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  • 大阪国際女子マラソン

    大阪国際女子マラソンから見た福士加代子福士加代子

    当初は「アテネ五輪女子マラソン金メダリスト」野口みずきと「長距離トラックの女王」福士加代子との対決で注目されたが、本番4日前に野口が故障欠場すると大会事務局が発表した。レース当日は過去数年間で比較的天候が良好で、好記録が期待された。序盤から4人のペースメーカーの内3人もいなくなるほどのハイペースで進み、22km過ぎの折返し地点では重友梨佐と福士の一騎打ちとなった。しかし27km手前で福士が脱落し、重友の独走状態になる。結果重友が日本女子歴代9位の好タイムで優勝を果たし、ロンドン五輪代表最有力候補となり、3月12日の理事会で正式に五輪日本代表へ選出された。福士は4年前の大阪国際と同様に、再び後半で失速してしまい9位に終わる。なお5位に入った嶋原清子は、この大阪国際を最後に第一線から引退となった。大阪国際女子マラソン フレッシュアイペディアより)

  • 阿蘇品照美

    阿蘇品照美から見た福士加代子福士加代子

    2003年12月の全日本実業団女子駅伝では、同じ区間を走った福士加代子にデッドヒートの末競り勝ち、注目を集めた。阿蘇品照美 フレッシュアイペディアより)

  • 川上優子

    川上優子から見た福士加代子福士加代子

    シドニー五輪後は足腰の故障に泣き、出走予定レースの欠場や、ケガをおして出場するも不本意な成績が続いていた。2002年3月に山口県で行われた全日本実業団ハーフマラソンでは自己最高記録で優勝、復活の兆しを見せたが、長くは続かなかった。同年6月の日本陸上選手権でも不甲斐ない結果となり、同年9月に陸上競技選手としての現役引退を表明。当時の川上は27歳、まだ年齢的にもこれからという時の早過ぎる引退劇だった。引退会見時、川上のライバルとして頭角を現し始めた渋井陽子や福士加代子らに対して、「どこまでやれるか是非挑戦し続けて欲しい」と笑顔でエールを送っている。川上優子 フレッシュアイペディアより)

  • 大島めぐみ

    大島めぐみから見た福士加代子福士加代子

    その後、2004年6月の日本選手権女子10000mでは、気温30度近い高温の中自己記録で2位に入り、トラック種目で2大会連続2回目の五輪代表入りを果たした。同年8月のアテネ五輪女子10000mでは、残りトラック1周手前で優勝争いの先頭集団に周回遅れにされてしまい、メダルも入賞争いにも加わることは出来なかったが、日本人ではトップの13位だった(他、弘山晴美は18位、福士加代子は26位)。大島めぐみ フレッシュアイペディアより)

  • 中村友梨香

    中村友梨香から見た福士加代子福士加代子

    同年8月15日の世界陸上ベルリン大会女子10000m決勝では、先行するレーススタイルで最後まで粘り、7位入賞を果たした(福士加代子は9位、佐伯由香里は20位)。世界陸上で日本女子長距離走代表の入賞は、1999年世界陸上セビリア大会女子10000mの弘山晴美(4位)と高橋千恵美(5位)の二人同時入賞以来10年ぶりである。又8月19日の同大会の女子5000m予選を通過し、8月22日の女子5000m決勝では12位ながらも自己ベスト記録をマークした(小林祐梨子は決勝11位)。中村友梨香 フレッシュアイペディアより)

  • 森本友

    森本友から見た福士加代子福士加代子

    2008年1月27日施行の大阪国際女子マラソンに出場。35km手前で先頭を走っていた初マラソンの福士加代子をかわして、日本人最高の2位に入る(優勝はイギリスのマーラ・ヤマウチ)。同年8月17日開催の北京オリンピック女子マラソン代表選手有力候補の一人となるが、優勝出来なかった事と並びにかつ消極的なレース内容が、日本陸上競技連盟に対して良い印象を与えるには至らなかった。3月9日施行の名古屋国際女子マラソンで優勝した天満屋の後輩である中村友梨香より17秒早いタイムであったが、日本陸連は代表選考に当たり、森本と中村のレース内容を精査した結果、中村に軍配を上げた形になった。その為、森本の五輪代表の夢は掴むことは出来ず、惜しくも補欠エントリーに留まり、先輩後輩で明暗を分かつ形となった。森本友 フレッシュアイペディアより)

  • 大南博美

    大南博美から見た福士加代子福士加代子

    翌2006年6月の日本選手権では32分14秒73のタイムで2位入賞。そして12月のドーハアジア競技大会女子10000mでは、32分18秒02のタイムで3位でゴール、銅メダルを獲得した(優勝は福士加代子)。大南博美 フレッシュアイペディアより)

  • 青森県立五所川原工業高等学校

    青森県立五所川原工業高等学校から見た福士加代子福士加代子

    福士加代子(陸上選手) - 2000年(平成12年)青森県立五所川原工業高等学校 フレッシュアイペディアより)

  • 小林祐梨子

    小林祐梨子から見た福士加代子福士加代子

    2008年6月29日、第92回日本選手権5000mに出場、福士加代子・渋井陽子・赤羽有紀子といった有力選手を向こうに回し、決勝レースで15分11秒97のタイムで走り抜き、堂々の優勝を飾った。この結果、小林は既に金栗四三杯長距離記録会に於いてA標準記録を突破していたため、この種目での北京オリンピック出場を決めた。8月19日の北京オリンピック女子5000m予選では、日本3選手でトップ記録の15分15秒87で、組7着に入ったものの(6着以内に入れば自動的に決勝レース進出決定だった)、わずか0秒75のタイム差で惜しくも予選敗退に終わった。小林祐梨子 フレッシュアイペディアより)

  • 絹川愛

    絹川愛から見た福士加代子福士加代子

    3年次進級後の同じ2007年、日本グランプリシリーズ第2戦となる第55回兵庫リレーカーニバルのグランプリ10000mに出場。実業団選手が圧倒的多数を占める中、同じく若手の脇田茜らとデッドヒートを繰り広げ、31分35秒27の好タイムで2位(日本人トップ)に入る。これにより、世界選手権参加標準記録A(A標準=31分40秒00)を突破し、同種目の高校記録およびワコール所属の福士加代子の持っていたジュニア日本記録を更新。同年6月の日本陸上競技選手権大会10000mで3位に入賞し、世界陸上大阪大会の10000m代表に決定。その同年8月開催の世界陸上本番レースでは、32分45秒19の14位だった(日本女子トップは福士加代子の10位、脇田茜は15位)。絹川愛 フレッシュアイペディアより)

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