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  • タナゴ亜科

    タナゴ亜科から見た琵琶湖琵琶湖

    タナゴ類はフナ・モツゴ・モロコなどとともに一般的にみられる淡水魚で、地域ごとにさまざまの種類や地方名(方言)がある。地方名には、ニガブナ(日本各地)、ボテ(琵琶湖周辺)、ベンチョコ(福岡県)、シュブタ(筑後川流域)、センパラ(濃尾平野)などがある。「ニガブナ(苦鮒)」という呼称は、食べると苦味があることに由来する。これはタナゴの英名"Bitterling"(苦い小魚)にも共通する。タナゴ亜科 フレッシュアイペディアより)

  • 居初氏庭園

    居初氏庭園から見た琵琶湖琵琶湖

    居初氏庭園(いそめしていえん)は滋賀県大津市堅田の琵琶湖畔にある日本庭園。園内にある茶室「天然図画亭」(てんねんずえてい)から、天然図画亭庭園とも呼ばれる。国指定の名勝。居初氏庭園 フレッシュアイペディアより)

  • 御池岳

    御池岳から見た琵琶湖琵琶湖

    冬は西側が琵琶湖のため、日本海側の気候の影響が強く積雪があり、山頂では樹氷が見られることがある。その他の季節は伊勢湾に近いため、太平洋側の気候となる。登山口のある国道306号の鞍掛トンネル周辺は、冬期は積雪のため閉鎖される。御池岳 フレッシュアイペディアより)

  • 八幡 (近江八幡市)

    八幡 (近江八幡市)から見た琵琶湖琵琶湖

    羽柴秀次は安土城主をつとめていたが、天正13年(1585年)、豊臣秀吉に命じられ、琵琶湖の東岸に八幡城を八幡山に築城した。八幡は、その麓の城下町を起源とする。この築城、町づくりは、大々的に行われ、秀吉の関心の下に、八幡山の掘鑿、沼沢地の地質改良、上下水道の整備までなされた。この築城のおりに外堀として八幡掘が掘られたが、これは、盛んだった琵琶湖流通につながる運河としても利用された。また、東海道と中山道と北国街道が交差する交通の要衝である近江国の地の利を生かして商業地として発展、繁栄した。天正18年(1590年)から、京極高次に城主が代った。このころ、地名を八幡山から八幡町に改称となった。文禄4年(1595年)に、秀次失脚の余波を受けて八幡城は築城から10年足らずで廃城となった。慶長6年から7年(1601 - 1602年)にかけて行われた検地により、553石に、延宝8年(1680年)には558石に認定され、天領となった。その後、旗本の朽木則綱や尾張藩の領地になったこともあったが、嘉永7年(1854年)以降は幕末まで幕府の領地であった。尾張藩領だったころは、税の取り立てが苛烈であり、領民の不満は大きかった。秀次時代からの八幡は、八幡掘を利用した湖上三親浦の一つに数えられる港町として栄えた(他に大津、堅田)。港の発展に伴って、商業の興隆で有名になり、近江商人と称された。鎖国体制が整えられるまでは、阿南屋や暹羅屋など、海外に進出する商家もあった。中期以降の八幡は、株仲間体制の下で発展し、江戸や大坂に店を構え、流通業や金融業に乗り出す家も出てくるなど、近江商人の名は知れ渡った。八幡 (近江八幡市) フレッシュアイペディアより)

  • 荒神山 (滋賀県)

    荒神山 (滋賀県)から見た琵琶湖琵琶湖

    荒神山(こうじんやま)は、日本の滋賀県彦根市の中西部に所在する山。琵琶湖を西に望む、近江盆地の一角、湖東地方の一角に形成された標高284mの独立峰である。山頂のおよそ300m北東に、三等三角点(標高261.48m、点名が「日夏山」)がある。荒神山 (滋賀県) フレッシュアイペディアより)

  • 志那街道

    志那街道から見た琵琶湖琵琶湖

    志那街道(しなかいどう)は、近江国を通る中山道の枝道の一つ。比叡山道とも。中山道・守山宿南端?志那港(現草津市志那)の約7kmをいう。琵琶湖対岸の坂本までの約3.5kmを含む場合もある。比叡山に物資を輸送する経路として主に中世に栄えた。織田信長による比叡山焼き討ち後は徐々に廃れ、江戸時代初期には琵琶湖対岸への渡航経路の中心が矢橋港へ向かう矢橋道に移り衰えた。周辺には現在も文化財が多い。志那街道 フレッシュアイペディアより)

  • 白鬚駅

    白鬚駅から見た琵琶湖琵琶湖

    当駅前後の区間を建設する際、線路は琵琶湖沿いを通っていた県道(現在の国道161号)の湖岸寄りを埋め立てて敷かれることになり、そのため当駅前後の区間が江若鉄道線内で最も琵琶湖に接近する区間となった。駅北側の琵琶湖上には白鬚神社の鳥居が造立されており、湖上の鳥居を脇に見ながら湖のすぐそばを列車が駆け抜けていく光景は江若鉄道を象徴する光景として親しまれた。白鬚駅 フレッシュアイペディアより)

  • 小松村 (滋賀県)

    小松村 (滋賀県)から見た琵琶湖琵琶湖

    小松村(こまつむら)は、滋賀県滋賀郡にあった村。現在の大津市の北東端、琵琶湖の沿岸および高島市鵜川にあたる。小松村 (滋賀県) フレッシュアイペディアより)

  • 文治地震

    文治地震から見た琵琶湖琵琶湖

    『山槐記』によれば閑院の皇居が破損、近江湖(琵琶湖)の湖水が北流して湖岸が干上がり後日旧に復し、宇治橋が落下して渡っていた十余人が川に落ちて1人が溺死、また民家の倒壊が多く、門や築垣は東西面のものが特に倒壊し、南北面のものは頗る残ったという。法勝寺九重塔は倒壊には至らなかったものの、「垂木以上皆地に落ち、毎層柱扉連子相残らる」(『山槐記』)という大破状況であった。同書はその後の余震が続いたことを詳細に記録し、さらに、琵琶湖でも一時的に水位が下がったことなどを記す。文治地震 フレッシュアイペディアより)

  • 湯元舘

    湯元舘から見た琵琶湖琵琶湖

    湯元舘(ゆもとかん)は、滋賀県大津市の琵琶湖西岸の雄琴温泉にある1929年(昭和4年)創業の老舗温泉旅館。雄琴温泉最初の旅館である。経営は株式会社湯元舘。湯元舘 フレッシュアイペディアより)

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