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  • 礒部公一

    礒部公一から見た広島県立西条農業高等学校

    東広島市立志和中学校を卒業後、高校は市内中心部の西条農高に進学。高校では主に4番捕手でチームの主将も担当した。高校3年時に第73回全国高等学校野球選手権大会に出場。初戦の東北戦はサヨナラ勝利、2回戦の我孫子高戦ではセンターバックスクリーンに本塁打を放つなどの活躍も6対3で敗れた。大会後、高校野球日本代表に選ばれた。礒部公一 フレッシュアイペディアより)

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    礒部公一から見た打数

    に、前年11月に行われた選手分配ドラフトで新規参入球団の東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍。球団の初代選手会長となる。開幕戦は6番ライトで出場した。開幕から11打席連続ノーヒットだったが4月1日、西武戦(フルスタ宮城)で、岡本篤志から球団第1号本塁打をバックスクリーンに放った。1番で起用されることが多かったが、シーズン終盤は5番に定着。オールスターではチーム唯一の出場をファン投票で果たす。第1戦で3打数2安打2打点と結果を出した。にFA権を取得し、当初「優勝できるチームでプレーしたい」と行使を示唆する発言をしたが、近年の成績不振から最終的には行使せず、残留を選択。球団の選手会長の座は近鉄時代からの同僚でもある高須洋介に譲り、辞任した。礒部公一 フレッシュアイペディアより)

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    礒部公一から見た札幌ドーム

    1000試合出場:2005年7月16日、対北海道日本ハムファイターズ9回戦(札幌ドーム)、1番・右翼手として先発出場 ※史上403人目礒部公一 フレッシュアイペディアより)

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    礒部公一から見た打点

    、正捕手争い激化と盗塁を阻止できなくなったことにより外野手に専念。主に5番打者として全140試合に出場。打率3割2分・17本塁打・95打点を記録、中村紀洋、タフィ・ローズらと強力クリーンナップを組みチーム12年ぶりのパ・リーグ優勝に大きく貢献。シーズン途中までは吉岡雄二と5番か6番を、シーズン後半は5番に固定され、リーグ1位の得点圏打率.417を記録して、この年「最強の5番打者」と言われた。また右投手より左投手からの方が打率が高かったが、日本シリーズ第1戦で左投手の石井一久に完全に抑え込まれ、結局このシリーズ無安打に終わり「逆シリーズ男」の烙印を押されてしまった。また、自身唯一のタイトルのベストナインの外野手部門にも輝いた。礒部公一 フレッシュアイペディアより)

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    礒部公一から見た広島県

    礒部 公一(いそべ こういち、1974年3月12日 - )は、広島県出身の元プロ野球選手(外野手、捕手)で、大阪近鉄バファローズ、東北楽天ゴールデンイーグルスに在籍した。礒部公一 フレッシュアイペディアより)

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