114件中 51 - 60件表示
  • 棚橋 弘至(提携)

    棚橋弘至から見た高橋裕二郎

    2月12日、凱旋帰国して間もないオカダ・カズチカと対戦するも、オカダのレインメーカーで沈み防衛に失敗。長らく保持していたIWGP王座を手放したが、6月16日にリマッチ権を行使し再びオカダと対峙。最後はハイフライフローで勝利し第58代王者に就いた。尚、同王座6回目の戴冠は藤波辰爾と並ぶタイ記録となる。7月1日、全日本プロレスとの創立40周年記念大会「サマーナイトフィーバー in 両国 WE ARE PRO-WRESTLING LOVE!」のトリプルメインイベントで大トリを飾り真壁刀義とタイトルマッチで対戦。これに勝利を収め初防衛に成功。そしてこの結果により棚橋の同王座の通算防衛記録が21回を更新。橋本真也の同記録20回を越したことで最多通算防衛記録者となった。7月22日には田中将斗の挑戦を退けたのを皮切りに丸藤正道、鈴木みのる、高橋裕二郎と立て続けに防衛に成功する。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋 弘至(提携)

    棚橋弘至から見た菅林直樹

    4月、チャンピオン・カーニバルに初出場。7日の後楽園大会で武藤との師弟対決が実現しフルタイムドロー(この日のGAORA中継の解説ゲストは後にプロレス入りする愛川ゆず季だった)。8日の後楽園大会の川田戦で、ハイフライフローを放った際、左ひざをマットに強打。その後は痛み止めの注射を打ちながら出場を続けていた。痛みに耐えながら優勝決定戦までコマを進めるも、諏訪魔にラストライドからピンフォールを奪われ優勝を逃す。さらに怪我が悪化し、「左膝前十字靭帯断裂」および「外側半月板断裂」と診断され長期欠場。8月のG1で復帰するが、精彩を欠き予選落ちに終わる。10月に無期限TNA遠征に出発したが、社長の菅林直樹の要請を受けて12月に帰国する。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋 弘至(提携)

    棚橋弘至から見たエディ・ゲレロ

    現在のフィニッシュ・ムーブ。いわゆるフロッグスプラッシュ。2006年のG1から使用。この技に移行する際はスリング・ブレイドで倒してから移行する場合が多い。また、トップロープへ走り上るスピードがとても速い。最近ではうつ伏せになった相手の背中に放つバージョンや、あお向けの相手の膝めがけて放つバージョン(この後にテキサスクローバーホールドでギブアップを狙う)も使用する。タイトルマッチなどでは確実にピンフォールを奪えるよう2連発で繰り出すこともある。IWGPの防衛戦で立っている状態のカート・アングルにも使用した。TNAでこの技を使ったときには、「エディ・ゲレロ以来の名手だ。」と、関係者から高い評価を得たこともある。2011年2月10日放送のタモリ倶楽部に出演した際は、どんな技か聞かれると「トップロープからのボディプレスに、かっこいい名前を付けただけです。」と答え、共演者を笑わせた。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋 弘至(提携)

    棚橋弘至から見た山崎一夫 (プロレスラー)

    その後はTAJIRIと抗争を繰り広げ、11月23日に後藤洋央紀と組み、TAJIRI、田中将斗組と対戦。G1参戦以降ピンフォール負けを許さなかったTAJIRIから勝利を収めた。その後のシリーズでは立て続けにTAJIRIにフォール負けを喫するも12月5日、シングルマッチで再び激突し実況席にいた山崎一夫や社長の菅林を巻き込む形でハイフライフローで勝利し抗争に終止符を打つ。12月のプロレス大賞では最優秀選手賞を受賞した。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋 弘至(提携)

    棚橋弘至から見たブロック・レスナー

    2006年5月13日に行われた第1回WRESTLE LANDでは、黒のショートタイツで天性のナルシストぶりとチャラ男ぶりを発揮。いつしかリングの中心で決め台詞である「愛してま〜す」と叫ぶようになり、特異なキャラを確立し今に至っている。7月17日、札幌でIWGPヘビー級王者ブロック・レスナーとのタイトルマッチを行う予定だったが、契約上のトラブルにより来日不可能となった。それに伴いレスナーから剥奪された王座を競うトーナメントでジャイアント・バーナードに勝利し、優勝。第45代IWGPヘビー級王者となり悲願の初戴冠(学生プロレス出身者としては初)を果たした。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋 弘至(提携)

    棚橋弘至から見たプロレスラー

    棚橋 弘至(たなはし ひろし、男性、1976年11月13日 - )は、日本のプロレスラー。岐阜県大垣市出身。新日本プロレス所属。現在マセキ芸能社と業務提携。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋 弘至(提携)

    棚橋弘至から見たエアギター

    また、セリフではないが入場時、試合終了後にエアギター(音は仮面ライダー響鬼・轟鬼の雷電激震)をすることがある。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋 弘至(提携)

    棚橋弘至から見た弁護士

    岐阜県立大垣西高等学校では野球を経験。1995年に卒業後、一般入試で立命館大学法学部に入学。弁護士の角田龍平とは同級生であった。大学時代は学生プロレスサークルであるプロレス同好会に在籍する一方、部員不足に悩むレスリング部にも参加。当時の現場監督の長州力が学生プロレス嫌いを公言していたことから、棚橋自身は従来学生プロレス出身であることを認めてこなかったが、2006年4月に東京スポーツ紙上でレイザーラモンHGと対談した際、自らが学生プロレス出身であることを認めた(サークルの先輩にユリオカ超特Q・レイザーラモンRGがいる)。学生プロレス時代のリングネームは、メイ牛山、ハメ浩を経て、ターナー・ザ・インサート。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋 弘至(提携)

    棚橋弘至から見た立命館大学

    岐阜県立大垣西高等学校では野球を経験。1995年に卒業後、一般入試で立命館大学法学部に入学。弁護士の角田龍平とは同級生であった。大学時代は学生プロレスサークルであるプロレス同好会に在籍する一方、部員不足に悩むレスリング部にも参加。当時の現場監督の長州力が学生プロレス嫌いを公言していたことから、棚橋自身は従来学生プロレス出身であることを認めてこなかったが、2006年4月に東京スポーツ紙上でレイザーラモンHGと対談した際、自らが学生プロレス出身であることを認めた(サークルの先輩にユリオカ超特Q・レイザーラモンRGがいる)。学生プロレス時代のリングネームは、メイ牛山、ハメ浩を経て、ターナー・ザ・インサート。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋 弘至(提携)

    棚橋弘至から見たブーイング

    8月に行われたG1では、初戦こそ永田のバックドロップホールドで敗れるも、その後は勝ち星を積み重ねていく。しかし、9日目の矢野通戦ではヒールであるはずの矢野が歓声を浴び、棚橋にブーイングが起こる「逆転現象」が発生。初戦以来の敗北を喫し、最終日では内藤哲也のポルボ・デ・エストレージャに捕まり敗北、予選落ちとなった。その後、G1を制した中邑、内藤、矢野の挑戦を退け、12月4日にIWGPヘビー級王座連続防衛記録を持つ永田と再戦。これに勝利を収めて10度目の防衛に成功。12月14日にはその功績が讃えられて、2009年以来2度目となるプロレス大賞最優秀選手賞を受賞。試合内容のみならず、営業姿勢やファンサービスなど多方面から評価を受けた。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

114件中 51 - 60件表示

「棚橋弘至」のニューストピックワード