・リホフツェワ組を6?0,1?6,6?1のフルセットで下し、1975年ウィンブルドンでアン清村と組んで優勝した沢松和子以来、25年振りのグランドスラム女子ダブルス優勝を果たす。この年は他にもアラール=デキュジスとのペアで4月のマイアミ・マスターズと10月のクレムリン・カップの二つのティアI大会を含むツアー6勝を、またナタリー・トージアとのペアでも1勝を挙げ、年間7勝を記録。この活躍により10月には日本人選手として初めてWTAダブルスランキング1位になり、年度末ランクでも1位でシーズンを終えた。一方シングルスではノーシードで出場した全豪オープン4回戦で、当時世界ランク5位の第4シードマリー・ピエルスを7-5,6-4のストレートで下し、自信初のグランドスラムシングルスベスト8進出を果たす。また全仏オープンでも5年振りに4回戦に進出した。しかしこれ以外では2月のステート・ファーム・クラシックでベスト8に進出した他は全てツアー1?2回回戦負けに終わり、2度目の出場となったシドニーオリンピックでも、第14シードで出場したシングルスは1回戦でエレナ・ドキッチに0-6,6-7(1)で、宮城ナナとのペアで第4シードとして出場したダブルスも2回戦でタイのベンジャマス・サングラム&タマリン・タナスガーンに6-2,5-7,2-6のフルセットで敗退する等、シングルスでスランプに陥る。杉山は後のインタビューでこの頃を振り返り「あの時の私はダブルスばかり戦績が出て、日曜日まで勝ち残るのに、シングルスでは負けが続き、トーナメントの過ごし方が分からなくなっていた。自分のテニスを見失い、それこそ私の打ち方どうなっているの?というレベルまで落ちてしまった。周りの選手達が25?6歳で辞めていった時期でもあり、尚更私はどうなっていくのか」と悩んだという。コーチとの関係も上手く行かなくなり、キャリアで初めて壁にぶつかったと感じた杉山は、米国遠征中に母芙沙子に電話をかけ「もうテニスを辞めたい」と涙ながらに弱音を吐く程追い詰められていた。しかし、この電話を切っ掛けに話し合いの末、シーズン終了後からデヨングに代わり芙沙子がコーチを務める事が決定し、親子二人三脚のツアー転戦が始まる事となる。杉山愛 フレッシュアイペディアより)

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    杉山愛から見たブレンダ・シュルツ=マッカーシー

    日本人選手トップとなって臨んだ1997年は、杉山を様々な角度からサポートする「チーム愛」を結成、コーチに丸山淳一、コーディネーターに母親の芙紗子を付けた他、トレーナー、マネージャーも加わるチーム体制でツアーを転戦するようになる。シングルスでは第6シードで出場した年初のゴールドコースト・クラシックで準優勝の好成績を収めると、第4シードで出場した4月のジャパン・オープンでは準決勝で第2シードのキンバリー・ポーを5-7,6-4,6-1で、決勝でエミー・フレージャーを4-6,6-4,6-4の逆転でそれぞれ下し、4度目のツアーシングルス決勝で初優勝を果たす。更にノーシードで出場した10月のクレムリン・カップでは2回戦で第7シードのブレンダ・シュルツ=マッカーシーを6-4,7-5で、準々決勝で第3シードのアランチャ・サンチェス・ビカリオ6-1,7-6(1)のストレートで下す番狂わせを起こし決勝に進出。決勝では第1シード、当時世界ランク2位のヤナ・ノボトナに3?6,4-6のストレートで敗れるも、自身初のティアI大会準優勝を果たした。杉山愛 フレッシュアイペディアより)

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    杉山愛から見た平木理化

    またこの年はマヘシュ・ブパシと組んだ混合ダブルスでも好成績を残し、第3シードで出場した全仏オープンでベスト8に進出すると、第2シードで出場した全米オープンでは自身初のグランドスラムタイトルを獲得。日本人選手の混合ダブルス部門優勝は1997年全仏オープンでマヘシュ・ブパシ&平木理化組が優勝して以来、2年ぶり3人目の快挙であった。杉山愛 フレッシュアイペディアより)

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    杉山愛から見たクリスティ・ボーグルト

    この年は杉山にとって躍進の年となり、シングルスではノーシードで出場した2月のミズノ・ワールド・レディース準々決勝で大会第8シードのクリスティ・ボーグルトを6-3,6-3のストレーで破り自身初のツアーベスト4に進出すると、4月のジャパン・オープンでは道城まみと組み主催者推薦で出場したダブルスで初のツアー優勝を果たす。更に大会第8シードで出場した11月のウィスミラク国際では初のツアーシングルス決勝に進出。決勝ではエレナ・ワーグナー(ドイツ)と対戦したが、6?2,0-6のスコアとしたところで途中棄権した。この大会では長塚京子と組んで第2シーで出場したダブルスでも決勝まで勝ち上がったが、シングルスの棄権によりこちらも試合前に棄権した。この年は他にも9月のニチレイ・レディースでシングルスベスト8、ダブルスベスト4に進出した他、11月の台湾オープンダブルスでもベスト4に進出。これらの活躍で年度末ランクもシングルスで前年の145位 から72位へ、ダブルスでも同212位 から53位 へ急上昇し、単複共初めて年間ランキングトップ100でシーズンを終えた。杉山愛 フレッシュアイペディアより)

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    杉山愛から見たコリーナ・モラリュー

    シングルスでは年初のタルゴ・オーストラリア女子ハードコート選手権優勝 から次週のアディダス国際準決勝まで8連勝のスタートダッシュを切ると、好調のまま臨んだ全豪オープンではグランドスラムシングルスで初めてシード選手となる第16シードで出場、1996年ウィンブルドン以来のグランドスラム4回戦進出を果たす。大会第1シード、ディフェンディングチャンピオンとして臨んだ4月のジャパン・オープン決勝ではコリーナ・モラリューを6-3,6-3のストレートで下し大会2連覇。この年は他にも東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメント、WTAドイツ・オープンのティアIグレード2大会を含む5大会でツアーベスト8に進出するなど安定して好成績を残し、年度末ランクも18位に上昇した。杉山愛 フレッシュアイペディアより)

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    杉山愛から見たアンケ・フーバー

    1996年は第23シードで出場したリプトン選手権シングルス3回戦で当時世界ランク10位、大会第7シードのヤナ・ノボトナを6-3,6-3のストレートで破り4回戦に進出。第4シードで出場した4月第3週のジャパン・オープンシングルスでは第1シードの伊達公子との準決勝まで進出した他、伊達と組んで主催者推薦で出場したダブルスでも優勝する好成績を残した。翌週の4月27?28日には有明コロシアムで開催されたフェドカップ:ワールドグループ1回戦、対ドイツ戦最終試合のダブルスに於いて、長塚京子とのペアで出場。日本はシングルスで伊達公子、沢松奈生子を、ドイツはシュテフィ・グラフ、アンケ・フーバーと両国ともトップ選手を擁する布陣で臨み、2勝2敗の五分で杉山/長塚組対グラフ/フーバー組のダブルスにチームの勝敗がかかったが、杉山/長塚組はグラフ/フーバー組4-6,6-3,6-3のフルセットの逆転で破り、日本がドイツを破って代表史上初めてワールドグループ準決勝に進出する大金星を挙げた。6?7月のウィンブルドン選手権シングルスでは、3回戦で当時世界ランク5位、大会第5シードのアンケ・フーバーを7-6(3),6-1のストレートで破る活躍で4回戦に進出している。杉山愛 フレッシュアイペディアより)

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