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シティ・アンド・サウス・ロンドン鉄道から見た配当
鉄道の技術革新や、大きな旅客需要にも関わらず、シティ・アンド・サウス・ロンドン鉄道はあまり利益を出せず、利益を拡大することを目指して矢継ぎ早に繰り返された延長工事により、財務に問題を抱えていた。配当は少なくしかも減少しつつあり(1898年2.125パーセント、1899年1.875パーセント、1900年1.25パーセント)、キング・ウィリアム・ストリート駅の廃止という無駄遣いをしたとして訴えられていた。この評判の低下を打開し、資金を調達しやすくするために、次の路線延長の法案は1900年11月に、名目上は別の会社のイズリントン・アンド・ユーストン鉄道として提出された。しかしこの会社の会長はシティ・アンド・サウス・ロンドン鉄道と同じであった。提案された鉄道は、その時点では未完成であったシティ・アンド・サウス・ロンドン鉄道のエンジェル駅から伸ばし、幹線鉄道の駅であるキングス・クロス駅、セント・パンクラス駅、ユーストン駅へ向かうことになっていた。1900年に開業したセントラル・ロンドン鉄道の成功に刺激を受けて、他の鉄道法案も多数提出されていたのと同じ時期となり、こうした法案とともに議会の1901年の合同委員会で審議されることになった。この法案は承認されたが、委員会での審議に時間がかかったため1902年の会期に再提出しなければならないことになった。(シティ・アンド・サウス・ロンドン鉄道 フレッシュアイペディアより)
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