前へ 1 2 3
23件中 1 - 10件表示
  • 川面聡大

    川面聡大から見た江里口匡史江里口匡史

    2012年は大手企業への一般就職が内定していたが、内定を1年間保留してもらい、ミズノに所属してロンドンオリンピックの出場を目指した。しかし、6月の日本選手権には100mと200mのロンドンオリンピックB標準突破者として出場したが、両種目で予選敗退に終わりオリンピック出場を逃した。その悔しさもあり、企業に断りを入れてミズノで陸上を続けることにした。初出場となった9月の全日本実業団選手権では、100mは江里口匡史と0秒02差の2位、200mは3位、400mリレーは優勝、1600mリレーは4位。川面聡大 フレッシュアイペディアより)

  • 2009年世界陸上競技選手権大会日本選手団

    2009年世界陸上競技選手権大会日本選手団から見た江里口匡史江里口匡史

    男子4×100mリレー 4位  江里口匡史→塚原直貴→高平慎士→藤光謙司2009年世界陸上競技選手権大会日本選手団 フレッシュアイペディアより)

  • 2011年アジア陸上競技選手権大会

    2011年アジア陸上競技選手権大会から見た江里口匡史江里口匡史

    7月8日、こ関西地方の梅雨明けが発表された。競技場には強い日差しが照りつけ、30度を超える気温と時折秒速5メートルを超す風が吹き荒れる中で競技が行なわれた。この日に変更された男子棒高跳は5m40からスタートした澤野大地が5m50を1回でクリアし自身3度目となるアジア選手権優勝を飾った。澤野以外に5m50を成功する選手が出ず5m40で3人が並んだが、試技の回数で荻田大樹が2位に入った。女子円盤投は中国の孫太鳳が1回目からこの日1人だけ60mを超える60m89を投げて優勝した。男子1500mはバーレーンのベラル・マンスール・アリが先頭を進んだが終盤に失速、クウェートのムハンマド・アゼミが残り200メートルから抜け出してクウェート勢男子1500m初の優勝を飾っている。女子1500mはバーレーンのゲンゼブ・シュミ・レガサが優勝した。男子三段跳は4回目にエフゲニー・エクトフが16m91を記録し、アジア記録保持者の李延熙を逆転して優勝した。女子100mはウズベキスタンのグゼル・フビエワが貫禄を見せつけ他を離して優勝を飾っている。男子100m決勝は1度目にフライングの判定があり、好スタートを決めた日本の江里口匡史に対して、係員によって一旦失格が宣告された。直後の審判団による確認の結果、計4選手が機械によってフライングと判定されていたことが判明し、審判長によって機械の不具合によるものだったと判断された。選手に過失はなく4台の機器に誤作動があったことが原因で、10分間の審議の後に失格の判定は取り消されたもののレースは混乱の余韻を引きずったものになった。中国の蘇炳添が中盤から抜け出して優勝、江里口は2位となった。男子3000mSCはカタールのアブベイカー・アリ・カマルが優勝、前回王者のムバラク・サレム・タヘルは3位となった。女子400mはアジア競技大会2大会連続の金メダリストオリガ・テレシコワが優勝を飾った。男子400mはサウジアラビアのユーセフ・アハマド・マスラヒが優勝、廣瀬英行、金丸祐三の日本勢が続いている。男子十種競技は2日目の110mハードルまで日本の中村明彦が首位を走っていたが円盤投でイランのハディ・セベフルザドが中村を逆転。9種目を終えてセベルフルサド、13点差の2位にインドのバラット・インダー・シン、3位に中村が続いていた。最終10種目めの1500mで再逆転すべく中村は先頭を力走して点差を縮めたが、前回前々回の銀メダリストのセベフルザドが26点差を凌ぎ切って初優勝を飾った。3位に入ったシン、4位の田中宏昌はともにケガを押しての参加になったが参加8人中この4人が十種全ての競技を終えている。2日目は女子七種競技の1日目、男子4×100mリレーと男女400mの予選が行なわれた。2011年アジア陸上競技選手権大会 フレッシュアイペディアより)

