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  • 九九式軽機関銃

    九九式軽機関銃から見た硫黄島 (東京都)硫黄島 (東京都)

    日本軍が硫黄島に上陸してきたアメリカ海兵隊に対して使用する。九二式重機関銃とは違って洞窟陣地の中からではなく、高台から射撃している。九九式軽機関銃 フレッシュアイペディアより)

  • 第3606船団

    第3606船団から見た硫黄島 (東京都)硫黄島 (東京都)

    6月8日、門前少将は敵潜水艦複数の追跡を受けているとして基地航空隊に支援を要請したが、これに応じて硫黄島や父島を出撃した航空部隊は、天候不良のため船団直衛を実施できなかった。翌9日午前4時過ぎ、父島東方を航行中のところで旗艦をつとめた駆逐艦の松風がアメリカの潜水艦ソードフィッシュから雷撃された。松風は一瞬にして爆沈してしまい、門前少将以下多数が戦死した。船団は父島に一時退避することにした。第3606船団 フレッシュアイペディアより)

  • 伊号第三百七十潜水艦

    伊号第三百七十潜水艦から見た硫黄島 (東京都)硫黄島 (東京都)

    2月20日、回天特別攻撃隊(千早隊)として日米軍の戦闘が行われている硫黄島方面へ向かうべく光を出港していくのを最後に消息不明。伊号第三百七十潜水艦 フレッシュアイペディアより)

  • 第50軍 (日本軍)

    第50軍 (日本軍)から見た硫黄島 (東京都)硫黄島 (東京都)

    第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)には、1月にフィリピンルソン島に、2月に硫黄島に、4月には沖縄に連合国軍が上陸、日本本土に迫るなかで、同年6月19日に編成された。第50軍 (日本軍) フレッシュアイペディアより)

  • フルハウス (航空機)

    フルハウス (航空機)から見た硫黄島 (東京都)硫黄島 (東京都)

    1945年8月6日、広島県広島市への原子爆弾投下任務に際して7機のシルバープレート形態B-29が用いられ、本機は長崎県長崎市の天候偵察機として参加した。また8月9日長崎市への原子爆弾投下任務では、原爆搭載機「ボックスカー」の万一の事態に備えた予備機として硫黄島で待機している。15機のシルバープレート機の中で広島・長崎への投下作戦両方に実質参加したのは本機とエノラ・ゲイ(広島原爆搭載・長崎作戦時福岡県小倉市(現:北九州市)天候偵察)、グレート・アーティスト(両作戦とも観測機材搭載)の3機だけである。フルハウス (航空機) フレッシュアイペディアより)

  • シムス級駆逐艦

    シムス級駆逐艦から見た硫黄島 (東京都)硫黄島 (東京都)

    初めは全隻大西洋艦隊に配備された。真珠湾攻撃後はウェインライト、バック、ロウが大西洋戦線に留まり、残りは太平洋戦線に転じた。バックはサレルノ沖でUボートの攻撃により沈没し、ウェインライトとロウは地中海の戦いが幕を閉じると、本国に帰投して整備の上で太平洋戦線に移動した。太平洋戦線で戦った艦は、初期から日本海軍と激闘を演じた。珊瑚海海戦でシムスが沈没すると、続くミッドウェー海戦ではハムマンが、損傷した空母ヨークタウン (USS Yorktown, CV-5) に横付け中、伊168の雷撃で沈没した。9月15日にはオブライエンが、伊19が空母ワスプ (USS Wasp, CV-7) を狙って命中しなかった酸素魚雷の命中を受け、応急修理後に本国に帰投中、船体が折れて沈没した。ウォークも第三次ソロモン海戦で沈没した。残存艦はマーシャル諸島、ニューギニア、フィリピン、硫黄島、沖縄と転戦して大戦を生き残ったが、1946年までに全艦が退役した。残存艦の内3隻はオーバーホール途中に退役が決定しスクラップとされた。4隻はビキニ環礁での原爆実験であるクロスロード作戦に使用され1隻が最初の爆発で沈没、3隻は2年後に標的艦として撃沈された。シムス級駆逐艦 フレッシュアイペディアより)

