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    片岡易之から見た野口寿浩

    初盗塁:2005年5月17日、対阪神タイガース1回戦(西京極球場)、6回表に二盗(投手:福原忍、捕手:野口寿浩片岡易之 フレッシュアイペディアより)

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    片岡易之から見た高木浩之

    、5月に高木浩之から二塁手のレギュラーを奪うと、打率.292を記録して2番・二塁手のレギュラーをほぼ不動のものにした。中島裕之の故障で8月からは遊撃手に回った。千葉ロッテ戦では1試合3盗塁を2試合連続で決めるなど走塁技術も向上し、1番・右翼手の福地寿樹とのコンビで2人合わせて53個の盗塁を決めた。またバントの技術にも優れ、リーグ2位の33犠打を記録した。片岡易之 フレッシュアイペディアより)

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    片岡易之から見た最多安打

    、初めて1番打者に定着。選手間投票で選出されオールスターゲームに初出場した。中島が北京オリンピック出場で不在の間は遊撃手に回ることもあった。リーグ最多打数を記録しながら前年より打率を大きく上げ、2番を打った栗山とともに167安打で最多安打のタイトルを獲得した。盗塁は前半戦だけで前年を上回り、12個増やし50盗塁を記録。2位の渡辺直人を16個引き離し2年連続の盗塁王となった(パ・リーグの50盗塁以上は1997年の松井稼頭央以来)。打率は3割に満たず、四球が少ないことから出塁率も.322と、やや物足りない面はあったが、リーグトップの得点圏打率.382と勝負強さを見せた。日本シリーズでは7試合で5盗塁(成功率10割)と大暴れし、特に第7戦の8回表においては先頭打者として越智大祐から死球を受け出塁したが、続く栗山巧の打席の初球でいきなり盗塁を敢行した。この時監督の渡辺久信は、死球の際に片岡がガッツポーズをしたのを見て彼の盗塁意欲を感じ取り、初球での犠打(バント)指示をやめたという。この試合の解説として出演していた赤星憲広からも「僕には出来ない」と言わしめた盗塁だった。その後改めてバントで3塁に進み1死3塁で3番中島裕之を迎えた。1回表の同様の場面では「ゴロゴー(ゴロと判断したらスタート)」で本塁へ突入してタッチアウトになり先制点を逃していたが、この場面では「ギャンブルスタート」指示によりバットに当った瞬間にスタートを敢行。中島の三塁ゴロの間に本塁へ突入して同点に追いつき、逆転日本一の足がかりを作る活躍を見せた。アジアシリーズ初戦のSK戦では風邪のため欠場したが、決勝までの3試合に1番・遊撃手として出場、チームのアジアシリーズ制覇に貢献した。片岡易之 フレッシュアイペディアより)

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    片岡易之から見た東北楽天ゴールデンイーグルス

    初先発出場:2005年5月1日、対東北楽天ゴールデンイーグルス8回戦(フルキャストスタジアム宮城)、9番・二塁手として先発出場片岡易之 フレッシュアイペディアより)

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    片岡易之から見たワールド・ベースボール・クラシック

    WBC日本代表に選出された。片岡を選出した理由として日本代表監督の原辰徳は「足(走塁)で代表に選んだ」という程、片岡の走塁技術の高さが評価された形になった。その際、片岡をトランプの「JOKER」と例えた。また、イチローも「ファミスタの『ピノ』みたいでしょ」と評しており、一次候補選手の中では中島裕之・岸孝之に並ぶキーマンに挙げた。一次ラウンドこそ出番はなかったが、キューバ戦から主に先発が左投手時にスタメンに。決勝・韓国戦では、同点の7回表、先頭打者としてレフト前ヒットで出塁すると続くイチローの打席では1ボールからの2球目で盗塁に成功。さらにイチローのバントヒット、中島裕之のレフト前ヒットと続き、片岡が貴重な勝ち越しのホームを踏んだ。片岡易之 フレッシュアイペディアより)

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    片岡易之から見た埼玉西武ライオンズ

    片岡 治大(かたおか やすゆき、本名:片岡 保幸(読み同じ)、1983年2月17日 - )は、埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手(内野手)。2012年までの登録名は片岡 易之(読み同じ)。兄は社会人野球選手のコーチの片岡昭吾。片岡易之 フレッシュアイペディアより)

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    片岡易之から見た全国高等学校野球選手権大会

    中学校卒業後、栃木県の宇都宮学園高校(現:文星芸術大学附属高等学校)に進学。2人の兄がそれぞれ同校で活躍し有名であったことから、片岡が入学後「片岡3兄弟」としてさらに知名度が増す。高校3年の時には3番・遊撃手として自らのサヨナラヒットで甲子園へ出場するが、甲子園では2回戦敗退(2回戦は腰痛で欠場)。。片岡易之 フレッシュアイペディアより)

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    片岡易之から見た福岡ソフトバンクホークス

    250盗塁:2011年7月5日、対福岡ソフトバンクホークス7回戦(西武ドーム)、3回裏に二盗(投手:D.J.ホールトン、捕手:田上秀則) ※史上41人目片岡易之 フレッシュアイペディアより)

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    片岡易之から見た北海道日本ハムファイターズ

    初打席・初安打:2005年3月29日、対北海道日本ハムファイターズ2回戦(札幌ドーム)、8回表にMICHEALから中前安打片岡易之 フレッシュアイペディアより)

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    片岡易之から見た脹脛

    、シーズン当初は荻野貴司と本多雄一に盗塁数で差を付けられ、打撃の調子も上がらず打順も1番から9番に下げられることもあった。後に復調すると、オールスターゲーム第2戦では5打数4安打でMVPを獲得、更にパ・リーグでは福本豊以来となる3年連続50盗塁を達成、9月20日のソフトバンク戦で脹脛を痛めて2軍落ちするまでに自己最多の59盗塁まで数を伸ばし、本多と並び4年連続の盗塁王のタイトルを獲得した。また、打撃面でも前年度開花した長打力を残したまま打率、出塁率を上昇させ、いずれも自己最高の記録を残した。片岡易之 フレッシュアイペディアより)

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