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    真壁刀義から見たDDTプロレスリング

    中学時代から柔道を経験し、帝京大学在学中に二段を習得。その後はプリン真壁のリングネームで学生プロレスで活躍(サークルの後輩にDDTのHARASHIMA、AV男優のミートボール吉野がいる)した。卒業後の1996年4月に新日本プロレス入団。同期入門者には藤田和之がいる。真壁刀義 フレッシュアイペディアより)

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    真壁刀義から見た全日本プロレス

    その後、長州をパートナーにIWGPタッグ王座挑戦やBEST OF THE SUPER Jrに初出場、全日本プロレスのアジアタッグ王座を巡ったトーナメントに出場する機会を得るも、いずれも結果を残せず。真壁刀義 フレッシュアイペディアより)

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    真壁刀義から見た新日本プロレス

    真壁 刀義(まかべ とうぎ、1972年9月29日 - )は、日本の男性プロレスラー。本名及び旧リングネームは真壁 伸也(まかべ しんや)。神奈川県相模原市出身。新日本プロレス所属。血液型B型。神奈川県立城山高等学校→帝京大学出身。真壁刀義 フレッシュアイペディアより)

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    真壁刀義から見たマンモス佐々木

    「LOCK UP」第1回興行でメインイベント後に乱入し、当日のメインイベントに出場していた金村キンタローに「真壁は呼んでないよ」と言われるも、空気を読まないギミックを貫いた。この金村の「真壁は呼んでいない」発言が真壁を覚醒させ、現在の“暴走コング”と呼ばれる地位を確立させたとも言われる。第2回興行ではリングから柔らかいコーナークッションを外し、蛍光灯などの凶器で血だるまになるほど殴られている関本大介をクッションで殴打するコミカルな一面を見せた。第3回興行でもコーナークッションを外すが、外すだけでその後は普通に試合を行った。しかし第5回興行ではマンモス佐々木との金網デスマッチでメインイベンターを務め、アパッチプロレス興行では前述の金村率いるアパッチ軍の強大な敵として存在を確立するなど、「単発興行との相性が悪い」というイメージを払拭した。真壁刀義 フレッシュアイペディアより)

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    真壁刀義から見た高木三四郎

    他団体を含む、若手レスラーのみの興行「ライオンズロード」にてプロデューサーを務めるも、試合を提供した団体に「そこに戦いはあるのか」などと批判し、物議を醸す。DDT社長の高木三四郎と参戦していた同団体の選手HERO!(HARASHIMA)はこれに対して反論、かつて真壁の大学の後輩だったHERO!は対戦要求し受諾されるも実現には至ってなかった。その後、若手選手の成長もあり、同興行は打ち切りとなった。真壁刀義 フレッシュアイペディアより)

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    真壁刀義から見たダッドリー・ボーイズ

    2008年1月4日、矢野と組みTNAのチーム3D(ブラザー・レイ・ブラザー・ディーボン組)とハードコアマッチルール対戦したが敗戦。2月17日、同タッグでジャイアント・バーナード、トラヴィス・トムコ組の保持するIWGPタッグ王座に挑戦。キングコングニードロップでトムコを破り、第51代王者に戴冠。また、同日に怪我から復帰した天山をG・B・Hから追放し改めてリーダーとしてユニットの指揮をとる。真壁刀義 フレッシュアイペディアより)

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    真壁刀義から見たモハメド・ヨネ

    2010年1月4日、プロレスリング・ノア対抗戦の先陣を切りモハメド・ヨネと対戦。キングコングニードロップで快勝した。9日に開催されたNOAHのグローバル・タッグ・リーグ戦では本間朋晃とのタッグで初出場。2月28日、日本武道館大会では杉浦貴の持つGHCヘビー級王座に挑戦したが敗れた。真壁刀義 フレッシュアイペディアより)

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    真壁刀義から見たマサ斉藤

    変形の足4の字固め。マサ斉藤の代名詞的技として知られる。2008年のG1 CLIMAXで初披露し、それ以降、この技をフィニッシュホールドとして使うこともある。真壁刀義 フレッシュアイペディアより)

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    真壁刀義から見たタイチ (プロレスラー)

    2011年1月4日、首の負傷が完治しない中でレッスルキングダムVのセミファイナルで田中と対決し勝利。その後は小島聡と抗争を繰り広げ、幾度となくシングルマッチで激突。5月3日のシングル戦で勝ち越しを収めた試合後、タイチ、TAKAみちのく、さらに突如現れた鈴木みのるの襲撃を受ける小島を救出に入り握手を交わした。真壁刀義 フレッシュアイペディアより)

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    真壁刀義から見た鈴木健想

    1997年2月15日、神奈川県いすゞ自動車大和体育館での大谷晋二郎戦で本名の真壁伸也としてデビューを果たす。しかし、藤田と比べ身体能力・技術に著しく劣る上に、地味な風貌と一言多い性格が災いし、藤田や鈴木健想ら同期・後輩が続々とブレイクする中、真壁だけは何年もの間、長州力の雑用係をつとめながら前座のリングに立ちつづける不本意な日々を強いられた。真壁刀義 フレッシュアイペディアより)

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