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  • 旭天鵬勝

    旭天鵬勝から見た栃煌山雄一郎栃煌山雄一郎

    2012年4月に師匠の2代大島が定年退職を迎えて大島部屋が閉鎖されたため、他の所属力士と共に友綱部屋へと移籍した。友綱部屋へ移籍後初の場所となった同年5月場所では、西前頭7枚目の位置で5日目までは黒星と白星が交互に続く2勝3敗の成績だったものの、そこから一転して快調に白星を重ねていき、14日目には大関・琴欧洲を豪快な上手投げで破り、千秋楽には関脇・豪栄道にも勝利して10連勝し、12勝3敗の成績で優勝決定戦まで進出した。優勝決定戦では、千秋楽では対戦相手の琴欧洲が前日の旭天鵬戦で右足根骨靱帯を損傷し休場したために不戦勝となった栃煌山と現行制度では初となる平幕力士同士での対戦となり、その優勝決定戦で栃煌山を叩き込みで破り、自身初となる幕内最高優勝を果たし、同時に6回目の敢闘賞も受賞した。次の通り、大ベテラン力士による記録ずくめの平幕優勝ということもあり、マスコミでは大きな話題になった。旭天鵬勝 フレッシュアイペディアより)

  • 嘉風雅継

    嘉風雅継から見た栃煌山雄一郎栃煌山雄一郎

    東前頭8枚目で迎えた2015年7月場所は、6年間負け越しが続いている験が悪い場所だったが、11日目に7年振りとなる勝ち越しを決める。更に12日目の千代大龍休場による不戦勝を得た幸運も手伝って13日目まで優勝争いに残り、千秋楽も2横綱2大関を破った関脇・栃煌山を出足で圧勝。過去2度あった11勝を上回る12勝3敗(横綱・鶴竜と並ぶ優勝次点)の好成績を挙げ、4度目の敢闘賞を受賞した。三役復帰を目指す西前頭筆頭に番付を上げた9月場所は、2日目白鵬を、3日目には鶴竜の両横綱を破り、2014年7月場所の前頭3枚目・大砂嵐(5日目鶴竜、6日目日馬富士)以来、戦後17人目2日連続の金星を挙げた。ちなみに白鵬、日馬富士、鶴竜と現役3横綱全員から金星獲得を果たしたのは嘉風が初めてである。また5日目琴奨菊、6日目には豪栄道の両大関も破り、2014年9月場所(反則勝ち含む)に続いて、平幕で史上初の2度目の2横綱2大関撃破を果たした。この場所は、終盤の5連勝もあって最終的に11勝4敗と3場所連続で二桁勝利を挙げる活躍を見せ、殊勲賞と技能賞をW受賞した。小結に復帰した11月場所は8勝7敗と二桁勝利には届かなかったものの2場所連続2度目の技能賞を獲得した。嘉風雅継 フレッシュアイペディアより)

  • 日馬富士公平

    日馬富士公平から見た栃煌山雄一郎栃煌山雄一郎

    新大関の2009年1月場所では初日から4連敗を喫し、昭和以降の新大関の昇進直後の場所での初日からの連敗記録を塗り替える。その後は3勝6敗と黒星が先行したあと、10日目に横綱白鵬を破って勢いづき5連勝して14日目にようやく勝ち越しにこぎつけた。千秋楽では把瑠都に敗れ、8勝7敗に終わった。3月場所も初日に苦手の琴奨菊に敗れ、大関昇進後2場所連続の黒星スタートとなった。2日目からは土俵際の逆転の連続で辛くも4連勝したが、中日までに琴奨菊、栃煌山、鶴竜と平幕力士ばかり3人に敗れて5勝3敗となり優勝争いから脱落してしまう。しかし、10日目に朝青龍を破り、13日目に勝ち越しを決めて10勝5敗で終え、大関になってからは初めての2桁勝利となった。5月場所では初日から12日目まで自身初の12連勝(前の3月場所からは15連勝)を達成するが、全勝対決となった13日目の横綱白鵬戦では、白鵬に裾払いを決められ初黒星を喫した。だがその後は、14日目に横綱朝青龍、千秋楽に大関琴欧洲を下し自身最高の14勝1敗を挙げ、琴欧洲に敗れて1敗となっていた白鵬との優勝決定戦にもつれ込んだ。その優勝決定戦では横綱白鵬を下手投げで破って本割の雪辱を果たし、初の幕内最高優勝を遂成。伊勢ヶ濱部屋としては約40年ぶりの優勝力士となった。日馬富士公平 フレッシュアイペディアより)

