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  • 棚橋弘至

    棚橋弘至から見たG・B・H (プロレス)

    レッスルキングダムIIのメインにて中邑と対戦したがランドスライドに敗れIWGP王座から陥落。3月1日の全日本プロレス両国大会にて武藤とタッグを結成し、川田利明 & 太陽ケア組を相手に勝利。メイン終了後のリングでチャンピオン・カーニバルに参戦を表明した。ホームである新日本では、同月8日より開催されたNJCを史上初となる2度目の制覇を果たしIWGP王座挑戦権を獲得、3月30日後楽園大会にて中邑と対戦したが腕ひしぎ逆十字固めに敗れた。4月、全日本主催のチャンピオン・カーニバルに初出場。9日の公式リーグ最終戦で小島聡から勝利を収め決勝に進出し、決勝戦で諏訪魔と対戦したがラストライドに敗れ準優勝。17日、左膝前十字靭帯断裂および外側半月板損傷により以後欠場。8月に開幕されたG1の舞台で復帰を果たすも、精彩を欠き予選落ちに終わった。9月には新日本内で急激に勢力を拡大させるG・B・Hに対抗すべく、対立関係にあった中邑がリーダーを務めるユニット、RISEと本隊との橋渡し役となるも、その後は然したる活躍もないままトップ戦線から遠のいた存在にまで陥る。10月26日にスランプ打破のため、無期限アメリカ遠征に出発。現地TNAの一員として試合をこなしていく中、菅林直樹社長から全日本・武藤が保持するIWGP王座を奪回するため、次期IWGP王座挑戦者として直々に指名を受ける。「打開策を自分が納得するまで見つけ続けたい」と、当初は答えを保留していたが、最終的に翌年東京ドーム大会でのIWGP王座挑戦を受理した。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋弘至

    棚橋弘至から見たKENSO (プロレスラー)

    2001年4月19日の後楽園大会にて復帰。欠場期間中のトレーニングにより足が太くなった棚橋は、それを強調するためにコスチュームを黒のタイツから赤のスパッツに変更。さらに髪型も長髪にして、ヤングライオン卒業を宣言した。5月18日後楽園大会から同期入門の鈴木健三(後に鈴木健想に改名)とタッグとして活動を開始。健三とのタッグはタナケンという愛称で親しまれていたが、6月22日よりタッグチーム名をキング・オブ・ザ・ヒルズ(King Of The Hills、略称 : KOTH)と発表した。9月8日に全日本プロレスの日本武道館大会で初めて新日本以外の団体に参戦、10月8日には東京ドーム大会の舞台に初めて足を踏み入れ、G1 TAG LEAGUEではKOTHとして初出場を果たすなど、様々な経験を積んでいく。KOTHは当時の新日本のいち若手としては珍しくストロングスタイルが連想されないライトなタッグであったことから注目を受けるようになり、次第に棚橋も新日本のトップ戦線に身を投じることとなる。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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    棚橋弘至から見たネグロ・カサス

    2000年に入り、ヤングライオンとしてパワーを生かした勢いのある攻撃を身上に前座戦線を賑やかせる一方、メキシコのトップ戦線で活躍するネグロ・カサスから勝利を収める活躍を見せて勢いに乗っていたが、9月9日栃木大会にて試合中に左手中手骨骨折を負い長期欠場へと突入した。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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    棚橋弘至から見たアブドーラ小林

    大日本プロレス所属のアブドーラ小林が非公認でこの台詞を使用していたが、後にサムライTVの放送番組内で行われた対談にて棚橋本人により公認された。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋弘至

    棚橋弘至から見たザック・セイバー・ジュニア

    9月16日、広島・広島サンプラザホールで行われた「DESTRUCTION in HIROSHIMA」で、ザック・セイバーJr.を相手に2度目のIC王座防衛戦を行った。終盤、鈴木みのるが乱入するも、エルガンが排除して棚橋をアシスト。最後はハイフライフローを炸裂させ、激闘を制した。試合後、棚橋は次期挑戦者として飯伏幸太を指名。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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    棚橋弘至から見たリコシェ (プロレスラー)

    パートナーはマイケル・エルガン & ヨシタツ→中西学 & 田口隆祐→田口隆祐&リコシェ棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋弘至

    棚橋弘至から見たピート・フィフィタ

    ホーム新日本では引き続きBCとの抗争に明け暮れたが、G1公式リーグ戦でデヴィットと再戦した際も敗北を喫し、獣神サンダー・ライガーと共に7月5日に獲得したCMLL世界タッグチーム王座もBCの乱入がキッカケでタマ・トンガ & レイ・ブカネロ組を相手に陥落。悪の限りを尽くすBCのダーティファイトに憤慨した棚橋は「介入できない形で決着をつけてやる!!」と、DESTRUCTIONにてデヴィットとランバージャック・デスマッチで対戦。本隊とBCの両チームメンバーがリングに入り混じる中、最後はハイフライフローで勝利を収めて一連の抗争に終止符を打たせた。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

  • 棚橋弘至

    棚橋弘至から見たダイナマイト・キッド

    憧れのプロレスラーとして、ダイナマイト・キッド、カート・アングル、ショーン・マイケルズの名を挙げている。中でもマイケルズのファンであり、2009年当時IWGP王者だった頃、挑戦者としてアングルを迎え撃った際、前日記者会見にてアングルから「タナハシは日本のショーン・マイケルズだ」と言われたときは、死ぬほど嬉しかったと答えている。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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    棚橋弘至から見たタイチ (プロレスラー)

    パートナーはタイチ & OKUMURA。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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    棚橋弘至から見た高岩竜一

    肉体的にほぼ完成されていた棚橋は入寮から半年後の10月10日、後楽園ホール大会にて真壁伸也(現:真壁刀義)を相手にデビュー。試合は6分55秒、逆エビ固めに敗れた。後にデビュー戦について棚橋は「自分自身より(対戦相手の)真壁さんの先輩としてのすごさ」が印象的だったことを語っており、プロレスラーはデビュー戦こそが本当のスタートであることを改めて実感した。同月19日、福岡国際センター大会のデビュー3戦目で井上亘を相手に逆エビ固めでプロ入り初勝利を収めた。12月23日の選手会主催興行では、新日ジュニアのトップ戦線で活躍する高岩竜一とシングルマッチで対戦した。棚橋弘至 フレッシュアイペディアより)

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