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    李承ヨプ (野球)から見た青木高広

    100本塁打:2007年7月1日、対広島東洋カープ9回戦(広島市民球場)、2回表に青木高広から右越2ラン ※史上250人目李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た日高剛

    初盗塁:2004年5月5日、対オリックス・ブルーウェーブ8回戦(Yahoo!BBスタジアム)、2回表に二盗(投手:川越英隆、捕手:日高剛李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た小久保裕紀

    レギュラーシーズンでは上記のWBCでの活躍や、高橋由伸、小久保裕紀といった主軸が毎年のように故障していたこともあり、この年から巨人の監督に復帰した原辰徳は李を開幕から4番打者として起用。その開幕戦(東京ドーム、対横浜ベイスターズ戦)で加藤武治から巨人移籍後初本塁打を放った。6月11日のロッテ戦(千葉マリン)では渡辺俊介から勝ち越し2点本塁打を放ったが、走者の小関竜也が三塁を空過したため、この打席の記録は単打として記録された。8月1日には日韓通算400本塁打を達成、故障者続出の中でフル出場を続け、打率.323・本塁打41・打点108と来日以降最高の成績をマークした。前年まで苦しんでいた左投手に対してもこの年は打率.338をマークするなど、完全克服を印象付ける。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見たリュ・シウォン

    リュ・シウォンと交流があり、これが縁で2007年の東京ドーム開幕戦でリュ・シウォンは始球式を務めた。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見たペ・ヨンジュン

    愛称は韓国では「アジアの大砲」「国民的打者」「球帝」「ライオン・キング(人物の項参照)」「56発男」、日本プロ野球移籍以降は「スンちゃん」「スン様(ペ・ヨンジュンになぞらえて)」。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た高橋由伸

    レギュラーシーズンでは上記のWBCでの活躍や、高橋由伸、小久保裕紀といった主軸が毎年のように故障していたこともあり、この年から巨人の監督に復帰した原辰徳は李を開幕から4番打者として起用。その開幕戦(東京ドーム、対横浜ベイスターズ戦)で加藤武治から巨人移籍後初本塁打を放った。6月11日のロッテ戦(千葉マリン)では渡辺俊介から勝ち越し2点本塁打を放ったが、走者の小関竜也が三塁を空過したため、この打席の記録は単打として記録された。8月1日には日韓通算400本塁打を達成、故障者続出の中でフル出場を続け、打率.323・本塁打41・打点108と来日以降最高の成績をマークした。前年まで苦しんでいた左投手に対してもこの年は打率.338をマークするなど、完全克服を印象付ける。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た原辰徳

    レギュラーシーズンでは上記のWBCでの活躍や、高橋由伸、小久保裕紀といった主軸が毎年のように故障していたこともあり、この年から巨人の監督に復帰した原辰徳は李を開幕から4番打者として起用。その開幕戦(東京ドーム、対横浜ベイスターズ戦)で加藤武治から巨人移籍後初本塁打を放った。6月11日のロッテ戦(千葉マリン)では渡辺俊介から勝ち越し2点本塁打を放ったが、走者の小関竜也が三塁を空過したため、この打席の記録は単打として記録された。8月1日には日韓通算400本塁打を達成、故障者続出の中でフル出場を続け、打率.323・本塁打41・打点108と来日以降最高の成績をマークした。前年まで苦しんでいた左投手に対してもこの年は打率.338をマークするなど、完全克服を印象付ける。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た松井稼頭央

    2003年にFA権を取得。メジャーリーグ志向を明らかにしていたため、韓国マスコミではメジャーに移籍すること自体は前提となっており、どこに入団するかが語られていたほどで、本人も「希望はDHのあるア・リーグ」「松井秀喜を2年以内にあらゆる面で越えてみせる」とインタビューで語り、さらにシーズン後の松井稼頭央とのテレビ対談などでも「私はすでにメジャー級」と自信のほどを語っていた。しかし、40人ロースターを確約することとなるメジャー契約を希望する球団が現れず、わずかにロサンゼルス・ドジャースがマイナー契約を提示したに過ぎなかった。これは韓国球界そのものへの評価の低さや、56本塁打を放ったものの、李の所属していたサムスンの本拠地である大邱市民運動場野球場は、韓国でも指折りの狭さの上にラッキーゾーンも存在していたことなどから、個人記録に対する認識、メジャーリーグが外部に求める人材(一塁しか守れないため、起用法が限定される選手をリスクを犯してまで獲得しない)も影響していたと見られている。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見たオリックス・バファローズ

    李 承燁(イ・スンヨプ、韓国語:???、1976年10月11日 - )は、大韓民国の大邱広域市出身の元プロ野球選手(内野手)。左投げ左打ち。現役時代は韓国プロ野球のサムスン・ライオンズで活躍し、日本の千葉ロッテマリーンズ・読売ジャイアンツ・オリックス・バファローズにも所属した。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た起亜自動車

    この年から背番号を25に変更する。前年に手術した左膝のほかに左肩や左手親指にも炎症を起こすなど故障が多く、2軍降格や7番打者での出場も経験するなど苦しいシーズンとなった。7月には日本通算100本塁打を達成したことを記念して、起亜自動車からニューオピラスが贈呈された。終盤に4番に復帰したものの成績は打率.274・本塁打30・打点74に終わる。クライマックスシリーズ第2ステージでは、3試合で3安打を放つも0打点だった。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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