37件中 21 - 30件表示
  • 芳東洋

    芳東洋から見た蒼国来栄吉蒼国来栄吉

    三段目で苦労したものの、1999年5月場所に幕下に上がると幕下に定着し、2004年7月場所には東幕下筆頭にまで番付を上げたが、3勝1敗からの3連敗で3勝4敗と負け越して十両昇進は果たせなかった。その後も主に幕下20枚目以内に定着し、2006年11月場所から3場所連続で勝ち越し、2007年5月場所でも西幕下5枚目の位置で4勝3敗と勝ち越しを決めた。直後の十両昇進はならなかったが、翌7月場所・9月場所でも4勝3敗と2場所連続して勝ち越しを決めた。この2場所では勝ち越しがかかった相撲で、滅多に見せない立合いの変化で市原や蒼国来といった若手力士を破って勝ち越しを決め、十両昇進へ向けた執念を見せた。そして、9月場所後の番付編成会議で翌11月場所での新十両昇進が決定した。30歳5ヶ月での新十両は戦後6位、年6場所になってからは史上3位の年長記録である。しかし、その11月場所では4勝11敗と大きく負け越し、1場所で幕下へ陥落した。芳東洋 フレッシュアイペディアより)

  • 竜電剛至

    竜電剛至から見た蒼国来栄吉蒼国来栄吉

    新入幕となった初場所では5日目まで2勝3敗と序盤は出遅れたが、12日目に勝ち越しを決め、10勝5敗で敢闘賞を受賞した。山梨県出身力士の幕内勝ち越しおよび三賞受賞は1983年秋場所の富士櫻栄守以来34年4か月ぶり、また新入幕での二桁勝利および三賞受賞は山梨県出身力士として初めてとなった。続く3月場所は6枚半上昇の西前頭9枚目と、自己最高位を更新。白星スタートとなったものの、2日目からの5連敗もあって10日目の時点で3勝7敗と後がなくなった。しかし12日目の蒼国来戦を不戦勝で勝利する幸運もあり、残りを5連勝として8勝7敗と勝ち越しを決めた。この場所の5日目には栃煌山に珍しい決まり手である波離間投げで敗れた。通常は大柄の力士が小柄な力士に決めることの多い決まり手だが、対戦相手の栃煌山は竜電とほぼ同じ体格だった。竜電剛至 フレッシュアイペディアより)

  • 若元春港

    若元春港から見た蒼国来栄吉蒼国来栄吉

    初土俵の2011年11月場所だけは荒大波を名乗り、翌2012年1月場所には後援者の命名で「金剛力士像のように」との思いが込められた剛士に四股名を改名。力士の血筋に加えて3兄弟の中でも最も大きい筋肉質な体を活かした突き押しを操り2011年11月場所の前相撲を1番出世を果たし、翌年2012年1月場所は序ノ口優勝を収め、初土俵から所要6場所で幕下へ初昇進するなど幸先の良いスタートを切る。2013年5月場所は4番相撲からの途中出場となって3勝1敗3休の成績に甘んじるも、翌7月場所は幕下優勝を果たし、大相撲八百長問題で解雇されて後に裁判の結果無実を証明して1年半ぶりに本場所へ復帰した部屋の関取の蒼国来栄吉に花を添える形となった。2013年9月場所は自己最高位の東幕下7枚目に昇進した。2014年からは幕下の中位から下位に推移し、2015年3月場所は三段目に陥落。2014年5月場所頃の相撲は右半身が使えておらず、荒汐も「稽古をしない」と漏らしていた。若元春港 フレッシュアイペディアより)

