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    李承ヨプ (野球)から見た石井弘寿

    第1回WBC韓国代表に選出され、一次リーグの日本戦では石井弘寿から逆転2点本塁打、二次リーグのメキシコ戦、アメリカ戦でも先制本塁打を放つなど、4試合連発を含む大会最多の5本塁打・10打点を記録する大活躍で韓国代表を4強に導き、記者投票による優秀選手(ベストナイン)に一塁手として選出された。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た張鍾勲

    韓国球界を代表する国民的打者であり、韓国メディアからは「野球に関しては神の域に到達した」などとすら言われることがあった。韓国プロ野球において在籍9年間で通算324本塁打を記録し(韓国プロ野球で通算300本塁打以上は梁埈赫、張鍾勲、沈正洙を含む4人)、MVP5回・本塁打王5回・打点王4回を獲得。2004年から2011年まで、サムスン・ライオンズでつけていた背番号36は李の退団後、同球団で欠番となっていた。国際大会では約10年間に渡り、韓国代表の主軸打者として活躍した。韓国野球を世界屈指の強豪に押し上げた立役者とされ、その土壇場での一振りで試合を決める威力と勝負強さから、韓国マスコミからは「解決者」と表現されている。2012年から三星に復帰し、2013年、韓国プロ野球新記録となる通算352本塁打を達成し、2017年の現役引退まで韓国プロ野球史上最多の通算467本塁打を記録した。背番号「36」はサムスン・ライオンズの永久欠番となる。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た梁ジュン赫

    韓国球界を代表する国民的打者であり、韓国メディアからは「野球に関しては神の域に到達した」などとすら言われることがあった。韓国プロ野球において在籍9年間で通算324本塁打を記録し(韓国プロ野球で通算300本塁打以上は梁埈赫、張鍾勲、沈正洙を含む4人)、MVP5回・本塁打王5回・打点王4回を獲得。2004年から2011年まで、サムスン・ライオンズでつけていた背番号36は李の退団後、同球団で欠番となっていた。国際大会では約10年間に渡り、韓国代表の主軸打者として活躍した。韓国野球を世界屈指の強豪に押し上げた立役者とされ、その土壇場での一振りで試合を決める威力と勝負強さから、韓国マスコミからは「解決者」と表現されている。2012年から三星に復帰し、2013年、韓国プロ野球新記録となる通算352本塁打を達成し、2017年の現役引退まで韓国プロ野球史上最多の通算467本塁打を記録した。背番号「36」はサムスン・ライオンズの永久欠番となる。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た小関竜也

    レギュラーシーズンでは上記のWBCでの活躍や、高橋由伸、小久保裕紀といった主軸が毎年のように故障していたこともあり、この年から巨人の監督に復帰した原辰徳は李を開幕から4番打者として起用。その開幕戦(東京ドーム、対横浜ベイスターズ戦)で加藤武治から巨人移籍後初本塁打を放った。6月11日のロッテ戦(千葉マリン)では渡辺俊介から勝ち越し2点本塁打を放ったが、走者の小関竜也が三塁を空過したため、この打席の記録は単打として記録された。8月1日には日韓通算400本塁打を達成、故障者続出の中でフル出場を続け、打率.323・本塁打41・打点108と来日以降最高の成績をマークした。前年まで苦しんでいた左投手に対してもこの年は打率.338をマークするなど、完全克服を印象付ける。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見たエイドリアン・バーンサイド

    オリンピック終了後、8月28日に出場選手登録された。外国人枠(アレックス・ラミレス、マーク・クルーン、セス・グライシンガー+李の4人でいっぱいの状況で、エイドリアン・バーンサイドの登板予定があった)の関係で9月4日にいったん二軍落ちしたものの、9月14日に一軍昇格してからは復調して最終戦まで5番で起用された。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た鴨志田貴司

