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  • 硫黄島 (東京都)

    硫黄島 (東京都)から見た観測

    戦後は海上自衛隊管理の航空基地が設置され、全島がその基地の敷地とされているため、原則として基地に勤務する自衛隊員以外は島に立ち入ることが禁止されている。ただし必要に応じて、飛行場等の整備・改修工事を行う防衛省北関東防衛局職員及び建設業者等の作業員並びに遺骨帰還事業を行う厚生労働省職員等の立ち入りが許可される。本島は潮風や硫黄による侵食が激しいため、基地施設等の補修が常時行われており、作業に従事するこの建設業者の住宅施設が存在する。また、海上自衛隊が火山観測を行なっており、国土地理院と気象庁の職員も定期的に観測のために来島している。硫黄島 (東京都) フレッシュアイペディアより)

  • 硫黄島 (東京都)

    硫黄島 (東京都)から見たキロメートル

    硫黄島(いおうとう)は、小笠原諸島の南端近くに所在する、東西8 km、南北4 kmの島である。行政区分上は東京都小笠原村に属し、東京都区部からは、南方におよそ1,200km に位置する。島内の最高峰は、摺鉢山(標高169 m)であり、硫黄島は周囲の島々と合わせて火山列島(硫黄列島)と呼ばれる列島を形成している。硫黄島 (東京都) フレッシュアイペディアより)

  • 硫黄島 (東京都)

    硫黄島 (東京都)から見たおおすみ型輸送艦

    隆起活動が激しいため、硫黄島に港を築港することができず、船積みのボートが着けられる程度の小さな波止場(桟橋)しか存在しない。その関係で大型船舶は少し沖合いに停泊せざるを得ず、航空機で運べないような重量物は、おおすみ型輸送艦を使い、艦載のLCACで海岸から少し内陸のところにある揚陸施設に揚陸させる。航空燃料や軽油などは、沖合いに停泊した民間タンカーから、揚陸施設へと長大ホースを伸ばして補給を行う。硫黄島への宅配便・郵便物は通常の硫黄島の住所を記載しても届かない(郵便事業株式会社においても「交通困難地」とされている)。隊員の家族の仕送りや外部から業務用の資材や郵便物などは、自衛隊が指定した基地へ一括搬入することになる。硫黄島 (東京都) フレッシュアイペディアより)

  • 硫黄島 (東京都)

    硫黄島 (東京都)から見た航空路

    島は東京とグアム島を結ぶ民間航空路下に存在するため、自衛隊専用飛行場にもかかわらず国際航空運送協会の3レターコードが設定されている。実際、過去に一度だけ2003年3月30日にグアム発仙台行きのコンチネンタル航空931便(ボーイング737)がエンジン片方停止により緊急着陸している。硫黄島 (東京都) フレッシュアイペディアより)

  • 硫黄島 (東京都)

    硫黄島 (東京都)から見た南鳥島

    父島からは300 km、本州、グアム島、南鳥島、沖縄本島から、それぞれ1,200 kmから1,300 km程度のほぼ等距離に位置する。島の大半は標高100 m前後の台地状の比較的なだらかな地形であるが、島の最南端に位置する最高所(標高169 m)の摺鉢山(パイプ山)は、その名の通り「すり鉢」を伏せたような形状をしている。活火山の火山島であり、地熱が高く、島の至る所で温泉(硫黄泉)が湧き出し、噴出する硫黄ガス(二酸化硫黄等)により、硫黄独特の臭いが立ち込めている。数千年前の海底火山の活動で海底に火山砕屑物が堆積し、それが隆起して誕生した島であり、過去数百年間の平均で、世界的にも珍しい年間約25 cmもの速度で、現在も急速な隆起活動が続いている。島西方にある釜岩はかつては一つの独立した島であったが、この急速な隆起活動により現在は硫黄島と地続きとなっている。硫黄島 (東京都) フレッシュアイペディアより)

  • 硫黄島 (東京都)

    硫黄島 (東京都)から見た施設

    硫黄島は太平洋戦争の激戦地(硫黄島の戦い)として知られるが、現在は海上自衛隊と航空自衛隊の基地が置かれている。硫黄島へは旧島民らの慰霊や基地施設の工事などの例外を除いて、一般民間人の上陸は禁止されている。硫黄島 (東京都) フレッシュアイペディアより)

  • 硫黄島 (東京都)

    硫黄島 (東京都)から見た揚陸艦

    大戦中、米軍は不要となった揚陸艦を浜で自沈させ、接岸岸壁にしようとしたが、波浪のため破損し実用にならなかった。現在でも硫黄島南側の海岸には放棄された揚陸艦の残骸が残る。また、現在も島の地下には1万3千柱を超える戦死者の遺骨とともに、無数の不発弾が残され、この回収も困難な状況である。不発弾爆発の危険性等から、自衛隊員でも立ち入りが禁じられている地域も存在する。硫黄島 (東京都) フレッシュアイペディアより)

  • 硫黄島 (東京都)

    硫黄島 (東京都)から見た日本国

    硫黄島の呼称は、戦前は島民と主に陸軍の間では「いおうとう」、海軍の一部の間と明治時代作成の海図では「いおうじま」としていた。アメリカ合衆国ではこの海図の表記に従い「Iwo Jima(イオージマ)」とし、終戦後、同島は米軍の統治下にあったことから「Iwo Jima」と呼称されていた。1968年に同島の施政権が日本国に返還された際に国土地理院発行の地形図上の呼称は「いおうとう」に戻されたが、1982年の地形図改訂の際に小笠原村は同島の呼称を「いおうじま」と東京都に報告、都ではこれに基づき「いおうじま」と公報したため、地形図においても「いおうじま」と呼称されるようになった。各報道機関でも同島を「いおうじま」と報道したことにより、2007年までは「いおうじま」と呼ばれることが多かった。硫黄島 (東京都) フレッシュアイペディアより)

  • 硫黄島 (東京都)

    硫黄島 (東京都)から見た工事

    硫黄島は太平洋戦争の激戦地(硫黄島の戦い)として知られるが、現在は海上自衛隊と航空自衛隊の基地が置かれている。硫黄島へは旧島民らの慰霊や基地施設の工事などの例外を除いて、一般民間人の上陸は禁止されている。硫黄島 (東京都) フレッシュアイペディアより)

  • 硫黄島 (東京都)

    硫黄島 (東京都)から見た住宅

    戦後は海上自衛隊管理の航空基地が設置され、全島がその基地の敷地とされているため、原則として基地に勤務する自衛隊員以外は島に立ち入ることが禁止されている。ただし必要に応じて、飛行場等の整備・改修工事を行う防衛省北関東防衛局職員及び建設業者等の作業員並びに遺骨帰還事業を行う厚生労働省職員等の立ち入りが許可される。本島は潮風や硫黄による侵食が激しいため、基地施設等の補修が常時行われており、作業に従事するこの建設業者の住宅施設が存在する。また、海上自衛隊が火山観測を行なっており、国土地理院と気象庁の職員も定期的に観測のために来島している。硫黄島 (東京都) フレッシュアイペディアより)

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