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    白鵬翔から見た皇后美智子

    1月場所初日は、横綱土俵入りの所作に於いて、四股を自分の足元を見て踏む形に変更したことに気を取られたため、せり上がりを忘れるハプニングがあった。この日は2007年以来の天覧相撲となったが、土俵入りは今上天皇・皇后の到着前だったため、大きな問題とはならなかった。白鵬翔 フレッシュアイペディアより)

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    白鵬翔から見た内山斉

    この発言に当時の北の湖理事長は「横綱なんだから手本となる姿勢を見せてほしい」「(取り直しになった取り組みに於いては、うしろ向きな発言を批判し)横綱として、もう一丁来い!と言う堂々とした気持ちを持って欲しい」と発言し、横綱審議委員会の内山斉委員長(読売新聞グループ本社顧問)は「審判はスポーツの世界では厳正なもの。未熟さをさらけ出している。反省すべきは横綱本人。自覚を十分促したい」と苦言を呈し、この勝負のビデオ担当を務めた錣山審判委員(元関脇・寺尾)によると、相手の体が落ちる前に横綱の右足の甲が土俵についており、別の担当親方から横綱の負けとの意見も出たという。勝負規定第6条に「足の裏以外の体の一部が早く砂についた者を負けとする」とある。錣山委員は「相撲の流れとルールを総合すれば、取り直しが極めて妥当だ」と反論し、相撲協会の様々な人物から苦言を受け、祝福ムードから品格問題に発展してしまった。白鵬翔 フレッシュアイペディアより)

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    白鵬翔から見た杉山邦博

    右四つを得意とするが左四つでも十分取れる。立合いは主に鋭く踏み込み、右でカチあげて素早く右を差し込んで左上手を狙う取り口が主体である。体質が極めて柔軟で、腰が重く、摺り足も良く、全盛期は193cmと大柄な部類に入る力士ながら常に低い体勢で腰が割れている。上手投げと寄り身が武器である。柔軟な体質を活かして「横綱相撲」が出来る力士である。 しかし幕内に上がってきた頃の取り口は、前に攻めるよりも投げや引き技で安易に勝負を決めてしまう傾向があった。そのような中でも立合いから左前褌を狙って踏み込む相撲には光るものがあり、しだいにその形が身についていった。白鵬と言えば左前褌というほど取り口が玄人筋には定着しており、NHKアナウンサーの三瓶宏志は「白鵬は左前褌を取るというパターンがあるから実況しやすい」という趣旨のコメントを雑誌に残している。ただ大関時代に研究されて立合いに左前褌が取れなくなり、綱取りを逃したこともあって、両差しなど他の型の相撲も見せるようになった。得意の右四つは2011年をピークとしており、右を差し込むだけで相手が棒立ちになるような力強さも出てきた。同じ平成の大横綱として貴乃花とよく比べられる事があるが、それぞれと取組をした経験のある力士は「白鵬はどんどん白鵬の有利な形にしていく強さがあり、貴乃花はこちらが何をしようとしてもそれを殺してくる強さがあった」「白鵬は思いっきり首を絞めてくるような強さ、貴乃花はジワジワと締めてくるような強さだった」と語っている。また、浅香山(元大関・魁皇)は歴代の対戦力士で一番強かったと思うのは誰かというインタビューに対し、「タイプは全然違うけど、全盛期の貴乃花と白鵬」と答えていた。2012年以降は稽古不足や加齢などから衰えが見られ、前捌きや反応の良さに頼る相撲が増え、元々それなりにできた突き押しの比率も増えている。代わりに左前褌を取ってそのまま走る相撲は減っており。右四つになっても勝てない場面が増えた。懇意にしていた大鵬が死去して以降は、白鵬に意見することができる者がいなくなったためか、右ひじをサポーターで厚く巻いた上での荒々しいかち上げや張り手が増えていった(遅くとも2018年になると、相撲雑誌ですらエルボーと指摘して非難するほど)。杉山邦博は脇が空くというかち上げの短所を指摘しており、そのようなことから「食らう相手が勉強不足」と話している。2017年3月場所後の座談会では錣山(元関脇・寺尾)から「また昔の白鵬の相撲を思い出して取れれば、また勝てると思っています。さばいて勝つから後手、後手に回るのです」とコメントされている。全勝優勝で終えた2017年5月場所について場所後の座談会で振分(元小結・高見盛)と阿武松が語った内容をまとめると「バタバタしている部分はあるが、相手によって相撲を変えたり、かち上げや突っ張りで相手を近づけさせなかったりする」という風になる。それでも2017年7月場所13日目の高安戦ではのど輪や突き押しで攻め最後は厳しい右のおっつけで土俵上に押し倒す相撲が見られ、ある元横綱は「馬力の高安に馬力勝ちして見せたのには驚いたよ。(若手に)はたいたり引いたりしたのは横綱相撲ではないという声もあるみたいだが、力の差があるからできるんだ」とあきれたように感心した。四股やすり足など、徹底した基礎運動へのこだわりと柔軟な体質によって怪我は少なかった が、2012年頃から衰えにより細かい怪我は増えた。2015年ごろから横綱として休場する場面がみられるようになり、2017年3月場所前には「無理をするとどこかを痛めるようになってきた」と怪我について自覚するコメントを残している。2017年11月場所は15番中10番以上が張り手、かち上げを絡めた相撲であり、横綱審議委員会から「これは横綱相撲とは言えない、美しくない」と批判を受けた。2018年3月場所前の14代二子山のコラムによると、基本的に怪我の影響がなければ、簡単に叩きを食う力士ではないという。白鵬翔 フレッシュアイペディアより)

