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  • 新庄 剛志

    新庄剛志から見た森本稀哲森本稀哲

    プロ野球再編問題から発展した日本初のプロ野球ストライキ明けの初戦となる、9月20日の福岡ダイエーホークス戦(札幌ドーム)試合前に「一昨日、昨日と試合できなくてゴメンJoy」と称し、森本稀哲・島田一輝・石本努・坪井智哉との同僚外野手5名で『秘密戦隊ゴレンジャー』のかぶりものパフォーマンスを実施する(他人と合同では初実施)。プレーオフ進出争いを繰り広げる中での試合では、4-8で迎えた4回裏に新垣渚から左翼へソロ本塁打を放つ。さらに9回裏にはチームが9-12から12-12の同点として なおも二死満塁の場面で、三瀬幸司から4回の本塁打時と同じく左翼フェンス奥の三角形の空間へ打球を運ぶ。この場面で一塁走者の田中幸雄は歓喜のあまりに新庄を二塁の手前で迎え、二人は抱き合ってその場で一回転。この動作により新庄は前位の走者を追い越したことになりアウト(後述)となる。しかし新庄のアウトより先に三塁走者が本塁へ到達していたのでサヨナラゲーム(勝利)は成立する(二死からの場合、追い越し行為による第3アウト〈後述〉より先に本塁到達している走者の得点のみが認められる。同点であったため、三塁走者の得点をもってサヨナラゲームとなりスコアは13x-12)。「新庄はアウトとなった」「第3アウト」と前述したが、追い越し行為以前にサヨナラゲームが成立しているため、記録の上でこの回の攻撃における第3アウトは記録されていない(この回の開始から登板した三瀬の投球回は2/3回。新庄の打席には通常はアウトとなった場合に記録される刺殺ではなく、一・二塁走者と同じく残塁が記録される)。なお新庄の打撃記録はサヨナラ適時打(単打)となる。サヨナラ本塁打の取り消しは史上3例目であるが、取り消された結果でもサヨナラ勝ちのままとなるのは初めてである(「幻の本塁打一覧」を参照)。なおサヨナラ打による得点が満塁本塁打の場合の4ではなく1となったことにより、この試合のチームの総得点となった13得点というのは、サヨナラゲームにおけるチーム総得点のリーグ歴代最多タイ記録である(2016年5月14日時点)。また仮に満塁本塁打が成立していたとすれば、個人通算サヨナラ満塁本塁打のNPB歴代最多タイ記録達成(当時2本)となるところであった。新庄はアウトとなっているがダイヤモンドを一周し、本塁付近でチームメイトから手荒い祝福を受ける。この後、新庄の満塁本塁打が消えたことに対し責任を感じた田中より謝罪を受け、新庄は「いいんです。勝ったんだから」と笑顔で返す(なおシーズン終了後に球団の三沢今朝治統括本部長はこの打席の査定をサヨナラ満塁本塁打と同様に行うと発表)。ヒーローインタビューでは「今日のヒーローは僕じゃありません、みんなです!」と発言。さらに「明日も勝つ!」と宣言して、阪神時代の2試合ではお立ち台でその言葉を発すると翌日にチームは負けておりジンクスとして報道されていたが、翌日も勝利する。新庄剛志 フレッシュアイペディアより)

  • 北海道日本ハムファイターズ

    北海道日本ハムファイターズから見た森本稀哲森本稀哲

    シーズン前に日本ハムの工藤隆人、マイケル中村と巨人の二岡智宏、林昌範の交換トレードが成立した。この年は多くの打者が同時に打撃開眼したことで、チームはリーグトップの打率を記録するなど打撃力が増した。1番田中賢、2番森本稀哲、3番稲葉篤紀の流れは前年終盤と変わらなかったが、4番はこの年8本塁打の高橋信二が座り、自身初の打率3割を記録し「つなぐ4番」として機能。そして溜まったランナーを一発のある5番のターメル・スレッジ(この年27本塁打)が返す流れが定着。続く6番小谷野栄一はほぼ3割の打率(.296)と82打点を記録。さらに2006年に投手から外野手に転向した糸井嘉男がこの年レギュラーを掴み、いきなり打率3割・2桁本塁打・20盗塁をマークし、7番にも関わらずOPSはチームトップの.901を記録。8番捕手の鶴岡慎也を挟み、9番には金子誠が据えられる。金子は開幕から打撃絶好調で、4月15日に日本プロ野球新記録の7試合連続二塁打を達成。4月終盤まで打率4割を維持し、最終的に自身初の3割をマークした。稲葉、高橋、糸井、金子の計4人の3割打者が生まれ、うち稲葉以外の3人は自身初の大台のマークだった。また打席の左右も1番から8番まで全て交互の「ジグザグ打線」を形成し、相手投手の左右の影響を受けにくい打線であった。投手陣も先発はエースダルビッシュ有(この年15勝)を筆頭に、2006年に新人王に輝いて以降成績を残せていなかった八木智哉が復活し9勝を挙げ、武田勝も初の2桁勝利。またリリーフ陣は林昌範、江尻慎太郎、宮西尚生、菊地和正らが活躍し、ストッパーに転向した武田久は無敗のままセーブ王に輝いた。このように投打共に開幕から好調で、開幕から終盤まで優勝争いを牽引する。しかし地方開催のため旭川に訪れた8月18日、福良淳一ヘッドコーチ、ターメル・スレッジ、宮西尚生が新型インフルエンザに感染し球界初の新型インフルエンザ感染者となり、3名の他にも新型の恐れのあるA型インフルエンザによる発熱で主力選手の欠場、登録抹消が相次いで、この日の楽天戦から6連敗。その後も9月に再び6連敗、4連敗を記録するなど大きく失速し、2位楽天との差が一気に縮まり首位の座が危うくなる。それでも10月6日の札幌ドームでの西武戦に金子誠の犠牲フライでサヨナラ勝利し(厳密には試合途中に楽天がロッテに敗れたためその時点で決定)、2年ぶり5度目のリーグ優勝が決定した。またシーズン最終盤まで優勝争いがもつれたことでレギュラーシーズンのホームゲーム観客動員数は199万2000人と、北海道移転後最高を記録した。北海道日本ハムファイターズ フレッシュアイペディアより)

