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民社協会から見た松原仁
2011年8月の民主党代表選挙では、支持候補の一本化を図ったが、会長の田中慶秋が前原支持を示唆したところ異論が噴出し、自主投票となった。野田内閣発足にともない、元文部科学大臣の川端が総務大臣として再入閣を果たすが、中野・高木は退任となり、1ポストだけの入閣となった。また副大臣も2ポストしか獲得できなかった。11月14日、平田健二が参議院議長に就任した。2012年1月発足の野田改造内閣では松原仁が国家公安委員会委員長・消費者及び食品安全担当大臣として初入閣、総務大臣の川端は留任した。9月の民主党代表選挙では、8月29日に野田再選支持を決定し、10月発足の野田第3次改造内閣では田中慶秋・城島光力・三井辨雄・小平忠正・中塚一宏が初入閣を果たした。(民社協会 フレッシュアイペディアより)
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北朝鮮による日本人拉致問題から見た松原仁
2003年11月の第43回衆議院議員総選挙直前の時点で、77名の国会議員が拉致議連に参加。第43回衆議院議員総選挙では、それまで地方議員として救う会などで活動していた大前繁雄(元兵庫県議会議員)が当選し、大前は直ちに事務局次長に就任。更に新たな当選者を加えて、2004年1月には188人に急増、その後も増え続けたが、実際に活動しているのは初期のメンバーが中心であった。加入してもほとんど活動しない議員も多く、2005年8月、拉致被害者家族会会長の横田滋は「拉致議連に入っている国会議員は一部で、実際に活動しているのは数人」と嘆いている。現在までに相当数の超党派議員が拉致議連に参加しているが、2009年8月の第45回衆議院議員総選挙前後の時点では、拉致議連の実際の活動は石破・中川・平沼・安倍・西村・原口一博・松原仁ら新拉致議連初期のメンバーが中心で、家族会が信頼している議員も彼らのみという。拉致議連とは別に、日朝国交正常化交渉の中で事件を解決しようとする超党派議員の動きもある。(北朝鮮による日本人拉致問題 フレッシュアイペディアより)
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野田佳彦から見た松原仁
小泉純一郎首相の靖国神社参拝が論争となっていた2005年(平成17年)10月17日には、「A級戦犯と呼ばれた人たちは戦争犯罪人ではない。戦争犯罪人が合祀されていることを理由に首相の靖国神社参拝に反対する論理は破綻している」「参拝の是非は国際政治的な利害を踏まえてなされるべきもので、誤ったA級戦犯理解に基づく是非論はA級戦犯とされた方々に対する人権侵害であり、人権と国家の名誉に関わる問題である」「東京裁判を受諾したという政府や外交当局の見解によれば、東京裁判における南京大虐殺20数万や日本のソ連侵略といった虚構も含め、日本が満州事変以降一貫して侵略戦争を行って来たという誤解を受け入れることになってしまう」という趣旨の質問主意書を提出した。ただし、首相就任後は靖国参拝を自粛し、8月15日に参拝の意向を示していた羽田雄一郎国土交通相と松原仁国家公安委員長にも自粛するように求めた。(野田佳彦 フレッシュアイペディアより)
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