  • 照強翔輝

    照強翔輝から見た蒼国来栄吉蒼国来栄吉

    2016年(平成28年)11月場所、西幕下9枚目で7戦全勝で幕下優勝、初の各段優勝となった。大一番の前には「1年に1回、チャンスが来れば良い方なのに、2度もチャンスがある。経験を生かしたいです」と話していた。優勝を決めた7番相撲では鏡桜が右膝を痛そうにしていたことも見抜いて、その膝に重心を乗せさせようと、右から攻め、右の上手をつかんで出し投げで振り回し、崩れた瞬間に前進して寄り切った。この優勝に際して照強は「うれしいです。毎日毎日、キツイ稽古をしてきました。ご飯を食べることもつらかったです。吐きながら、毎日食べていました。頑張ってきた積み重ねが、やっと報われました」と喜んだ。1日100番近く稽古して掴み取った新十両であった。場所後の番付編成会議にて、2017年1月場所での新十両昇進が正式に決定した。南あわじ市出身力士の十両昇進は若鳴門清海以来55年ぶり。伊勢ヶ濱部屋から中卒叩き上げの関取が出るのは初めて。2016年9月に自身の中学生時代に死去した祖父の墓の費用を全額負担したり昇進が確定した時点で看護系の大学に通っている20歳である妹の受験費用を出したりと、取的時代から孝行息子ぶりを発揮していたことも昇進に際して明らかになった。新十両となった2017年1月場所は10日目からの4連敗が響いて負け越しを確定させるが残りを白星で終えて7勝8敗と幕下に逆戻りすることは避けた。敗れれば幕下落ち濃厚の一番を乗り切り「よかったです」と安堵の表情を浮かべ、地元に近い大阪で行われる翌3月場所へ「これで落ちていたらしゃれにならなかった。今場所は力が入っちゃったんですけど、来場所からは緊張せずにやれると思う。勝ち越しを目指して、今場所の負け越しを取り戻すいい相撲を取りたい」と誓った。3月場所は中日の青狼戦で勇み足による白星を得るなど幸運に恵まれ、12日目に8勝目を挙げて自身初となる関取の地位での勝ち越しを果たし、最終的に9勝を挙げた。同年10月5日に行われた秋巡業八千代場所では申し合いを9番行った。直後の11月場所は自己最高位の東十両9枚目で4勝11敗と大きく負け越し、十両残留が厳しい状況とはなったが、7日目にはこの場所を14勝1敗で十両優勝した蒼国来に取直しを含む激戦の末に唯一の黒星をつける殊勲の星があった。西幕下筆頭へ下がった2018年(平成30年)1月場所は4勝3敗と勝ち越し、1場所で十両へ復帰することになった。復帰を決めたこの場所の4勝目は、この場所で新十両昇進を果たした炎鵬から奪ったものである。照強翔輝 フレッシュアイペディアより)

  • 福轟力浩城

    福轟力浩城から見た蒼国来栄吉蒼国来栄吉

    学法福島高卒業直前となる2005年11月場所に初土俵を踏む。学法福島高は現在となっては荒汐部屋との繋がりを持つ高校であり、自身の後に若隆元や若元春、若隆景などの同校出身者(例の3人は自身と同じ福島市出身者でもある)が荒汐部屋に入門している。赤井もまた学法福島高から後続の新弟子が入ってくることを入門の動機としていた。初土俵の時点では本名で土俵に上がったが新三段目となる2006年11月場所から翌2007年5月場所まで4場所連続で休場して番付外に陥落し、新幕下となる2008年11月場所から翌2009年7月場所まで5場所連続で休場して再度番付外に陥落するなど困難が続き、みたび序ノ口へ昇進した2009年11月場所から験直しとして四股名を福轟力へと改めた。復帰以降は蒼国来と行う稽古の効果で順調に番付を戻し、2010年9月場所に再幕下の土俵に上がってからは現在まで幕下の地位を守っている。2011年4月から2013年3月まで蒼国来が協会外にあった際には部屋頭を務めることが多かった。2013年5月場所は自己最高位となる東幕下10枚目の地位で1勝6敗の大敗に終わるも同年7月場所から11月場所まで3場所連続で5勝2敗の好成績を残し、2014年1月場所の東幕下5枚目まで最高位を更新した。福轟力浩城 フレッシュアイペディアより)

  • 逸ノ城駿

    逸ノ城駿から見た蒼国来栄吉蒼国来栄吉

    中国出身だが同じモンゴル系の力士であり遊牧民の両親を持つ蒼国来とは気が合う仲であり、2015年春の常陸大宮巡業(茨城県)では逸ノ城と公園で「なんか田舎に帰った気分だねえ」と緩い気分に浸っていた。逸ノ城駿 フレッシュアイペディアより)