  • 新庄劇場

    新庄劇場から見た森本稀哲森本稀哲

    「魅せる野球」に拘り、本塁打時の談話にて独特の打法命名(一覧〈外部リンク〉)をするなど、独自に考案したファンサービスも積極的に行った。時には同僚も誘って実行し、その狙いは自身以外へも興味を持ってもらい新たなファン層を開拓するきっかけづくりにあった。この考えについて、共にファンサービスを行っていた後輩の森本稀哲は「自分を観に来たファンに他の選手を覚えてもらおうという感覚は凄い」と語り、新庄の引退後もその役割を引き継いでいる。新庄劇場 フレッシュアイペディアより)

  • スポーツワイド Fの炎〜SPORT HOKKAIDO〜

    スポーツワイド Fの炎〜SPORT HOKKAIDO〜から見た森本稀哲森本稀哲

    その他、高橋信二や森本稀哲といった選手個人にスポットをあてたコーナーや、片岡篤史や平川弘がファイターズやコンサドーレについて熱く語るコーナーが好評を博している。スポーツワイド Fの炎〜SPORT HOKKAIDO〜 フレッシュアイペディアより)

  • 悠美

    悠美から見た森本稀哲森本稀哲

    本名:森本 悠美(もりもと ゆみ)。夫は埼玉西武ライオンズの森本稀哲悠美 フレッシュアイペディアより)

  • 2010年の北海道日本ハムファイターズ

    2010年の北海道日本ハムファイターズから見た森本稀哲森本稀哲

    9月26日 - 森本稀哲が対西武戦でNPB史上439人目の通算1000試合出場2010年の北海道日本ハムファイターズ フレッシュアイペディアより)

  • 2010年の日本プロ野球

    2010年の日本プロ野球から見た森本稀哲森本稀哲

    9月26日 - 日本ハムの森本稀哲が対西武戦でNPB史上439人目の通算1000試合出場2010年の日本プロ野球 フレッシュアイペディアより)

  • 工藤隆人

    工藤隆人から見た森本稀哲森本稀哲

    ''、1年目から二軍で83試合と積極的に起用され、打率.255、6本塁打、8盗塁(チームトップ)の数字を残した。この成績をうけてシーズン終盤に一軍登録され、9月22日の対オリックス・バファローズ戦にて森本稀哲の代打としてプロ入り初の一軍出場を果たした。この年は一軍で5試合に出場したが、13打数6三振0安打に終わり、安打を放つことはできなかった。工藤隆人 フレッシュアイペディアより)

  • 坪井智哉

    坪井智哉から見た森本稀哲森本稀哲

    、開幕こそ6番ライトでスタメンだったが、4月当初は森本稀哲、エンジェル・エチェバリア、島田一輝、西浦克拓と外野手を多く起用する采配もありベンチスタートだった。西浦の一塁手起用や、森本が打撃不振で結果を残せずに代走・守備要員になるとすぐに右翼手のレギュラーを勝ち取る。阪神時代の巧みなバッティングが復活し、序盤から絶好調でシーズン前半戦終了時点(オールスター前)でパ・リーグ2位の打率.355(251打数89安打)を記録するほどの大活躍、ファン投票外野手部門3位で通算2度目のオールスター出場を果たす。オールスター後も打撃が絶好調で8月中旬まで同僚の小笠原道大と激しい首位打者争いを演じる。9月に入ると前年の骨折で痛めた足首痛が再発し9月の月間打率が1割台と調子を落としたが、最終的に新人時代に記録した打率.327を更新し、自己最高の打率.330を記録して復活を果たした。阪神入団1年目の1998年に打率.327・日本ハム入団1年目の2003年に打率.330を打ち、これでプロ野球史上初の両リーグ1年目で打率3割越えを達成した。坪井智哉 フレッシュアイペディアより)

  • 稲葉篤紀

    稲葉篤紀から見た森本稀哲森本稀哲

    このシーズンは満40歳という節目を迎える稲葉にとって記録ラッシュの年となった。4月28日の楽天戦(日本製紙クリネックススタジアム宮城)にて、出場1976試合目で史上39人目となる通算2000安打を達成。その6日後の5月4日にはヤクルトに同期入団の宮本慎也も通算2000安打を達成し、奇しくも宮本も出場1976試合目での達成であり、同年に同期入団選手が同試合数で通算2000安打を達成したのはそれぞれ史上初のことであった。5月4日のオリックス・バファローズ戦では史上58人目となる通算250本塁打、5月19日の広島戦では史上11人目となる通算400二塁打を達成。5月23日には札幌ドームにて「稲葉篤紀2000本安打メモリアルナイター」が開催され、試合前のセレモニーでは山田久志名球会理事よりブレザーが贈呈され、相手チームのDeNAからは元同僚の森本稀哲より花束が贈呈された。この日の試合、稲葉は3打数2安打1打点と活躍し、自らのメモリアルナイターを勝利で飾った。5月31日のヤクルト戦では史上44人目となる通算2000試合出場に到達。8月8日のソフトバンク戦では史上38人目となる通算1000打点、9月27日のロッテ戦では13年連続となる2桁本塁打をそれぞれ達成した。稲葉篤紀 フレッシュアイペディアより)

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