前へ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
109件中 1 - 10件表示
  • 福士加代子

    福士加代子から見た弘山晴美

    6月4日の日本選手権、女子10000mではレース前半で福士が飛び出してから、その後独走となる。しかし終盤に入るとややペースが落ちてゆき、ゴール直前で2位の田中めぐみ(現姓:大島。元しまむら)や3位の弘山晴美(元資生堂)らに猛迫を受けるも辛うじて逃げ切り、31分32秒09のゴールタイムで優勝、初のオリンピック代表内定となった。その2日後、6月6日の女子5000mでも15分05秒07の記録で優勝を果たす。福士加代子 フレッシュアイペディアより)

  • 福士加代子

    福士加代子から見た第一生命

    12月に行われた、全日本実業団対抗女子駅伝大会では3区10kmの区間で快走、沿道の観客に対して福士は時折笑顔を見せながら走っていた。しかし、次の中継所に間もなく到着する終盤で、すぐ後ろを走っていた羽鳥智子(元第一生命)と足が絡まって転倒し、左膝を強打する。その後足をひきずりながら走り続け、それでも区間賞を獲得したものの、膝の靱帯を切る大けがを負ってしまった。福士加代子 フレッシュアイペディアより)

  • 福士加代子

    福士加代子から見た高見盛精彦

    青森県北津軽郡板柳町出身(大相撲元小結の高見盛精彦降分親方が同郷の先輩でもある)。青森県立五所川原工業高等学校機械科を卒業後、2000年にワコールに入社。福士加代子 フレッシュアイペディアより)

  • 福士加代子

    福士加代子から見た渋井陽子

    10月に行われたアジア大会本番では、女子5000mと10000mともに銀メダル(両種目とも金メダルは中国の孫英傑)。しかし10,000mでは自己ベストを一気に50秒も縮める30分51秒81の記録でゴール、日本女子2人目となる31分突破(日本人初の31分突破は渋井陽子(三井住友海上)で30分48秒99)となる。また5000mでは自身が7月20日に出した日本記録を0秒02更新する、14分55秒19をマークした。福士加代子 フレッシュアイペディアより)

  • 福士加代子

    福士加代子から見た吉川美香

    前回の北京五輪同様に、長距離走種目でロンドン五輪を目指し日本選手権に出場。6月8日の女子10000mでは、残り1000m辺りまで先頭を引っ張ったが、その後すぐ後ろについていた吉川美香(パナソニック)のラストスパートには引き離され、優勝した吉川に次ぐ2位に甘んじたが、A標準記録突破の31分43秒25でフィニッシュ。2日後の6月10日の女子5000mも優勝の新谷仁美(豊田自動織機)についていけず2位(15分25秒74)に敗れたが、翌6月11日の日本陸連理事会でロンドン五輪代表に選出される。なおオリンピックで日本女子の長距離走種目で3大会連続代表選出は、弘山晴美と並ぶ史上二人目の快挙達成となった。福士加代子 フレッシュアイペディアより)

  • 福士加代子

    福士加代子から見た森本友

    1月27日に開催された大阪国際女子マラソンでは、スタート直後に長居陸上競技場を先頭で駆け出してから大阪城公園を出る30km付近まで、福士がハイペースで後続を大きく突き放し、一時は2位集団を2分以上引き離し独走する展開となった。しかし30km地点を過ぎた辺りから、スタミナ切れを起こして急激にペースダウン。その後34km過ぎでは優勝したマーラ・ヤマウチ(イギリス、元セカンドウィンドAC)や2位の森本友(天満屋)らに抜かれると、35km以降から殆どジョギング状態が続いて十数人の選手に次々と追い抜かれていく。それから福士はフラフラの状況で走り続ける中、さらに40kmを過ぎた長居陸上競技場へ入る手前の、ゴールまで残り570m付近では足がもつれて1度転倒、そして競技場へ入ってからは3度も転倒してしまう。それでも2時間40分台のタイムでようやくゴールラインに辿り着いたが、着順は結局19位と惨敗に終わった。福士加代子 フレッシュアイペディアより)

  • 福士加代子

    福士加代子から見た重友梨佐

    3度目のマラソンは、ロンドン五輪女子マラソン選考レースである2012年1月29日の大阪国際女子マラソンへ、4年前の同大会では19位に終わったその雪辱を胸に秘め、今回国内招待選手として挑んだ(マラソンコースは前回出場時と変更箇所有り。当初野口みずきとの直接対決が話題を呼んだが、野口は左太股裏の炎症で欠場、同年3月11日の名古屋ウィメンズマラソンにスライド出場する事を表明)。福士はスタートから高速ペースの先頭集団についていき、中間点を過ぎてからは優勝した重友梨佐(天満屋)とのマッチレースとなったが、26Km地点を過ぎた辺りから動きが悪くなり徐々に失速。30kmを過ぎた頃には重友に完全に引き離され、ペースダウンした所を後続の選手に次々と追い抜かれるという展開になってしまう。結局2時間37分も掛かって9位と敗れ、北京五輪に続いてロンドン五輪も女子マラソン日本代表選出は絶望的となった。福士加代子 フレッシュアイペディアより)

  • 福士加代子

    福士加代子から見た中村友梨香

    世界陸上ベルリン大会では女子10000mの1種目のみに出場、初の1ケタ順位となる9位でゴールするも、同じ日本代表で7位入賞を果たした中村友梨香(天満屋)に先を越され、惜しくも入賞ラインには及ばなかった。福士加代子 フレッシュアイペディアより)

  • 福士加代子

    福士加代子から見た大南博美

    9月のワールドカップ陸上アテネ大会にアジア代表として出場。3000mで5位、5000mでは銅メダルを獲得。12月のドーハアジア大会女子10000mでは、31分29秒38の記録で同大会初優勝を果たす(3位は当時トヨタ車体所属の大南博美)。1998年バンコクアジア大会の川上優子以来、2大会ぶりの金メダルをもたらした。福士加代子 フレッシュアイペディアより)

  • 福士加代子

    福士加代子から見た小林祐梨子

    優勝すれば北京五輪代表内定となる6月27日の日本選手権の女子10000mでは、渋井陽子と赤羽有紀子(ホクレン)らの激しい競り合いを展開し、勝負はラスト1周まで持ち込まれたが、渋井(優勝)・赤羽(2位)のラストスパートに遅れを取って3位(31分18秒79)と敗れ、五輪内定には至らなかった。また、2002年より続いていた福士の日本選手権女子10000mでの連覇も6でストップした。又6月29日の女子5000mも小林祐梨子(豊田自動織機・優勝)と赤羽(2位)に敗れて3位(15分16秒27)に終わったが、翌6月30日の日本陸連理事会で北京五輪代表に選出、2大会連続の五輪代表入りを果たした。福士加代子 フレッシュアイペディアより)

前へ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
109件中 1 - 10件表示

「福士加代子」のニューストピックワード