  • 阿炎政虎

    阿炎政虎から見た蒼国来栄吉蒼国来栄吉

    十両の土俵では、昇進2場所目となった2015年5月場所で初めて勝ち越したものの、7月場所からは2場所連続の負け越しとなり、同年11月場所で幕下に転落した。その後も十両復帰は遠く2016年は丸1年間幕下生活となり、11月場所では途中休場した同部屋力士に代わるピンチヒッターではあったものの、幕下力士として横綱・鶴竜の付け人も務めた。この場所からはまた勝ち越しが続き、2017年3月場所では東幕下16枚目で自身初の幕下優勝を果たした。この場所の7番相撲で負ければ6勝1敗の力士8人による優勝決定戦が行われるところであった。取組後、阿炎は「昨夜は立ち合いの変化を考えていました。師匠(元関脇・寺尾)から『思い切り前に出れば大丈夫』と言われ気持ちを切り替えました」とほっとした表情を見せ「気持ちが切れかかったこともありましたが、おいとめいが6人に増え、相撲でいいところを見せたい思いも出てきました」と心境を語った。幕下15枚目以内なら規定で十両に戻れたが「わがままは言いません。次の場所で頑張ります」と気持ちを切り替えて、5月場所の活躍を誓っていた。5月場所は東幕下筆頭で5勝2敗と勝ち越したことで翌7月場所で十両に復帰し、その場所も十両では2年ぶりの勝ち越しとした。9月場所は14日目時点で阿炎含め4人が5敗で4敗の琴勇輝を追う展開となり、千秋楽ではその琴勇輝との直接対決を制し、10勝5敗で4人が優勝決定戦に進んだ。一回戦の誉富士戦では立ち合い変化の末破ると、決勝ではこの日2回目となる琴勇輝戦を制し、十両優勝を果たして躍進の場所となった。優勝を果たしてインタビュールームに呼ばれた際には「土俵よりも緊張する」と言ったが、決定戦の土俵下で笑顔が見えたことを聞かれると「私は明るい性格なので相撲を盛り上げようと思った」と軽く答えた。しかし仲の良い阿武咲の活躍は「うれしいけど悔しい」とライバル心を見せる。「十両に戻って気持ちの面でも強くなった。来場所も、できることを精いっぱいやろうと思う」と気合を入れていた。2017年10月2日の明治神宮例祭奉祝全日本力士選士権大会第76回大会十両の部に参加して同部屋の青狼と対決、負けて準優勝。11月場所でも調子が下がることはなく、10日目終了時点で8勝2敗の好成績で、1敗の蒼国来との優勝争いを演じていたが、ここから連敗して脱落。それでも十両優勝だった前場所よりも良い11勝4敗の好成績を挙げ、続く2018年1月場所で新入幕を果たした。1月場所は6日目まで3勝3敗と五分の星であったが、最終的に10勝5敗を挙げて敢闘賞を受賞。場所前から三賞トリプル受賞を狙うと公言していた阿炎は「怖いほどうまいこといったので、この次も狙っていきたいと思います」とインタビューで答えた。この場所で阿炎と同時新入幕の竜電も10勝5敗での敢闘賞を受賞している。東前頭7枚目で迎えた3月場所は中盤までは一進一退の星勘定だったが、中日から7勝1敗と調子を上げて新入幕から二場所続けての10勝を挙げた。11日目の千代翔馬戦では39度の高熱を出しながら出場し、この日は敗れたものの、翌12日目の豊山戦ではまだ微熱が残る中で豊山を押し出しで破った。また、13日目の千代大龍戦、14日目の琴奨菊戦では二日続けて立ち合い変化を行う曲者ぶりも発揮した。阿炎政虎 フレッシュアイペディアより)

  • 取組

    取組から見た蒼国来栄吉蒼国来栄吉

    2010年5月場所4日目、十両で蒼国来?春日王戦が初顔で組まれたが、関取以上では史上初の中国出身力士と韓国出身力士の取組となった。また9月場所で蒼国来は新入幕、春日王は3月場所以来の再入幕で、初日早々、春日王(東13枚目)?蒼国来(西13枚目)の割が組まれ、幕内でも同様に史上初の取組となった。取組 フレッシュアイペディアより)

  • 相撲部屋

    相撲部屋から見た蒼国来栄吉蒼国来栄吉

    相撲部屋は基本的に日本相撲協会から独立した運営形式を取っている。基本的に懲戒処分を受けて離職した力士はその後所属していた相撲部屋での活動を協会から拒否されるが、大相撲八百長問題を受けて一時期協会から解雇されていた蒼国来が処分後も部屋生活を送っていた事実について、地位確認訴訟を担当する蒼国来側代理人は協会からの独立性という点から容認を主張していた。相撲部屋 フレッシュアイペディアより)

  • ブフ

    ブフから見た蒼国来栄吉蒼国来栄吉

    朝青龍明徳(高砂部屋)の兄スミヤバザルや白鵬翔(宮城野部屋)の父ムンフバトはハルハ・ブフであり、代々木公園で毎年開催されるブフの大会に参加している蒼国来栄吉(荒汐部屋)はウジュムチン・ブフの潮流である。ブフ フレッシュアイペディアより)

37件中 21 - 30件表示