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  • 宮本慎也

    宮本慎也から見た稲葉篤紀稲葉篤紀

    、5月1日の横浜DeNAベイスターズ戦の3回裏に失策をしてしまい、三塁手の連続守備機会無失策のセ・リーグ記録が257で途切れた。5月4日の広島東洋カープ戦(投手福井優也)で、プロ通算2000本安打を達成した。41歳5ヶ月での達成は、41歳4ヶ月で達成した落合博満の記録を抜く最年長記録であり、大学卒・社会人を経ての2000本安打は、かつてチームメイトであった古田敦也に次いで2人目である。また、2000本安打到達時点での通算本塁打数59本も新井宏昌の86本を下回る最少記録となった。さらに、1976試合目での2000本安打達成は、ヤクルトに同期入団し宮本より6日早く達成した稲葉篤紀と同じ試合数である。9月26日に史上3人目となる通算400犠打を達成した。名球会入りした打者で通算400犠打を達成したのは宮本が初めてである。10月22日、来シーズンより選手兼任コーチになることが発表された。宮本慎也 フレッシュアイペディアより)

  • 松本市野球場

    松本市野球場から見た稲葉篤紀稲葉篤紀

    2003年7月1日に開催された横浜ベイスターズ対ヤクルトスワローズ15回戦でヤクルト・稲葉篤紀が史上56人目のサイクルヒットを達成した。5回まででの達成(4打席)は史上最速で、降雨コールドゲームでの達成も史上初。稲葉は「信じられない。狙って打てるもんじゃないから」と笑顔を見せ、打撃コーチの八重樫幸雄は「リーチ一発ツモ、それも四暗刻単騎待ちだな」と麻雀になぞらえて喜んだ。また同日、大阪ドームで開催された大阪近鉄バファローズ対福岡ダイエーホークス16回戦でも福岡ダイエー・村松有人がサイクル安打を達成した(史上57人目)。同日に2選手がサイクル安打を達成したのも史上初めてのことだった。松本市野球場 フレッシュアイペディアより)

  • 村松有人

    村松有人から見た稲葉篤紀稲葉篤紀

    サイクルヒット:2003年7月1日、対大阪近鉄バファローズ16回戦(大阪ドーム) ※史上57人目(稲葉篤紀も同日に達成:同日で複数人の達成は史上初)村松有人 フレッシュアイペディアより)

  • 林昌樹

    林昌樹から見た稲葉篤紀稲葉篤紀

    初登板で対戦した第一打者に被本塁打:上記の「初登板」の項を参照、6回裏無死に稲葉篤紀に中越ソロ ※史上47人目(セ・リーグ20人目)林昌樹 フレッシュアイペディアより)

  • 高橋信二

    高橋信二から見た稲葉篤紀稲葉篤紀

    は一塁手にマイカ・ホフパワーや稲葉篤紀が起用されたため、日本ハムでは一軍出場がなかった。5月9日に金銭トレードで読売ジャイアンツへ移籍。高橋信二 フレッシュアイペディアより)

  • 1995年の日本シリーズ

    1995年の日本シリーズから見た稲葉篤紀稲葉篤紀

    先発は星野伸之と吉井理人。ヤクルトは初回にオマリーのタイムリーで先制。オリックスは5回表、この試合3番に入ったイチローの犠飛で追い付くが、すかさずその裏、代打稲葉篤紀の犠飛でヤクルトが再びリード。7回表、オリックスは山部を攻め、この試合1番の田口壮と4番D・Jのタイムリーで3点を挙げ逆転。しかし8回裏、ヤクルトは2死満塁のチャンスをつかむと、古田の放った当たりはショートへの高いバウンドのゴロであったが、2塁ベースカバーが一瞬遅れてセーフの判定となる内野安打で1点差。この判定に激昂した仰木監督が、退場覚悟の猛抗議で10分間中断。平井投入で逃げ切りを計るオリックスだったが、9回裏にミューレンが起死回生の同点ホームランを放ち、第2戦に続いて延長戦へ突入した。1995年の日本シリーズ フレッシュアイペディアより)

  • 2006年の日本シリーズ

    2006年の日本シリーズから見た稲葉篤紀稲葉篤紀

    最高殊勲選手賞:稲葉篤紀(日本ハム) ※2HRを含むシリーズ最多の7打点2006年の日本シリーズ フレッシュアイペディアより)

  • 2015年のオールスターゲーム (日本プロ野球)

    2015年のオールスターゲーム (日本プロ野球)から見た稲葉篤紀稲葉篤紀

    特設放送席:実況・大西洋平、解説・稲葉篤紀2015年のオールスターゲーム (日本プロ野球) フレッシュアイペディアより)

  • 池山隆寛

    池山隆寛から見た稲葉篤紀稲葉篤紀

    試合は1-1の同点で迎えた10回表に広島が1点を勝ち越したが、その裏ヤクルトは「池山にもう一度打順を回そう」と、飯田哲也がセーフティバントを試み一塁へヘッドスライディング、続く稲葉篤紀が犠打で繋いで、2死二塁の局面、つまり本塁打が出れば逆転サヨナラとなる場面で池山に打順が回った。ファンが代名詞のフルスイングを求めて「池山コール」を送る中で、池山は長谷川昌幸が投じた球速150km超の直球に1球目、2球目と続けて空振り。3球目、152kmの直球に対して、代名詞のフルスイングで空振り三振に終わり、1-2で試合は終了した。三振をするときの池山は、「右膝が曲がらない」状態であったといい、試合終了後はまともに歩ける状態ではなく、足を引きずりながらマウンドに歩み寄って長谷川らと握手を交わした。池山隆寛 フレッシュアイペディアより)

  • 一塁手

    一塁手から見た稲葉篤紀稲葉篤紀

    加齢や怪我等により他のポジションの守備範囲が狭くなったため、あるいは打撃の力量はあるが守備力が低い選手の出場機会を増やすため、また守備負担を減らして打撃に意識を集中させるために一塁手にコンバートされる例が多く見られる。プロ野球における第一の例としては藤田平(遊撃手)、田淵幸一(捕手)、小久保裕紀(二塁手、三塁手)、稲葉篤紀(外野手)らが、第二、第三の例としては川上哲治(投手)、松原誠(捕手・三塁手)、衣笠祥雄(捕手)、落合博満(二塁手)、小笠原道大(捕手、三塁手)らが挙げられる。近年のメジャーリーグにおいては、ノマー・ガルシアパーラ(遊撃手)、アルバート・プホルス(外野手)、ジョー・マウアー(捕手)らが一塁手へのコンバートの例である。そのため、身体のコンディションに不安がある一方で経験豊富なベテラン選手や、フィールディング能力は低いが打撃力への期待から起用された選手が一塁を守っていることが多く、一塁守備の適性が高い選手でもキャリアの初期は他のポジションを守り、ベテラン選手や外国人枠で登録された選手が退団したのち、20代半ば以降に一塁手として定着する例が多い。よってプロ入り当初から現役時代を通じて一塁のみを守り続けた選手は、榎本喜八や王貞治(投手としてプロ入りも、即一塁手に転向)、清原和博などわずかな例しか存在しない。一塁手 フレッシュアイペディアより)

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