135件中 11 - 20件表示
  • IWGPヘビー級王座

    IWGPヘビー級王座から見た棚橋弘至棚橋 弘至(提携)

    その後は2代目のベルトを使用していたが、2005年7月11日、通算最多防衛記録を持つ橋本真也が逝去。天山広吉に勝利して再び王者となった藤田が、橋本の功績を称え、橋本家に2代目ベルトを贈呈することになり、新デザインを作成。9月30日にサイモン・ケリー猪木新社長就任披露パーティーにて米国で作成された3代目のベルトが藤田に授与された。10月9日東京ドームでブロック・レスナーが獲得。その後、剥奪することになったが返還されることなく、新王者となった棚橋弘至が2代目ベルトを代替使用した。IWGPヘビー級王座 フレッシュアイペディアより)

  • タイチ (プロレスラー)

    タイチ (プロレスラー)から見た棚橋弘至棚橋 弘至(提携)

    3月21日のアレナコリセオ大会で対戦相手のラ・マスカラのマスクを剥いだことから因縁が勃発。5月7日に棚橋弘至、OKUMURAと組んで、ラ・マスカラ、イホ・デル・ファンタズマ、エクトール・ガルサ組とCMLL世界トリオ王座を賭けて対決。これに勝利し同王座に載冠。また、自身初のベルト奪取となったが、21日の初防衛戦にて同王座に陥落し短命政権で終わる。タイチ (プロレスラー) フレッシュアイペディアより)

  • カール・アンダーソン (プロレスラー)

    カール・アンダーソン (プロレスラー)から見た棚橋弘至棚橋 弘至(提携)

    2010年3月のNJCではNO LIMITの内藤哲也に敗戦し精彩を欠く。さらに、シリーズ最終戦の6人タッグマッチ試合後、タッグを組んでいた矢野通から駄目出しを食らってしまい、不穏な関係へと発展。そして4月4日、矢野、飯塚高史と組み棚橋弘至、高橋裕二郎、内藤組と対戦。棚橋からフォールを奪われると、矢野から椅子攻撃の制裁を受けCHAOSを追放された。カール・アンダーソン (プロレスラー) フレッシュアイペディアより)

  • 後藤洋央紀

    後藤洋央紀から見た棚橋弘至棚橋 弘至(提携)

    同年4月にC.T.Uに加入すると天然ボケキャラを見出され、先輩の獣神サンダー・ライガー、邪道、外道らを差し置いてリーダーとして(形の上だけ)活動。5月に稔と組んで金本浩二&井上亘組からIWGPジュニアタッグ王座を獲得。エル・サムライ&田口組に敗れるまで3度の防衛を果たした。12月の「夢☆勝ちます」では棚橋弘至の持つIWGP U-30無差別級に挑戦するも敗北。後藤洋央紀 フレッシュアイペディアより)

  • 真壁刀義

    真壁刀義から見た棚橋弘至棚橋 弘至(提携)

    海外遠征から帰国後の2002年、KAIENTAI-DOJOの藤田ミノルと結託しヒールへ転身。しかし今度は棚橋弘至や柴田勝頼等が頭角をあらわした為、トップ戦線で活躍する第三世代と新闘魂三銃士(棚橋、柴田、中邑真輔)の間に埋もれてしまう。真壁刀義 フレッシュアイペディアより)

  • 矢野通

    矢野通から見た棚橋弘至棚橋 弘至(提携)

    2010年に入ると棚橋弘至に標的を定め、2月14日に対戦。敗れはしたが、ハサミを持ち出し棚橋の髪を切るという暴挙に出て両者に遺恨が勃発。5月3日のレスリングどんたくにて清算を晴らすべく再戦。ここでも棚橋を新技ハーフネルソン式サイドバスター(後に鏡割と命名)でピンフォールを奪う。試合後、バリカンを持ち出し棚橋の髪を刈ろうと襲い掛かるも失敗に終わる。6月19日にルーザー・ボールド・ルールで完全決着を果たすべく3度目の対戦。最後は十字架固めでピンフォールを負けを喫するも、髪を切られるのに抵抗。しかし、駆けつけて来たKUSHIDA、TAJIRIに押さえつけられとうとう髪を刈られてしまった。矢野通 フレッシュアイペディアより)

  • 鈴木軍

    鈴木軍から見た棚橋弘至棚橋 弘至(提携)

    主に対戦相手としてヘビーでは棚橋弘至や真壁刀義など、ジュニアではプリンス・デヴィット、田口隆祐の「アポロ55」を相手に抗争を展開。また、同じヒール軍団の「CHAOS」からもヒールレスラーのお株の取り合いともいえる形で抗争範囲を拡大させた。鈴木軍 フレッシュアイペディアより)

  • プロレスリング・ノア

    プロレスリング・ノアから見た棚橋弘至棚橋 弘至(提携)

    かつては秋山と永田裕志の会合を皮切りに新日本プロレスとは三沢-蝶野正洋ラインを中心に行われ、GHCジュニアヘビー級王者になっていた獣神サンダー・ライガーが参戦した2004年7月のノア東京ドーム大会まで本格的な交流が続いた。その後、交流は途切れるが、2005年5月の新日本東京ドーム大会に三沢光晴が参戦し約10か月ぶりの交流が実現。そのバーターとして棚橋弘至が同年7月のノア東京ドーム大会に参加した。しかし2006年になって、2005年のサイモン・ケリー猪木の新日本プロレス社長就任会見での「ノアとの交流は白紙にする」との発言を受け、ノアの仲田龍が日本テレビとテレビ朝日の間で交わされた交流戦に関する覚書を一方的に白紙にされたとコメント。そのうえに最大のスポンサーである日本テレビに立つ瀬が無いとして、2006年5月13日付けの東京スポーツ紙上において正式に新日本プロレスとの交流断絶を表明した。しかしながら東京スポーツの報道は誤報で、その後に発行された週刊ゴング誌のインタビューでは仲田龍自ら覚え書きや契約の存在を否定し「こっちの選手が向こうに上がったら向こうの選手がこっちに上がってもらうという約束が守られなかった」と発言した。プロレスリング・ノア フレッシュアイペディアより)

  • 金本浩二

    金本浩二から見た棚橋弘至棚橋 弘至(提携)

    10月8日にベスト・オブ・ザ・スーパージュニア初優勝を遂げた稔とIWGPジュニアヘビー級王座を賭け対戦し、アンクルホールドで見事タップを奪い防衛に成功。G1 TAG LEAGUEでは棚橋弘至とタッグを組んで準優勝という戦績を収めた。金本浩二 フレッシュアイペディアより)

  • 中西学

    中西学から見た棚橋弘至棚橋 弘至(提携)

    2009年4月5日、大森のリング復帰を機会に大森と再共闘。2009年5月6日、後楽園ホールにおいてIWGPヘビー級王座に挑戦し、棚橋弘至を破り第51代王者となった。これまであと一歩のところで手が届かなかったベルトに、6度目の挑戦で悲願の初戴冠。実況席で解説の「鬼軍曹」山本小鉄も、人目を憚ることなく涙を流した。中西学 フレッシュアイペディアより)

135件中 11 - 20件表示

「棚橋弘至」のニューストピックワード