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    李承ヨプ (野球)から見たロサンゼルス・ドジャース

    2003年にFA権を取得。メジャーリーグベースボール志向を明らかにしていたため、韓国マスコミではメジャーに移籍すること自体は前提となっており、どこに入団するかが語られていたほどで、本人も「希望はDHのあるア・リーグ」「松井秀喜を2年以内にあらゆる面で越えてみせる」とインタビューで語り、さらにシーズン後の松井稼頭央とのテレビ対談などでも「私はすでにメジャー級」と自信のほどを語っていた。しかし、40人ロースターを確約することとなるメジャー契約を希望する球団が現れず、わずかにロサンゼルス・ドジャースがマイナー契約を提示したに過ぎなかった。これは韓国球界そのものへの評価の低さや、李の所属していた三星の本拠地である大邱市民運動場野球場は、韓国でも指折りの狭さの上に、前述の56号本塁打を放った2006年までラッキーゾーンが存在していたことなどからの個人記録に対する認識、メジャーリーグが外部に求める人材(一塁しか守れないため、起用法が限定される選手をリスクを犯してまで獲得しない)も影響していると見られている。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た福岡ソフトバンクホークス

    初本塁打:2004年4月4日、対福岡ダイエーホークス3回戦(千葉マリンスタジアム)、4回裏に新垣渚から右越2ラン李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た日本選手権シリーズ

    日本シリーズ優秀選手賞:1回 (2005年)李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た広島市民球場 (初代)

    100本塁打:2007年7月1日、対広島東洋カープ9回戦(広島市民球場)、2回表に青木高広から右越2ラン ※史上250人目李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た日本プロ野球

    、6月22日の対SKワイバーンズ(大邱市民運動場野球場)戦において、8回裏に金圓衡から通算300号本塁打を放つ。26歳10か月での到達は日本プロ野球の王貞治(27歳3カ月)やメジャーリーグのアレックス・ロドリゲス(27歳8カ月)を抜く世界最年少記録とされる、なおこの試合では同点で迎えた9回裏二死満塁の場面に打席が回り、自身初となるサヨナラ満塁本塁打を放っている。序盤から本塁打を量産し、56本塁打を放った。56本目の本塁打は「2億ウォンの価値がある」とされたほか、「(ファンが55号を虫取り網で取ったことから)本拠地の大邱市民運動場野球場では虫取り網が飛ぶように売れる」「李が敬遠されるとグラウンドにゴミが投げ入れられる」など熱狂が拡がった。しかし、55号を放ってから最終戦になるまで本塁打が出ず、李も「(56本は)難しいかもしれない」と弱音を吐いていたが、最終戦に56号本塁打を放った。このボールは満員のスタンドに入らず、当時設置されていたラッキーゾーンに落ち、そこで記念イベントの準備をしていた関係者に拾われて球団に寄贈された。アテネオリンピック野球予選を兼ねたアジア選手権大会では来日して日本戦で4打数1安打を記録している。なお、このとき韓国代表は台湾に敗れて予選敗退に終わっている。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た読売ジャイアンツ

    1月19日に読売ジャイアンツへの入団が発表された。単年契約を結び、背番号は33。第1回WBC韓国代表に選出され、一次リーグの日本戦では石井弘寿から逆転2点本塁打、二次リーグのメキシコ戦、アメリカ戦でも先制本塁打を放つなど、4試合連発を含む大会最多の5本塁打・10打点を記録する大活躍で韓国代表を4強に導き、記者投票による優秀選手(ベストナイン)に一塁手として選出された。レギュラーシーズンではWBCでの活躍や、高橋由伸・小久保裕紀などの主軸が毎年のように故障していたこともあり、原辰徳は李を開幕から4番打者として起用。6月11日のロッテ戦(千葉マリン)では渡辺俊介から勝ち越し2点本塁打を放ったが、走者の小関竜也が三塁を空過したため、この打席の記録は単打として記録された。8月1日には日韓通算400本塁打を達成、故障者続出の中でフル出場を続け、打率.323・本塁打41・打点108と来日以降最高の成績をマークした。前年まで苦しんでいた左投手に対してもこの年は打率.338をマークするなど、完全克服を印象付ける。シーズン終了後に再びメジャー移籍を目指すと思われたが終盤に膝を痛め、オフシーズンに内視鏡手術を受け、オフをリハビリに費やすことになる。巨人の熱心な説得もあり、2007年から4年総額30億円(推定年俸6億5千万円)と朝鮮日報が報じたが、ロイターは年俸2億2千万円と報じている。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見たビールかけ

    非常に日本語に堪能で、流暢に話す事ができ、リスニングもほぼ完璧である。試合中はベンチで他の選手と談笑している事も多く、ズームイン!!サタデー(ズムサタ)のコーナー「プロ野球熱ケツ情報」やビールかけでのインタビューの際にも披露しているが、メディアやヒーローインタビュー等の正式な場を設けたインタビューの際は韓国語のみを使う。公の場で韓国語のみを使用する理由は「外国人選手は通訳を介してコメントする事」という球団の方針も関わっていると思われる。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た阪神タイガース

    オープン戦において打率.050の大不振のまま開幕2軍スタート。しかし、昇格と同時にロッテの下位打線に定着し、このシーズンは打率.260・本塁打30・打点82とプレーオフ進出に貢献。プレーオフは7試合で16打数3安打と鳴りを潜めたが、日本シリーズ(対阪神タイガース戦)では井川慶から本塁打を放った。第3戦ではスタメンを外れたものの、第4戦は先制本塁打を放つなどシリーズ計3本塁打を放って日本一に貢献し、優秀選手賞を受賞した(MVPは今江敏晃)。続くアジアシリーズでは古巣・サムスンとの対決となり、第1戦では5番、決勝戦では3番と主軸を任されたものの、2戦で無安打に終わった。「シーズンを通じて調子の波が大きい」「左投手に弱い」との理由で、相手先発が左投手のときはスタメンを外されるなど、ロッテ時代は最後まで固定レギュラーを任せられなかった。守備位置も、李は本来一塁手だが、ロッテの一塁には福浦和也がおり、DHや左翼手でも出場するなど守備機会は安定しなかった。ロッテに残留との合意報道も出ていたが、ロッテでの起用法に不満があったため、自由契約となる。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た広島東洋カープ

    100本塁打:2007年7月1日、対広島東洋カープ9回戦(広島市民球場)、2回表に青木高広から右越2ラン ※史上250人目李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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    李承ヨプ (野球)から見た千葉ロッテマリーンズ

    李は「最悪の場合は日本で1年間プレーすることを考えている」とメジャー球団から好条件のオファーがない場合でもメジャーを目指すため、韓国を離れて日本移籍も示唆。結局、アメリカ移籍を断念し、日本の千葉ロッテマリーンズと契約した。背番号は(自身と同い年大村三郎が高卒新人時代付けた)36。李はロッテの入団会見で日本球界を選んだことについて「2年間在籍すれば無条件でメジャーリーグ行きをバックアップするという条件に心がひかれた」と語った。韓国では活躍への期待が大きかったものの、日本の評論家は多くが「パワーはあるものの、それ以上でもそれ以下でもない打者」と評するなど冷ややかな見方が多かった。李承ヨプ (野球) フレッシュアイペディアより)

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