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  • 林家九蔵

    林家九蔵から見た笑点笑点/log20110201

    兄弟子や他の同期、林家三平ら師匠格の噺家や当時『笑点』の司会だった三波伸介からは「キュウちゃん」と呼ばれていたが、“九蔵”は「クゾウ」と読む。林家九蔵 フレッシュアイペディアより)

  • ステップ映像

    ステップ映像から見た笑点笑点/log20110201

    笑点(日本テレビオープニングアニメ制作)ステップ映像 フレッシュアイペディアより)

  • 笑売繁盛!

    笑売繁盛!から見た笑点笑点/log20110201

    司会の桑野の軽いフリートークの後に、当時の若手お笑いタレントによるネタ見せを5分。再び桑野達がそれぞれネタの感想を述べ合いながら終了。実質放送時間は12分ぐらいで、後番組『笑点』まで8分間はCM(これは「日本テレビガイド」と呼ばれていた。現在は『食は知恵なり』)。笑売繁盛! フレッシュアイペディアより)

  • 三遊亭圓彌

    三遊亭圓彌から見た笑点笑点/log20110201

    10月、8代目春風亭柳枝に入門。「枝吉」と名乗る。師匠柳枝没後は弟弟子春風亭枝女吉(現:6代目三遊亭圓窓)と共に6代目三遊亭圓生門下に移籍し、「舌生」と改名。9月、二つ目昇進し「円弥」と改名。NHK『お好み演芸会』の噺家横丁(大喜利)では「幻の噺家」(『笑点』の前身番組『金曜夜席』に短期出演していた事が由来)をキャッチフレーズにしていた。9月、真打昇進。名を「円弥」から「圓彌」に改めた。舞踊が趣味で日舞は藤間流の名取りでもあり、『七段目』は彼ならでは。三遊亭圓彌 フレッシュアイペディアより)

  • 柳家さん吉

    柳家さん吉から見た笑点笑点/log20110201

    1969年4月から1970年6月まで『笑点』の大喜利メンバーを務め、その後は『アフタヌーンショー』(NET系)、『サントリー出前寄席』(文化放送)、『お助け同心が行く!』(テレビ東京)でもレギュラーを務めた。次男は映画評論家のくれい響。柳家さん吉 フレッシュアイペディアより)

  • どーよ

    どーよから見た笑点笑点/log20110201

    笑点(日本テレビ)どーよ フレッシュアイペディアより)

  • 笑芸人

    笑芸人から見た笑点笑点/log20110201

    笑芸人VOL.2 2000年5月発売 笑点35年史徹底追及・ビートたけしのオールナイトニッポン全10年史他笑芸人 フレッシュアイペディアより)

  • 悪太郎

    悪太郎から見た笑点笑点/log20110201

    6代目三遊亭圓楽(笑点にて司会の桂歌丸が楽太郎を指名する時に誤って呼ばれる事がある)悪太郎 フレッシュアイペディアより)

  • お笑いとんち袋

    お笑いとんち袋から見た笑点笑点/log20110201

    内容は大喜利。小咄や謎かけ、替え歌、川柳等を複数の回答者が競って即興で答える。悪い回答を出した者には罰として顔に墨が塗られた。東京・新宿末廣亭の「珍芸シリーズ」(NETテレビ(現・テレビ朝日)の「日曜演芸会」)に触発され、1963年10月中席より千日劇場の余興として始まった物であり、テレビ中継が入るに当たって「とんち袋」の名が付いた。度々来阪していた柳亭痴楽の進言を採り入れたもので、最初は「インスタント笑話合戦」のタイトルで、桂米朝が司会を務め、柳亭痴楽・桂小文枝・桂小春団治・柳亭痴栄蔵・桂我太呂・桂文紅が回答者であった。その後1965年まで20回「とんち教室」「とんち笑学校」など幾つかの名前を付けて行っていた。千日劇場の余興は番組開始後の1966年よりテレビに合わせて「お笑いとんち袋」となって、1967年3月まで38回公演を行った。また、神戸国際会館で3回、名古屋大須演芸場で4回、浜松座で1回公演を行っている。司会進行を務めた米朝によれば、いつもの余興と同じメンバーが番組にもレギュラー出演をしていたが、そうしないと息が合わないとのことであった。関西地区ではこの時間、関西テレビは既に千日劇場からの舞台中継を放送していた。裏番組は毎日放送がこの番組の基になったNETテレビの「日曜演芸会」を6日遅れで「土曜演芸会」のタイトルで放送しており、朝日放送はまた看板番組でもある道頓堀角座・中座からの「道頓堀アワー」を松竹芸能と共同制作して、演芸や松竹新喜劇を放送していた。いわば、土曜昼下がりのお笑い激戦区に参入する形で開始し、同時期に開始した日本テレビの「笑点」に並ぶ大喜利番組として評価を得ていたこの番組であったが、「有力なスポンサーが付かなかった。」(米朝)、「出演者が次々と他社へ移籍して番組が成り立たなくなった。」(文紅)と言った理由で番組は2年半で打ちきりとなった。漫談の吾妻ひな子が末席に座り、ボケ役や場を収拾する役回りとして活躍した。お笑いとんち袋 フレッシュアイペディアより)

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