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天寿国繍帳から見た藤ノ木古墳
刺繍が行われている台裂(だいぎれ)には、羅(絹糸を用いた捩り織の一種)、綾、平絹(平織の絹)の3種がある。このことを最初に指摘したのは明治・大正期の美術史家・中川忠順(ただより)であり、昭和期に入って太田英蔵が下地裂と制作年代の関係、用いられている刺繍技法の種類などについて詳細な研究を発表した。太田によれば、飛鳥時代と推定される、台裂に紫色の羅が用いられている部分では、人物の服装、蓮弁、銘文の漢字など、全てのモチーフは輪郭線を刺繍で表し、その内側を別色の糸で密に繍い詰めている。糸は撚りが強く、中心部まで深く染められており、刺繍は返し繍という単純な技法(一針繍い進めると、少し後退した位置から針を布の表面に出し、また一針繍い進めては後退する、という作業を繰り返す繍い方)のみが使用されている。撚りの強い糸を使い、単一の技法(この場合は返し繍)で密に繍い詰めるのは飛鳥時代刺繍の特色で、法隆寺献納宝物等の繍仏や、藤ノ木古墳出土の刺繍にも同様の技法がみられる。これに対し、正倉院宝物などにみられる奈良時代の刺繍は、撚りのない平糸を用い、刺繍も多種の技法を使い分けるのが特色である。(天寿国繍帳 フレッシュアイペディアより)
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古墳から見た藤ノ木古墳
古墳が盗掘されることなく残されたパターンは、次の二つがある。一つはそこが古墳だと認知されていなかったというパターンで、中世に山城として利用された滋賀県雪野山古墳がなどが当てはまる。もう一つは、様々な理由で掘ることができなかったというパターンで、墓守によって守られていた(奈良県藤ノ木古墳)、地震などによって石室が崩落していた(群馬県綿貫観音山古墳、奈良県黒塚古墳)、墳頂からかなり深い場所に埋葬施設があった(茨城県三昧塚古墳、岡山県勝負砂古墳)などがある。また最近の調査では、未盗掘またはほぼ未盗掘であることが判明した場合、あえて発掘せず埋め戻すこともある(2010年に調査された兵庫県長尾山古墳など)。(古墳 フレッシュアイペディアより)