  • スピアフィッシュ (サーゴ級潜水艦)

    スピアフィッシュ (サーゴ級潜水艦)から見た硫黄島 (東京都)硫黄島 (東京都)

    11月12日、スピアフィッシュは12回目の哨戒で日本近海に向かった。哨戒の前半、スピアフィッシュは硫黄島および南鳥島に対する写真偵察調査を行い、後半は南方諸島海域で救助艦任務および攻撃哨戒を行った。11月28日、スピアフィッシュは硫黄島近海で、上空を飛行中のB-24を誤って攻撃した。12月19日には墜落したB-29のクルー7名を救助した。1945年1月11日、スピアフィッシュはの地点で、漂流中の渡し船嵩山丸を発見した。嵩山丸は22総トンのエンジン付き木造渡し船で、1944年12月1日、志布志湾内を内之浦港へ航海中にエンジンが故障して、太平洋上へ流されていた。2時間の短行程の予定であったが、不幸中の幸いにも正月用の特配物資を運搬中だったため、多少は食糧が積まれていた。乗客22人と船員4人が乗船していたうち、2人が衰弱死し、12月29日にアメリカ軍飛行艇の機銃掃射で14人が死亡したため、遭遇当時の生存者は10人となっていた。1月11日にアメリカ軍哨戒機が再び同船を発見し、生存者がいるらしいとスピアフィッシュに連絡した。嵩山丸を発見したスピアフィッシュは無人船と判断して攻撃したが、途中で生存者に気付いた。スピアフィッシュは救助を始めたが、聴音により日本の対潜艦艇が接近していると誤認し、3人を捕虜として収容した時点で救助を打ち切り、嵩山丸を艦砲により撃沈した。収容した3人のうち1人は、数日後に自殺を図って重傷を負ったため、モルヒネ注射で安楽死させた。1月24日、スピアフィッシュは64日間の行動を終えて真珠湾に帰投。これがスピアフィッシュの最後の哨戒となった。スピアフィッシュ (サーゴ級潜水艦) フレッシュアイペディアより)

  • ウェーク・アイランド (護衛空母)

    ウェーク・アイランド (護衛空母)から見た硫黄島 (東京都)硫黄島 (東京都)

    2月10日、ウェーク・アイランドは第52.2任務群に加わって小笠原諸島方面に向かった。来る硫黄島の戦いでは、火力支援部隊と上陸部隊の空中援護を行う事になっていた。サイパン島とテニアン島を結ぶ海域で訓練が行われた後、2月13日にはウェーク・アイランドは第52.2.1任務隊の旗艦となった。翌2月14日、任務隊は硫黄島に針路を向け、2日後には硫黄島の南西79キロの洋上に到達した。日が昇るとすぐ、火力支援部隊は硫黄島に対して艦砲射撃を行った。ウェーク・アイランドの航空機は日本軍の防衛拠点を探してロケット弾で攻撃する傍ら、対潜および洋上哨戒の任務に就いた。2月19日の上陸作戦当日も、ウェーク・アイランドの航空機は、56箇所の日本軍拠点に対して87発ものロケット弾を発射した。その最中、ビスマーク・シー (USS Bismarck Sea, CVE-95) は2月21日夕刻に第二御楯特攻隊(彗星12機、天山8機、零戦12機)の突入により沈没し、ルンガ・ポイント (USS Lunga Point, CVE-94) と空母サラトガ (USS Saratoga, CV-3) が大破した。ウェーク・アイランド (護衛空母) フレッシュアイペディアより)

  • 銚子空襲

    銚子空襲から見た硫黄島 (東京都)硫黄島 (東京都)

    銚子をはじめとする太平洋沿岸の港町は、硫黄島から飛来したP-51や空母から発艦したF4Uコルセアによって機銃掃射を受けており、その様子は実写フィルムが残されており、見ることができる。銚子空襲 フレッシュアイペディアより)

  • 豊川空襲

    豊川空襲から見た硫黄島 (東京都)硫黄島 (東京都)

    午前6時40分、護衛のP-51戦闘機48機(45機の説もある)が硫黄島より離陸する。豊川空襲 フレッシュアイペディアより)

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