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    白鵬翔から見た藤井康生

    大相撲中継で藤井康生アナウンサーが誤って熊ヶ谷親方(元幕内竹葉山)の事を「白鵬の師匠の宮城野親方」と言い間違えた事がある。これは熊ヶ谷親方が以前宮城野を名乗っていたための間違い。また山口達也アナウンサーが「白鵬と同じ熊ヶ谷部屋で指導する」と言い間違えたこともある。それだけ師弟の関係が深いといえる。なお、2010年12月24日の理事会において11代宮城野と15代熊ヶ谷との年寄名跡交換、部屋の師匠交代の勧告があり、双方が受け入れたことで、15代熊ヶ谷が12代宮城野として再び宮城野部屋の師匠に就任しているため、2015年現在では「白鵬の師匠の宮城野親方」という表現は誤りではない。白鵬翔 フレッシュアイペディアより)

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    白鵬翔から見た勢翔太

    3月場所は2009年11月場所以来、19場所ぶりに西横綱の地位となった。この場所は序盤から好調であり中日にを上手投げで下し、中日勝ち越し場所を26場所とし、千代の富士の25場所を抜いて歴代1位となった。さらに10日目、大相撲の末把瑠都を上手出し投げで下して10連勝、幕内連続2桁勝利記録が37場所となり北の湖と並び歴代1位タイ記録となった。その後も全勝を守り13日目に豪栄道を上手投げで破り、前の取組で2敗で追っていた隠岐の海が栃煌山に送り出しで破れ3敗に後退したため、歴代4位の北の湖に並ぶ24回目の優勝を千秋楽を待たずに決めた。千秋楽は日馬富士を上手投げで破り、9度目の全勝優勝を決めた。これにより全勝優勝回数でも双葉山、大鵬を抜いて歴代単独1位となった。白鵬翔 フレッシュアイペディアより)