  • 琴奨菊和弘

    琴奨菊和弘から見た栃煌山雄一郎栃煌山雄一郎

    その他格下の力士では豪風や栃煌山を苦手としており、それぞれ14勝13敗、17勝20敗と拮抗している。琴奨菊和弘 フレッシュアイペディアより)

  • 隠岐の海歩

    隠岐の海歩から見た栃煌山雄一郎栃煌山雄一郎

    将来に漠然とした不安を感じていたとき、高校相撲部の顧問から電話がかかってきた。八角親方(元横綱・北勝海)とその知人が高校相撲部の後輩の竹谷(現・隠岐の富士)をスカウトしに島を訪れるので、食事会に一緒に来ないかという。「旅行感覚だった」という八角に「軽い気持ちで」参加した隠岐の海であったが、親方の知人に熱心に勧誘され「ここで終わる人間じゃない。やっぱり夢を見たい」とその気になった。父も後押ししてくれたことで1週間で八角部屋への入門を決断し、新弟子検査の2日前に上京した。ちなみに八角親方の現役時代は全く知らず、師匠に出会っていなければ力士になっていなかったという。2005年1月場所に初土俵を踏んだ同期には、豪栄道、豊響、栃煌山、同部屋の朱雀らがいる。隠岐の海歩 フレッシュアイペディアより)

  • 妙義龍泰成

    妙義龍泰成から見た栃煌山雄一郎栃煌山雄一郎

    東前頭8枚目だった2015年1月場所は、13日目に勝ち越しが決定し、最終的に9勝6敗。翌3月場所では番付運に恵まれて小結に復帰(西小結で7勝8敗だった栃煌山は、東前頭筆頭に下がった)。この場所では、2日目に大関・稀勢の里を破った。なお、大関との取組での勝利は、2013年11月場所4日目の琴欧洲戦以来(対戦しての勝利は、2013年9月場所8日目の鶴竜戦以来)。14日目には、2013年7月場所(当時関脇)以来となる三役での勝ち越しが決定し、最終的に8勝7敗。翌5月場所では、関脇に復帰し、この場所は7勝8敗と負け越して小結に落ちるも、7月場所で8勝7敗と勝ち越して9月場所で関脇に復帰。この場所は2013年7月場所以来2年ぶりに関脇で勝ち越した。翌11月場所では、足首の状態が良くなかったためか2勝13敗と自身初の二桁黒星を喫したが、5日目に横綱・鶴竜を2場所連続で破った。妙義龍泰成 フレッシュアイペディアより)

  • 竜電剛至

    竜電剛至から見た栃煌山雄一郎栃煌山雄一郎

    新入幕となった初場所では5日目まで2勝3敗と序盤は出遅れたが、12日目に勝ち越しを決め、10勝5敗で敢闘賞を受賞した。山梨県出身力士の幕内勝ち越しおよび三賞受賞は1983年秋場所の富士櫻栄守以来34年4か月ぶり、また新入幕での二桁勝利および三賞受賞は山梨県出身力士として初めてとなった。続く3月場所は6枚半上昇の西前頭9枚目と、自己最高位を更新。白星スタートとなったものの、2日目からの5連敗もあって10日目の時点で3勝7敗と後がなくなった。しかし12日目の蒼国来戦を不戦勝で勝利する幸運もあり、残りを5連勝として8勝7敗と勝ち越しを決めた。この場所の5日目には栃煌山に珍しい決まり手である波離間投げで敗れた。通常は大柄の力士が小柄な力士に決めることの多い決まり手だが、対戦相手の栃煌山は竜電とほぼ同じ体格だった。竜電剛至 フレッシュアイペディアより)