    2010年12月2日、1年推定年俸1億5000万円プラス出来高払いの契約でオリックスに移籍。背番号は3。ユニフォームの背ネームはロッテ、巨人時代の「LEE」とは異なり、「LEE S.Y.」となった。2005年まで在籍していたロッテ以来、6年ぶりのパシフィック・リーグ復帰となった。中軸として期待され、開幕第2戦では移籍後初本塁打となる3ランを京セラドーム大阪の上段席に運ぶ活躍を見せたが、春先から三振が目立つなどの極度の不振に喘ぎ、5月8日に一旦登録抹消。5月22日に再登録され、その日の古巣・巨人戦で4番スタメンで先発出場。7月9日の西武戦では、日本通算150本塁打を記録した。9月16日のロッテ戦(QVCマリンフィールド)では前夜にユニフォームの入った荷物を提出し忘れて試合までにユニフォームが届かなかったため、鴨志田貴司のユニフォームを着て試合出場する珍事があった。この年は主に6番でスタメン起用されたが、打率は伸び悩み、打撃成績は122試合で打率.201、15本塁打、51打点にとどまった。得点圏打率は.265を記録し、8月14日の西武戦では10回裏に牧田和久から自身5年ぶりのサヨナラ2ラン本塁打を放つ等、随所では勝負強さも披露したが、この年限りで退団したい旨を球団に申し出て受理された。日本での最終打席はファーストゴロに終わり、チームは3年ぶりのクライマックスを1毛差で逃した李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見たジャック・ハウエル

    阪神との最大13ゲーム差を逆転してのリーグ連覇(メークレジェンド)に貢献し、クライマックスシリーズでは16打数4安打・2本塁打・4打点の活躍を見せた。しかし、日本シリーズでは18打数2安打・12三振の大不振に陥り、チームも日本一を逃した。シリーズ12三振はジャック・ハウエルが1992年に記録した16三振に次ぐ記録で、巨人選手としてはチーム新記録であった。その後、来日以来最低の成績に終わった今季を「野球人生で最悪の1年だった」と振り返り、翌年に集中するとして2009 ワールド・ベースボール・クラシック韓国代表を辞退することを表明した。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た金廣鉉

    4月2日、大邱サムスン・ライオンズ・パークでの斗山ベアーズ戦で、 柳煕寛から同野球場で三星ライオンズの選手としては初の本塁打を記録。8月24日、大邱サムスン・ライオンズ・パークでのSKワイバーンズ戦で、 金廣鉉から梁埈赫を抜いて韓国プロ野球新記録となる個人通算1390打点を記録。9月7日、大邱サムスン・ライオンズ・パークでのKTウィズ戦で、李昌宰から韓国プロ野球では史上8人目となる個人通算2000安打を達成した。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た涌井秀章

    150本塁打:2011年7月9日、対埼玉西武ライオンズ8回戦(西武ドーム)、6回表に涌井秀章から右越ソロ ※史上155人目李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見たマット・フランコ

    復帰間もないボビー・バレンタイン監督のもと、開幕を4番で迎える。開幕戦の対西武ライオンズ戦(西武ドーム)で、松坂から初打席初安打初打点を記録、4月4日の福岡ダイエーホークス戦では新垣渚から来日初本塁打を千葉マリンスタジアムのライト後方の場外まで飛ばすなど好調だったものの、縦の変化球に対応できない弱点が露呈。インコース高めで身体を起こされ、外への変化球で空振りするというパターンが確立され、日本野球への適応に苦戦。開幕からわずか1か月で韓国では経験したことのない降格となり、調整を余儀なくされた。9月21日の西武戦(西武ドーム)ではベニー・アグバヤニ、マット・フランコと共に張誌家から史上初となる外国人3者連続本塁打を放った。結局、シーズンは来日前に目標としていた「打率.290、30本塁打、100打点」には遠く届かず、規定打席も満たせずに打率.240・本塁打14・打点50という期待外れの成績に終わった。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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