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    白鵬翔から見た柏戸剛

    四股名は、横綱・大鵬と柏戸に因んで柏鵬(はくほう)とする案があったが、色白だったことから白鵬と付けられた(幕内・千代白鵬と四股名が比較されるが、命名は千代白鵬が先)。2001年3月場所に初土俵を踏むが、番付に名前が載った翌5月場所は身体の小ささもあり3勝4敗の成績で、後の横綱(しかも大横綱)としては異例の序ノ口での負け越しを経験する。しかし、入門当時身長175cm、体重68kgだった体は、食文化の違いを苦にせず大食漢だったことと熱心な稽古によって大きく成長し続けた。急激な肉体の成長と才能の開花に歩を合わせるかのように番付を駆け上がり、部屋で稽古を付けていた光法は、「あの白鵬って子、一晩眠るたびに強くなっている。2 - 3年後には化粧まわしや白い稽古まわし(共に関取の象徴)を身につける身分になりますよ!」と驚いていた。実際、皆勤して負け越したのは前述の2001年5月場所と三段目時代の2002年7月場所(3勝4敗)の2場所だけで、これ以降は休場を除いて負け越していない。相撲教習所時代は1度だけ寝坊して教習所に遅刻しそうになったが、遅刻しないように下駄を持って裸足で走って間に合わせた。白鵬翔 フレッシュアイペディアより)

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    白鵬翔から見た荒鷲毅

    前場所と同じく東横綱2で迎えた2017年1月場所は順調に初日から連勝。4日目に栃ノ心に寄り切りで勝利し同一取組の初顔合わせからの連勝では歴代単独2位を記録した。7日目には横綱出場回数が歴代1位となる819回目となり並んでいた北の湖の記録を更新しこの日の取組にも勝利している。しかし、8日目に初顔合わせとなった荒鷲に立合い変化されそこは素早く対応をするも廻しを取られ劣勢になり、そのあとのこの場所鶴竜戦でも見せていた荒鷲の速攻に勢いよく時計回りに体を回されて不意をつかれて寄り切られる不覚をとり、中日での勝ち越しならず、初顔合わせの連勝も28で止まり1敗に後退した。荒鷲はここまで鶴竜戦での金星以外の勝ちが無くこの場所2勝目を2個目の金星であげることになった。白鵬は支度部屋でも何度も首を振り厳しい表情を見せつつ「まあ見ての通り。こういうこともある」と話し、どこか隙があったことを認めて気持ちを切り替え、1差で追う展開には「もうダメー」と笑う余裕も見せていた。だが、翌日の小結高安戦は立合いから攻め込まれ連敗。2敗に後退した。また全勝だった稀勢の里も敗れたため1差は変わらず。白鵬は「気合いが空回りした」と稀勢の里の敗戦後の取組を反省しながらも古傷の右足親指を気にするそぶりも見せ体調がまだ万全ではない様子も見せ「立ち合いで勝負あった」「横綱でも、ちょっとズレがあると負けるということ」と相撲の難しさを淡々と語っていた。そして「一番一番だよ」と勝負どころを見据えて気合いを入れていた。10日目の勢戦は危なげなく勝利し勝ち越し。また、昨年の名古屋場所で勢に敗れた際に右足親指を負傷しこの怪我のために左膝の痛みがぶり返した。それ以来の因縁の対戦とあって「きょうはリベンジというか突いていく意志を固めていった」といつも以上に気合いが入っていたと語っていた。また、11日目までに日馬富士、鶴竜ともに休場したためこの場所横綱は白鵬のみとなり、14日目は上位陣の休場が相次いだためこの場所優勝争いしていた平幕の貴ノ岩との対戦が初めて組まれる。実力差からすると勝利が濃厚だったが、一方的に寄り切られるというまさかの展開で敗れ、3敗に後退。初顔対決は2連敗となった。この日稀勢の里が勝利したため、横綱昇進後初めて4場所続けて優勝を逃したと同時に稀勢の里の横綱昇進を許す結果となった。この日敗戦してしまった白鵬は初優勝を決めた稀勢の里について「おめでとう、だね」と祝福の言葉を贈り「強い大関がいて良かった」と稀勢の里の活躍を笑みを浮かべて褒め称えていた。千秋楽での稀勢の里との直接対決前には「明日もいい相撲取るだけ」と語った。千秋楽の稀勢の里との対戦は立合いから張り手を食らわせて一気に攻め込むも、土俵際のすくい投げで投げ捨てられ、2場所連続11勝4敗で場所を終えた。白鵬は稀勢の里を「最初は軽いと思ったが土俵際で残された。土俵際で強かったね。強い大関になった感じ」と語り、稀勢の里に「強い人が大関になり、宿命を持った人が横綱になる」と言ってきた白鵬は横綱昇進への最後の壁として「今日は宿命というか、運命に任せたんだけどね。強い大関が優勝しましたね」と勝利を称えて言葉を贈った。また、今場所を「取りこぼしがあり過ぎた」と反省。来場所については「精いっぱいやっていい相撲を取りたい」と語っていた。白鵬翔 フレッシュアイペディアより)

