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    立浪和義から見た並木輝男

    開幕戦でも先発「2番・遊撃手」でフルイニング出場(高卒新人としては球団史上唯一)。開幕戦先発出場を果たしたセ・リーグ高卒新人は、並木輝男(阪神)・王貞治(巨人)以来29年ぶり3人目で、両リーグ合わせても飯田幸夫(近鉄)以来22年ぶり10人目。横浜大洋の開幕投手・欠端光則から6回裏の第3打席に初安打となる二塁打を放ち、高卒新人野手の開幕戦安打は1960年の矢ノ浦国満(近鉄)以来28年ぶり、史上3人目の快挙であった。その後、4番・落合博満の適時打で生還して初得点も記録した(同試合におけるドラゴンズ唯一の得点で、エース・小松辰雄が2失点で敗戦投手)。当時の応援歌は光GENJIの「ガラスの十代」の替え歌。立浪以降の高卒新人開幕スタメンはセでは皆無、パでの炭谷銀仁朗(西武)・の駿太(オリックス)・の大谷翔平(日本ハム)の3名。立浪和義 フレッシュアイペディアより)

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    立浪和義から見た鈴木孝政

    現在は日テレの他、CBCテレビ、東海テレビ、テレビ愛知の中継にもゲスト出演している。同年オフには、星野仙一が取締役副会長を務める東北楽天ゴールデンイーグルスの大久保博元監督の成績不振による辞任に伴い、サンケイスポーツから次期監督候補として報じられたが監督就任は実現せず、結局梨田昌孝が監督に就任した。同年11月29日の中日ドラゴンズOB総会とOB会に現役引退時の2009年(同年オフが現役からOBへの端境期だったことを考えると、実質的には初の出席となる)以来6年ぶりに出席し、OB総会にて、来季より中日OB会の会計に就任することが発表された(新OB会長の鈴木孝政による選出。鈴木曰く、「理事の中でも立浪に肩書を付けようと、私が強制的に会計に推した。初めは拒んでいたが、『いいから(肩書を)付けろ』と言って就任させた。近い将来を考えてのこと。自然の流れで違和感はないよ」「近い将来にはユニホームを着てもらうことも望んでいる」とのこと)。立浪和義 フレッシュアイペディアより)

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    立浪和義から見た小笠原孝

    10000打席:2009年8月1日、対東京ヤクルトスワローズ14回戦(明治神宮野球場)、7回表に小笠原孝の代打として出場 ※史上7人目立浪和義 フレッシュアイペディアより)

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    立浪和義から見たネイサン・ミンチー

    選手会長に就任。李鍾範と入れ替わるように内野手に復帰し開幕戦で「5番・二塁手」で先発出場、6回裏にネイサン・ミンチーからバットを折りながらもライト前に勝利打点となるタイムリーを放った。開幕戦で立浪のタイムリーにより開幕戦に逆転勝利し、そこから中日はプロ野球タイの開幕11連勝を飾った。打率は2割6分台だったもののチーム最多の勝利打点を記録し、チームの優勝に貢献した。チームの優勝が決まった日の試合では、最後の打者がセカンドフライを打ち上げ、ウイニングボールを掴んだ。王が率いるダイエーとの日本シリーズ第1戦では13奪三振で完封勝利の工藤公康から4打数2安打、第2戦では若田部健一から先制適時打を放った。立浪和義 フレッシュアイペディアより)

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    立浪和義から見た土井正博

    通算本塁打は171本であり、これは日本プロ野球界の通算安打数ベストテン(2014年シーズン終了時点で、張本勲、野村克也、王貞治、門田博光、衣笠祥雄、福本豊、金本知憲、立浪、長嶋茂雄、土井正博の10人。なお、メジャーリーグベースボールでプレーしたイチロー、松井秀喜、松井稼頭央の3名は含めないものとする)に入る選手の中では最少であると共に、その中で200本塁打に到達していないのは立浪のみである。また、シーズン20本塁打に到達したこともない(シーズン最多本塁打は1993年・2002年に記録した16本塁打)。このように決して長距離打者とは言えない(最後に本塁打を放った2009年4月24日の試合後にも、日刊スポーツのインタビューに対し「ボクはホームラン打者じゃない」と語っていた)が、プロ1年目から最終年まで本塁打のなかったシーズンは一度もない。立浪和義 フレッシュアイペディアより)

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    立浪和義から見た橋本健太郎

    1000四球:2005年6月22日、対阪神タイガース8回戦(大阪ドーム)、7回表に橋本健太郎から ※史上11人目立浪和義 フレッシュアイペディアより)

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    立浪和義から見た津野浩

    同年のオールスターゲームには遊撃手部門でファン投票選出され、全セの指揮を執る王監督から3試合連続で出場機会を与えられた。西宮球場での第1戦では8回表代打で津野浩からオールスターゲーム初打席初安打、ナゴヤ球場での第2戦では2番・遊撃手で先発出場したが第1打席は先発阿波野秀幸に外野邪飛に仕留められ、第2・3打席も渡辺久信の前に凡退し3打数無安打に終わった。東京ドームでの第3戦3回表2死まで打者8人をパーフェクトに抑えていた先発西崎幸広に三振を喫した。立浪和義 フレッシュアイペディアより)

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    立浪和義から見た中田宗男

    1987年のドラフト会議で南海と中日ドラゴンズが1位で競合し、南海・杉浦監督と中日・星野仙一監督のくじ引きになった。結局、星野監督が当たりくじを引き当てて中日が交渉権を獲得、中日に入団する。当時中日は慶應義塾大学のエース鈴木哲を指名する予定であったが、翌年夏のソウルオリンピックを目指して社会人野球に進むことを宣言したため、ドラフト会議2日前に急遽立浪に切り替え、当時関西地区担当スカウトであった中田宗男がその旨を伝えた。なお、立浪本人は前述のセ・リーグへの憧れからドラフト会議前夜に寮のベランダに出ていたところ、偶然目の前に現れた流れ星を見て中日入団を願ったという。立浪和義 フレッシュアイペディアより)

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    立浪和義から見たプロ野球コーチ

    立浪 和義(たつなみ かずよし、1969年8月19日 - )は、大阪府吹田市出身の元プロ野球選手(内野手・外野手、右投左打)・コーチ。愛称は「タツ」。現在は日本テレビ所属の野球解説者、および中日スポーツ・東京中日スポーツの野球評論家。通算二塁打数のNPB記録保持者。立浪和義 フレッシュアイペディアより)

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    立浪和義から見た矢ノ浦国満

    開幕戦でも先発「2番・遊撃手」でフルイニング出場(高卒新人としては球団史上唯一)。開幕戦先発出場を果たしたセ・リーグ高卒新人は、並木輝男(阪神)・王貞治(巨人)以来29年ぶり3人目で、両リーグ合わせても飯田幸夫(近鉄)以来22年ぶり10人目。横浜大洋の開幕投手・欠端光則から6回裏の第3打席に初安打となる二塁打を放ち、高卒新人野手の開幕戦安打は1960年の矢ノ浦国満(近鉄)以来28年ぶり、史上3人目の快挙であった。その後、4番・落合博満の適時打で生還して初得点も記録した(同試合におけるドラゴンズ唯一の得点で、エース・小松辰雄が2失点で敗戦投手)。当時の応援歌は光GENJIの「ガラスの十代」の替え歌。立浪以降の高卒新人開幕スタメンはセでは皆無、パでの炭谷銀仁朗(西武)・の駿太(オリックス)・の大谷翔平(日本ハム)の3名。立浪和義 フレッシュアイペディアより)

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