  • 第97回日本陸上競技選手権大会

    第97回日本陸上競技選手権大会から見た江里口匡史江里口匡史

    第97回大会は4月の織田記念で日本歴代2位となる10秒01を記録した洛南高校3年の桐生祥秀が注目を集めた。この日に行われた男子100m予選は、桐生が10秒28 (+0.9m/s) の記録で2組を1位通過、山縣亮太は10秒14 (+0.3m/s) の記録で1組を1位通過した。同種目の江里口匡史は予選敗退となり連覇が途切れた。女子円盤投は敷本愛が5投目に52m86をマークし逆転に成功、2年連続優勝を飾った。男子棒高跳は5月に派遣設定記録5m74をクリアした山本聖途、4月に世界選手権参加標準記録Aを突破した荻田大樹、世界選手権参加標準記録Bを突破している澤野大地の3人による優勝争いとなった。山本は5m30から試技を行い1回でクリア、8位以内が確定し世界選手権代表が内定した。山本は5m40をパスした後5m50・5m60・5m70を1回でクリア、荻田は5m60で2度試技を行った後5m70に高さを上げたがいずれも成功せず5m50の記録で3位、澤野は5m70でわずかに成功せず2位が確定、山本が2年連続日本選手権優勝を飾った。第97回日本陸上競技選手権大会 フレッシュアイペディアより)

  • 木村慎太郎

    木村慎太郎から見た江里口匡史江里口匡史

    2008年の大学3年時には、6月の日本学生個人選手権100mを10秒38の自己ベスト(当時)で優勝すると、同月の日本選手権の100mでは塚原直貴、朝原宣治に次ぐ3位入賞を果たした。9月の日本インカレ100mでは初めて決勝に進出して5位、4×100mリレーでは1走を務めて優勝した。同月の早慶対抗陸上競技会4×200mリレーではアンカーを務め、江里口匡史らとともに1分22秒67の日本記録(当時)を樹立した。木村慎太郎 フレッシュアイペディアより)

  • 小島茂之 (陸上選手)

    小島茂之 (陸上選手)から見た江里口匡史江里口匡史

    2009年10月18日の所沢選手権内で引退記念レースが行われ、塚原直貴、江里口匡史に次ぐ3位で現役生活を終えた。小島茂之 (陸上選手) フレッシュアイペディアより)

  • 塚原直貴

    塚原直貴から見た江里口匡史江里口匡史

    2010年、4月に単身で渡米し、タイソン・ゲイのコーチを務めるブラウマンの下で1ヶ月間トレーニングを積んだ。6月の日本選手権100mでは2大会ぶりの優勝を目指すも江里口匡史に敗れ2位。11月の広州アジア競技大会は直前にけがをして欠場した。塚原直貴 フレッシュアイペディアより)

  • 高平慎士

    高平慎士から見た江里口匡史江里口匡史

    男子4×100mリレーでは日本チーム(山縣亮太?江里口匡史?高平慎士?飯塚翔太)の第3走を務め、予選を38秒07の全体4番目の記録で通過。決勝では38秒35で5位入賞を果たした。高平慎士 フレッシュアイペディアより)

  • 小谷優介

    小谷優介から見た江里口匡史江里口匡史

    2011年(平成23年)6月、熊谷で行われた第95回日本選手権の100mに3年連続の出場を果たし、3回目にして初の決勝に進出した。決勝では優勝した江里口匡史と0秒02差の10秒40(-0.5)で2位に終わり、優勝を逃した。小谷優介 フレッシュアイペディアより)

  • 日本記録挑戦会

    日本記録挑戦会から見た江里口匡史江里口匡史

    第1回大会は日本記録が誕生せず、第2回大会では男子60mで江里口匡史が従来の日本最高記録を上回る6秒57をマークするも追い風参考記録(+2.1m/s)となった。第3回大会の男子60mで川面聡大が6秒63の日本最高記録で優勝、2位に入った西垣佳哉も従来の日本最高記録を上回る6秒68をマークし、3大会目にしてついに日本(最高)記録が誕生した。また、日本記録挑戦会では日本(最高)記録に留まらず、第5回大会の男子200mハードルで22秒80のアジア最高タイ記録(大室秀樹)、第6回大会の男子200mハードルでは22秒55の世界最高タイ記録(渡部佳朗)が誕生している。日本記録挑戦会 フレッシュアイペディアより)

前へ 1 2 3
23件中 1 - 10件表示

「江里口匡史」のニューストピックワード