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    白鵬翔から見た正代直也

    5月場所は前場所2日目からの連勝を継続し、2日目に魁皇の持っていた幕内最多勝利記録879勝を更新。幕内勝利数が歴代単独一位となる。4日目には初顔の正代を押し出して4連勝し初顔27連勝となり歴代単独3位に浮上。6日目には先場所からの連勝を20に伸ばし自身8度目の20連勝とする。さらに8日目で勝ち越し、自身が持つストレート給金の最多記録を41(1949年の1場所15日制定着以降)に更新。13日目には初日から同じく連勝を続けていた大関稀勢の里との全勝対決を左下手投げで制して単独トップに立った。翌日、日馬富士との横綱対決を寄り切りで制し、1敗で追っていた稀勢の里が鶴竜に寄り切りで敗れたため千秋楽を残して2場所連続37回目の優勝を決めた。14日目までに優勝を決定させるのは16度目となり、千代の富士を抜いて歴代単独1位となった。場所前に受け入れ先となってくれた摂津倉庫の浅野毅会長が、4月23日に内臓疾患で死去。「春場所が終わってから病院で30分くらい話した。息が詰まって苦しそうだった。懸賞金をそのときにあげた。喜んでくれて、奥さんが見える場所に置いてくれた。天国から見守ってくれれば、と思います。恥をかかせない、という気持ち」と記者へ恩師にささげる優勝だったことも明かした。千秋楽も激戦の末にうっちゃりで鶴竜を下して自身の最多記録を更新する12度目の全勝優勝を決めた。優勝インタビューでは「一年半ぶりの優勝が東京で本当にうれしい。全勝は気持ちいい。場所前には古傷を痛め、3日目から足を痛めていてどうなるかと思ったが自分を奮い立たせた。自分では分からないけど、土俵に上がると違う白鵬がいるようだった。土俵を下りたら優しいというね。五月場所が終わったら、横綱に昇進して10年目に入るので、頑張ろうという気持ちで一生懸命やっていた。大鵬関の32回目の優勝を超えてから目標がなくなり、いろいろ大変な時期があったけど1000勝というものが燃えさせてくれた。名古屋場所で応援してくれる方に見せられればと思うけど、ゆっくり休みたい」と話した。白鵬翔 フレッシュアイペディアより)

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    白鵬翔から見たウサイン・ボルト

    NHKスペシャル「横綱白鵬 〜“最強”への挑戦〜」(2010年11月28日放送)内にて、最新の科学を駆使して白鵬の強さの秘密に迫る試みが行われた。それによれば、白鵬には陸上選手のウサイン・ボルトに匹敵する瞬発力や、反動を起こさずに筋肉を動かせる特技など、力士にとって理想的な身体能力が備わっているという。中京大の湯浅景元教授は過去30年の主要力士の立合いを解析し、白鵬の飛び出しの速さは毎秒4メートルであり、ウサイン・ボルトの毎秒4.01メートルには劣るが、大相撲では白鵬がトップで、2位が千代の富士の3.9メートルであるという。また立合いの際に上半身の筋力をほとんど使わず、優れた柔軟性と強靭な下半身の筋力によって巧みに相手の力を吸収してしまうという、極めて特異な技術を持っていることも明らかとなった(同番組内で、強くぶつかっても力が吸収されてしまう感覚を受けるという旨の証言を琴欧洲が行っている)。白鵬翔 フレッシュアイペディアより)

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    白鵬翔から見た和田友良

    3月場所前の2007年2月に当時学習院大学に在籍中の学生であった徳島県徳島市出身の和田紗代子と結婚。このとき夫人は第1子を身ごもっており、同年5月10日に第1子(長女)が誕生した。義父は実業家で、元朝青龍全国後援会長の和田友良白鵬翔 フレッシュアイペディアより)

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