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    羽生善治から見た中川大輔 (棋士)

    2007年10月14日放送のNHK杯戦、対中川大輔戦は、羽生が七冠のときのNHK杯戦決勝と同じ顔合わせとなったが、終盤で中川が自分の玉のトン死の筋に気づかず、羽生の逆転勝ちとなった。最後は歩1枚さえも余らない、ぴったりの詰み。解説の加藤一二三は、トン死の筋に気づいたとき、「あれ?おかしいですね。えぇぇ! トン死?」「NHK杯戦史上に残る大逆転じゃないかな」「ひょぉぉ!」などの驚嘆の声を連発した。勝又清和が将棋ニュースプラスで、この対局を解説した際、「羽生さん自身もこんな奇跡的な展開はないなと(言っている)」、「(羽生が)後でネットも見てたらしいですね。その話を聞いた時『ニコニコ動画に出てましたね』と結構反響があったので。」などのエピソードを紹介。この時点で羽生が視聴したかは明確ではなかったが、「棋士 羽生善治」のロングインタビューの中で、ニコニコ動画の映像を視聴したと明かした。羽生善治 フレッシュアイペディアより)

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    羽生善治から見た小島慎也

    2012年3月、全日本百傑戦に参加し単独優勝(5勝1分 5.5P/6R)を果たす。4月22日には都内で小島慎也と共にGMで世界王者への挑戦経験もあるナイジェル・ショート(対局時の世界ランキング49位、レーティング2697)と、2面指しのエキシビション対局を行い、後手黒番を持って引き分けになった。羽生善治 フレッシュアイペディアより)

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    羽生善治から見た小倉久史

    そして、1981年1月7日、「第1回小田急将棋まつり小学生大会」でデパート大会での初優勝をする。このとき、準決勝で森内俊之を、決勝で小倉久史を破っている。森内とのライバル関係は、この頃から始まった。ある将棋大会では、先手・森内の初手▲5八飛という珍しい手に対して後手の羽生が△5二飛と返すというきわめて珍しい序盤を見せることもあった。同年、5年生に上がると、アマ名人戦の都下予選(7月12日)を史上最年少で通過。8月には東京の4つの小学生大会で優勝する。羽生善治 フレッシュアイペディアより)

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    羽生善治から見た村山聖

    ところが、それから1年間、羽生は王将戦第7局の前に既に防衛していた棋王戦(対・森下卓)を含め、名人戦(対・森下卓)、棋聖戦(対・三浦弘行)、王位戦(対・郷田真隆)、王座戦(対・森雞二)、竜王戦(対・佐藤康光)と六冠の防衛に全て成功する。なお、これらの防衛戦の間に通算タイトル獲得数が谷川の20期(当時)を超え、大山、中原に次ぐ歴代3位となっている。そのかたわら、第45期王将リーグは対・中原戦で1敗を喫したものの、村山聖、森内俊之、丸山忠久、郷田真隆、有吉道夫に勝って5勝1敗の1位となり、2期連続で谷川王将への挑戦権を勝ち取る。なお、これらの防衛戦、リーグ戦の中では、終盤戦で相手の悪手に助けられた逆転勝ちがいくつもあった。羽生善治 フレッシュアイペディアより)

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    羽生善治から見た東公平

    第67期名人戦七番勝負第1局の2日目(2009年4月10日)、対局中の羽生に対して観戦記者が扇子へのサインを求めるという珍事があった。羽生は44手目を考慮中であったが、記者の扇子にサインをした。これは午前9時45分頃の出来事であったため、NHK BS2の生放送(9:00 - 10:00)でこの様子がリアルタイムで映し出された。後で羽生は「驚きましたが、10秒か15秒で済むことでしたから」とコメントした。この記者は朝日新聞社の嘱託を長くつとめた東公平で、この対局の観戦記の執筆を同社から委託されていた。同社は東に厳重注意をした。東は「(羽生とは昔から顔見知りであったため)うかつなことをしてしまった」との反省の弁を述べた。この対局には勝利している。羽生善治 フレッシュアイペディアより)

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    羽生善治から見た室岡克彦

    チェスの魅力を将棋棋士の室岡克彦に22歳で教えられ、本でルール等を覚えた。実際にチェスをプレイし始めたのは七冠制覇前後の1996年頃、26才とかなり遅く、日本在住のフランス人チェス講師のジャック・ピノーに一から教わった。プレイといっても多忙のため月に1、2度の練習であった。将棋とチェスに関して羽生は「当初似ていると思っていたが、全然違う」と語った。羽生善治 フレッシュアイペディアより)

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    羽生善治から見た田中寅彦

    田中寅彦『羽生善治 神様が愛した青年』 ベストセラーズ(ワニの選書)、1996年 ISBN 978-4584191286羽生善治 フレッシュアイペディアより)

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    羽生善治から見た保坂和志

    保坂和志 『羽生 21世紀の将棋』 朝日出版社、1997年 ISBN 978-4255970141羽生善治 フレッシュアイペディアより)

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    羽生善治から見た福崎文吾

    1992年度、第40期王座戦で福崎文吾から奪取して、初めて複数冠(王座・棋王)となる。ここから長い王座戦連覇が始まり、後に、大山が持つ同一タイトル連覇記録を塗り替えることとなる。羽生善治 フレッシュアイペディアより)

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    羽生善治から見た屋敷伸之

    1989年、第2期竜王戦で3組優勝者として挑戦者決定トーナメントを勝ち上がって挑戦権を得、タイトル戦初登場。七番勝負の相手は、研究会「島研」での‘恩師’であり前年に初代竜王の座に就いた島朗であった。持将棋1局を含む全8局の熱闘を4勝3敗で制し、初のタイトル獲得。棋界で名人位と並んで序列トップの竜王位に就いた。19歳2か月でのタイトル獲得は、当時の最年少記録であった(最年少タイトルの記録は、翌年、18歳の屋敷伸之によって塗り替えられる)。この年度は、先手番での勝率が0.9355(29勝2敗)であった。羽生善治 フレッシュアイペディアより)

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