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  • 棚橋弘至

    棚橋弘至から見た高山善廣

    健想が肺気胸のため欠場に入ると、3月より佐々木健介ともタッグを組みようになり新タナケンコンビを結成、5月2日東京ドーム大会では健介と共にスタイナー・ブラザーズ(リック・スタイナー & スコット・スタイナー)と対戦。6月20日に健介、復帰した健想、ブルー・ウルフを加えた4人で新ユニット発足を発表し、同月29日にスウィング・ロウズ(SWING-LOWS)と名づけた。7月31日、初出場を果たすG1 CLIMAX開幕を前に藤波辰爾に師事を仰ぎ、ドラゴン殺法を伝授されると。G1公式リーグ戦では越中詩郎、健介から殊勲の勝利を挙げた。10月、健介が新日本に辞表を提出したことで存続が危ぶまれていたスウィング・ロウズについて棚橋は「存続」を宣言したものの、翌日に健想が「解散」を一部のマスコミに告白したことで一時混乱状態に陥っていたが、11月14日にスウィング・ロウズの解散を正式に発表。さらに健想が高山善廣とタッグを組みたい意向を示したことで、KOTHも年内での解消を宣言した。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋弘至

    棚橋弘至から見たアントニオ猪木

    9月27日神戸大会のメインで行われたIWGP王座決定戦=真壁vs中邑のゲスト解説を務めるため放送席で試合を見守る。試合に勝利した中邑が「(IWGP)ベルトに輝きがない」「猪木」とリング上で発言したことに対して「ストロングスタイルの呪いにかかっている」と不快感をあらわにした。10月12日両国大会にてIWGP王座の防衛戦を終えた中邑の前に姿を現す。自身を避ける中邑の眼前にしつこく立ちはだかると、「どうだ、うっとうしいだろ?」と開き直り、続けて中邑に対して「暫定王者」と挑発しIWGP王座次期挑戦者としてアピール。DESTRUCTION'09にて中邑と対戦したがボマイェに敗れ王座奪取とはならず。試合後、バックステージで倒れていると、突如としてTAJIRIが現われグリーンミストを喰らったことから遺恨が再発。11月23日後楽園大会で後藤と共にTAJIRI & 田中組と対戦。G1参戦以降ピンフォール負けを許さなかったTAJIRIから勝利を収めた。その後のシリーズでは立て続けにTAJIRIにフォール負けを喫するも、12月5日愛知大会で再びシングルマッチで激突し、ハイフライフローで勝利を収め抗争に終止符。同月9日、東京スポーツ制定のプロレス大賞で最優秀選手賞(MVP)を受賞した。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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    棚橋弘至から見た永田裕志

    欠場したブランクを埋めるべく若手の底上げをテーマに掲げた棚橋は、同月21日に30歳以下の選手らで争うU-30王座争奪リーグ戦の提唱を発表。自らもリーグ戦に参加すると、4月23日広島サンプラザホール大会の優勝決定戦で真壁からドラゴン・スープレックス・ホールドで勝利を収め優勝、U-30無差別級王座を獲得し自身初となるタイトル奪取となった。6月13日武道館大会では吉江豊と共にIWGPタッグ王座を奪取、他団体では永田裕志とのタッグでプロレスリング・ノア(以下「NOAH」)に参戦しGHCタッグ王座を奪取するなど、これまでチャンピオンベルトに縁がなかった棚橋にとって、一気に実績をあげた年となった。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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    棚橋弘至から見た長州力

    その後、プロ野球選手になる夢を諦めた棚橋は、プロ野球選手になれないならば、伝える側の新聞記者になることを考え、マスコミ関係に強そうな学部をいろいろ受けた結果、一般入試で立命館大学法学部に入学した。大学の授業初日、構内で新入生をサークルに勧誘するブースが数ある中で棚橋はプロレス同好会に入り、立命館大学プロレス同好会出身のプロレスラー第1号として活動を開始した。プロレス同好会に在籍する一方、アマチュアレスリング部にも参加していた棚橋は、1996年春に行われた新日本プロレスの入門テストを受け、与えられたメニューを全てこなしたが不合格。同年秋に2度目の入門テストを受けるも、体調不良による脱水症状に陥りメニューをこなすことができずここでも不合格となった。1998年2月に行われた3度目の入門テストでようやく合格を果たしたが、長州力より「大学は卒業はしておけ」と告げられ大学生活を継続。大学卒業後の1999年4月、晴れて新日本に入寮した。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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    棚橋弘至から見た真田聖也

    7月18日、G1の舞台で復帰を果たすも、精彩を欠き予選落ちに終わる。その後はG1開幕戦で敗北を喫したロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンのSANADAと抗争を繰り広げ、11月5日、POWER STRUGGLEにて、SANADAと対戦。ハイフライフローでピンフォール勝ちを収めて抗争に終止符を打ち、同興行のメインイベント終了後、内藤の保持するIWGPIC王座に挑戦を表明した。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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    棚橋弘至から見た内藤哲也

    下半期からは昨年12月に凱旋した内藤哲也と抗争に明け暮れ、年内で4度のシングルマッチで対戦。最終的に2勝1敗1分という戦績で勝ち越しに成功。内藤との世代闘争を制した棚橋はその後、フリーとして新日本に参戦し始めIWGP王座に就いた小島聡に対して挑戦をアピール。12月11日大阪大会にて同じくIWGP王座に挑戦を表明した後藤と対戦。ハイフライフローでピンフォール勝ちを収めて、熱望していたIWGP戦線へ一歩近づくと、翌12日愛知大会の全試合終了後に改めて小島に対して挑戦を表明した。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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    棚橋弘至から見た北川景子

    モップガール(2007年10月〜12月) - 北川景子演じる長谷川桃子の理想の男性として、劇中セットで写真が使われているほか、第5話で本人役で出演)。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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    棚橋弘至から見た重盛さと美

    キャプチュードの体勢で相手を上下逆さまに抱え上げ、ファルコンアローのように首から背中に掛けて相手をマットに叩きつける。ハイフライフローへの繋ぎとして使用される。初披露されて以降「変型ファルコンアロー」「変型キャプチュード」と呼び名が統一されなかったが、2011年12月27日放送されたフジテレビのバラエティ番組『ネームズ・ディーン』にて命名。「12時(上)から6時(下)の方向へ落とす」という意味で、重盛さと美の案から採用された。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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    棚橋弘至から見たBUSHI

    1月5日、東京・後楽園ホールで行われた「NEW YEAR DASH!!」にて田口隆祐、中西学とのタッグでロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(LIJ)のBUSHI、EVIL、SANADA組が持つNEVER無差別級6人タッグ王座に挑戦し勝利。第10代王者に戴冠。これを機に、田口を"監督"としたユニット「タグチジャパン」を結成し、活動を開始する。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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    棚橋弘至から見た渡辺高章

    1月5日、東京・後楽園ホールで行われた「NEW YEAR DASH!!」にて田口隆祐、中西学とのタッグでロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(LIJ)のBUSHI、EVIL、SANADA組が持つNEVER無差別級6人タッグ王座に挑戦し勝利。第10代王者に戴冠。これを機に、田口を"監督"としたユニット「タグチジャパン」を結成し、活動を開始する。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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