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  • 根元俊一

    根元俊一から見た黒田博樹

    は5月10日に初めて一軍に昇格し、5月11日に代走で初出場。5月12日に「9番・二塁手」で初めてスタメン出場を果たすも無安打だったが、5月13日は休養の西岡剛に代わり「1番・遊撃手」でスタメン出場。この日も4打数無安打だったが、10回裏二死二塁の場面でプロ初安打よりも先にプロ初敬遠を記録する珍しい事態が発生した(試合は福浦和也がサヨナラ安打を放ち勝利)。5月14日に黒田博樹からプロ初安打を放った。最終的には31試合に出場するも打率1割台、三振率は4割を超えるなど結果を残せず、昇格してからちょうど1か月後に二軍落ちした。二軍では左方向への安打を量産し、打率.343でイースタン・リーグ首位打者を獲得し、1年目から二軍の主力選手として活躍した。二塁打24本も同リーグ1位。11盗塁を決めたが盗塁失敗12回も記録した。根元俊一 フレッシュアイペディアより)

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    根元俊一から見たジェイソン・ベバリン

    左方向への当たりが多いのが特徴。2006年3月26日オープン戦で初安打を打った試合でレフト前ヒットを2本打ち、5月14日黒田博樹から打った一軍初安打もレフト線の二塁打、5月17日にプロ初打点を挙げたときもベバリンからレフト前にタイムリーを放っている。根元俊一 フレッシュアイペディアより)

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    根元俊一から見た野久保直樹

    タレント・俳優の野久保直樹とは雑誌のインタビューがきっかけで交友関係がある。2008年5月上旬からシーズン終了まで千葉マリンスタジアムでの打席登場曲に羞恥心のシングルを使用した。根元俊一 フレッシュアイペディアより)

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    根元俊一から見た小谷野栄一

    は、オープン戦で打率.390と好結果を残し、開幕戦で2番・遊撃手としてスタメン起用された。その後、1年を通じて遊撃手のポジションに定着。自身初の規定打席到達を果たした。9本塁打はチーム内で2位タイであり、シーズン終盤には3番打者として起用されることもあった。また、この年の犠打数40は日本ハムの小谷野栄一と並びこの年のパリーグ最多である。根元俊一 フレッシュアイペディアより)

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    根元俊一から見た木佐貫洋

    初本塁打:2007年6月19日、対読売ジャイアンツ3回戦(東京ドーム)、7回表に木佐貫洋から右越2ラン根元俊一 フレッシュアイペディアより)

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    根元俊一から見たベニー・アグバヤニ

    初出場:2006年5月11日、対阪神タイガース2回戦(阪神甲子園球場)、9回表にベニー・アグバヤニの代走として出場根元俊一 フレッシュアイペディアより)

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    根元俊一から見た福田聡志

    この年に根元の活躍が光った試合を挙げる。5月25日の阪神戦で、3-2と1点リードの9回表無死三塁のピンチで、4番・金本知憲のセンター前に抜けるような当たりを前進守備ながらもダイビングキャッチで好捕し、一塁に送球する前にずれた帽子を一瞬で直すという新人離れの余裕を見せた(根元自身は無意識だったと話している)。このプレーが相手に傾きかけた流れを阻み、試合に勝利した(このプレーは光プレーなどプロ野球の好珍プレー番組で何度か紹介された)。5月27日の対巨人戦では代走から途中出場し、10回表無死一塁で打席についた。ここで、ボビー・バレンタイン監督からバスターエンドランを指示されると、福田聡志が低めに投じたストレートをセンター前に弾き返し、直後の福浦の決勝適時打を呼び込んだ。本人の最も印象に残っている試合・プレーとしてあげている1。根元俊一 フレッシュアイペディアより)

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    根元俊一から見た金村曉

    初盗塁:2006年8月20日、対北海道日本ハムファイターズ15回戦(千葉マリンスタジアム)、3回裏に二盗(投手:金村曉、捕手:高橋信二)根元俊一 フレッシュアイペディアより)

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    根元俊一から見たMEGARYU

    「day by day」MEGARYU(2009年)根元俊一 フレッシュアイペディアより)

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    根元俊一から見た武田久

    は春先から好調を維持。4月13日の対日本ハム戦では、10回裏に武田久からプロ入り初のサヨナラ安打を放った。また、7月11日の対楽天戦で、球団新記録となるチーム今季4本目のランニングホームランを放ち、こちらも球団新記録となる高卒ルーキー5勝目をあげた唐川侑己と共にヒーローインタビューを受けた。打率は3割台前半を推移していたが、8月に調子を落とし、最終的には打率.296と3割を切ってしまった。しかし、110試合に出場し、プロに入ってからは最高となる成績を収めた。なお、この年から2010年まで姓が同じ読みの根本朋久が在籍したため、「ねもとしゅんいち」とアナウンスされている(スコアボード表記は「根元」のまま。千葉マリンでのベンチ入りメンバー紹介の時だけ「根元俊」と表記。ちなみに根本朋久は「根本朋」と表示される)。根元俊一 フレッシュアイペディアより)

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