  • 宝富士大輔

    宝富士大輔から見た栃煌山雄一郎栃煌山雄一郎

    翌2015年1月場所では自己最高位を更新する東前頭筆頭の位置まで番付を上げ、2日目には横綱・鶴竜を上手投げで破って自身初となる金星を挙げた。その1月場所では7勝8敗と負け越したものの、翌3月場所では西前頭2枚目の位置で8勝7敗と勝ち越しを決め、再び自己最高位となる東前頭筆頭の位置で迎えた翌5月場所でも9勝6敗と勝ち越しを決めた。7月場所で新三役の小結に昇進。同年11月場所は西前頭8枚目の地位で10勝5敗。2016年1月場所は東前頭2枚目の地位で土俵に上がり、14日目の豪栄道戦で髷掴みによる反則勝ちを得て勝ち越しを決め、場所を8勝7敗で終えた。続く3月場所では三役に復帰した。3月場所では初日に白鵬を倒し、結果この場所で白鵬に土をつけた唯一の力士となった。しかし以降は勝ち星を伸ばせず6勝9敗に留まり、またも1場所で平幕落ちが確定した。5月場所は7勝8敗で2場所連続の負け越し。7月場所は開幕から好調で、4日目までに3大関から2勝を挙げ、5日目には33連勝中の白鵬を小手投げで下し、再び白鵬の連勝を止めた。終盤までは優勝争いに絡む健闘を見せ、千秋楽の栃煌山戦で変化したことで師匠に激怒されたものの、最終的に10勝5敗で敢闘賞を獲得した。場所入り直前、スマートフォンに「応援しないけど、頑張れ」とアキレス腱断裂で休場中であった兄弟子の安美錦から冗談交じりのメッセージが届き、「自分が勝てば、励みになる」と躍進の原動力とした結果の成績であった。翌9月場所は新関脇に昇進。しかし大関以上に全敗を喫するなど4勝11敗に留まった。前頭5枚目に番付を落とした11月場所は9勝を挙げた。宝富士大輔 フレッシュアイペディアより)

  • 徳勝龍誠

    徳勝龍誠から見た栃煌山雄一郎栃煌山雄一郎

    明徳義塾高校の同級生には栃煌山、1年後輩には千代桜、1年先輩には出羽鳳がおり、近畿大学での同級生には宝富士、1年先輩には誉富士がおり、宝富士とは同じ経営学部出身である。徳勝龍誠 フレッシュアイペディアより)

  • 千代鳳祐樹

    千代鳳祐樹から見た栃煌山雄一郎栃煌山雄一郎

    中学卒業後、兄と同じ九重部屋に中卒で入門、2008年5月場所で初土俵。勝ち越しが続いていた同11月場所で左膝前十字靱帯断裂の大怪我を負い、2009年5月場所まで休場。休場中の2011年4月2日には実家が火事に見舞われたという知らせを受ける。初め、姉の電話があったときはエイプリールフールのネタだと決めつけていたが、後で友人からメールや現場の写真を受けて事実だと知った。以来、新居と新しい土地(焼けた家のあった土地は崖に近く危険区域に指定されてしまい、使用不能)を購入するために関取として稼ぐ決意を固め、三役昇進時には「土地、新居込みで2千万円。まず半分はオレが準備して、そして残りは兄がチョコチョコとローンを組んで払う予定です」とその計画を語った。復帰した2009年7月場所で勝ち越すと、翌9月場所で序二段優勝を果たした。四股名を大木下から千代鳳に改めたあと、一時三段目で苦しんだが順調に昇進していった。2011年に入り幕下に定着し、同11月場所、2012年1月場所で6勝1敗の優勝同点の成績を収めた。翌3月場所での十両昇進を決め、2006年11月場所の若ノ鵬以来、日本人力士としては同年9月場所の栃煌山以来6年ぶりとなる10代の関取となった。千代鳳祐樹 フレッシュアイペディアより)

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