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  • フリオ・ズレータ

    フリオ・ズレータから見た谷佳知谷佳知

    2004年限りで消滅した大阪近鉄を含む13球団からの本塁打は、史上2人目(2011年5月22日時点での他の達成者は、フェルナンド・セギノール、アレックス・カブレラ、谷佳知、和田一浩、小笠原道大、ホセ・フェルナンデス)フリオ・ズレータ フレッシュアイペディアより)

  • フェルナンド・セギノール

    フェルナンド・セギノールから見た谷佳知谷佳知

    2004年限りで消滅した近鉄を含む13球団からの本塁打は初(他の達成者はフリオ・ズレータ、アレックス・カブレラ、谷佳知、和田一浩、小笠原道大、ホセ・フェルナンデスの6人)フェルナンド・セギノール フレッシュアイペディアより)

  • イチロー

    イチローから見た谷佳知谷佳知

    高校時代は投手をしていたが登板のない時などは外野手も務めており、夏の甲子園に出場した際には左翼を守っている。プロ入り後、210安打を放った1994年からは本西厚博(のちに谷佳知)、田口壮とともに当時日本一と言われたオリックス外野陣の一翼を担った。日本時代は主に右翼手を務めたものの、中堅手を任されることも多々あり、一つのポジションに定着することはなかった(1998年は左翼手で20試合以上スタメン出場している。オールスターゲームや日米野球戦でも左翼を守ることがあった)が、1999年シーズン以降は右翼手に固定された。メジャー移籍後はほとんどの試合で右翼を守っており、2006年シーズン途中から2008年シーズン途中まではコンバートによって中堅手を務めた。2012年にヤンキース移籍後は、左中間の広いヤンキースタジアムを考慮して左翼手にコンバートされているものの、他の選手の休養などの兼ね合いから中堅手や右翼手としても出場(途中で守備位置が変わることも多々あり、1試合で外野3箇所すべてを守ったこともある)しており、外野をどこでも守れるユーティリティプレイヤーとなった。また、休養時などにDHとして出場することがある。イチロー フレッシュアイペディアより)

  • ホセ・フェルナンデス

    ホセ・フェルナンデスから見た谷佳知谷佳知

    2004年限りで消滅した大阪近鉄を含む13球団からの本塁打は、史上7人目(他の達成者はフェルナンド・セギノール、フリオ・ズレータ、アレックス・カブレラ、谷佳知、和田一浩、小笠原道大の6人)ホセ・フェルナンデス フレッシュアイペディアより)

  • オリックス・バファローズ

    オリックス・バファローズから見た谷佳知谷佳知

    2007年、1月6日に前川勝彦が大阪市内でひき逃げ事故を起こし、さらに無免許だったことが発覚して、業務上過失傷害と道路交通法違反の疑いで逮捕された。これを重くみた球団は1月18日付で前川を懲戒処分として所属契約を解消、その騒動の最中だった1月17日に、大幅な減俸を提示されて契約交渉が決裂した中村紀洋も同様に契約を解消した。この他球団の編成も完了している時期の契約解消について、選手会が野球協約上、問題のある交渉ではないかと批判している。低迷期より主戦打者だった谷佳知を、鴨志田貴司・長田昌浩とのトレードで巨人に放出し、ダン・セラフィニなどを補強。シーズン開幕前にタフィ・ローズを獲得して臨んだシーズンだったが、選手起用などで混迷は続いた。4月下旬から5月半ばにかけて17試合で1勝16敗と大きく負け越すと、優勝争いはおろかAクラス争いにすら加わる事無く、パ・リーグ他5球団に負け越し、3年ぶりの最下位となった。オリックス・バファローズ フレッシュアイペディアより)

  • 中田賢一

    中田賢一から見た谷佳知谷佳知

    2009年は川上が移籍し、先発ローテの一角として期待されるも、4月8日の対ヤクルト戦で4回を10安打6失点で敗戦投手となり、翌日登録抹消されたが、7月7日の対ヤクルト戦で8回を3安打1失点11奪三振の好投でシーズン初勝利を飾る。10月19日のクライマックスシリーズの対ヤクルト戦では5回1失点4奪三振の好投でチームのクライマックスシリーズ第2ステージ出場へと大きく貢献した。第2ステージはアドバンテージを含む1勝3敗で迎えた4戦目の先発を任されたが谷佳知に満塁ホームランを被弾する等、2回0/3を7失点と大炎上。チームもそのまま敗退し日本シリーズ出場はならなかった。中田賢一 フレッシュアイペディアより)

  • ゴーゴー!ゴジラッ!!マツイくん

    ゴーゴー!ゴジラッ!!マツイくんから見た谷佳知谷佳知

    タニヨシトモ(谷佳知ゴーゴー!ゴジラッ!!マツイくん フレッシュアイペディアより)

  • 清水昭信

    清水昭信から見た谷佳知谷佳知

    初奪三振:2008年7月5日、対読売ジャイアンツ11回戦(ナゴヤドーム)、4回表に谷佳知から清水昭信 フレッシュアイペディアより)

  • 原辰徳

    原辰徳から見た谷佳知谷佳知

    2009年シーズンが開幕すると、育成枠出身の松本哲也や坂本・亀井、原自ら「風神・雷神」と名づけた左右の中継ぎコンビ・山口と越智などの若手が次々に台頭した。また、上原浩治のMLB移籍によって先発投手の戦力低下が危惧されたが、ヤクルトから獲得したディッキー・ゴンザレスやテスト生出身のウィルフィン・オビスポがその穴を埋めたため前年とは対照的に春先から首位を快走した。リードした試合の終盤には主力選手をベンチに下げたり、谷佳知を相手先発投手に応じてスタメン・代打と使い分けたり、捕手の阿部慎之助や外野手の亀井を一塁手としても起用するなど選手層の厚さを活かした柔軟な用兵を見せ好成績を維持した。9月23日にV9( - )以来のリーグ3連覇を果たした。第2次監督時代の長嶋らと対照的にベテランやホームランバッターに依存せず、若手を積極的に起用する原の手腕は多くの解説者に高く評価された。クライマックスシリーズ第2ステージでは3年連続となった中日相手に4勝1敗(レギュラーシーズン1位のアドバンテージ1勝を含む)で勝利。2年連続日本シリーズ出場となった。日本シリーズでは北海道日本ハムファイターズに4勝2敗で勝利。監督として2度目の日本一を達成する。11月12日にはWBC及び日本シリーズの優勝が評価され、2度目の正力松太郎賞を受賞。11月14日にはアジアシリーズの代替大会として行われた日韓クラブチャンピオンシップにも勝利。監督としてWBC、セ・リーグ、日本シリーズ、日韓統一王者の4冠を成し遂げた。原辰徳 フレッシュアイペディアより)

  • 松井稼頭央

    松井稼頭央から見た谷佳知谷佳知

    開幕から1番として起用され、シーズン最終戦のみ4番として起用された。前年から一転、新ストライクゾーン導入もありパリーグ全体の打撃成績が落ち込む中、松井自身は2度月間MVPを受賞するなど好調で、5月にはパ・リーグ史上2人目となる2試合連続サヨナラ本塁打を記録し、6月にはスイッチヒッターとしては史上初となる5試合連続本塁打を記録。チームのマジック点灯がかかった8月16日の近鉄戦では、チームは3回表終了時点で近鉄に9点差を付けられたものの、4回表に西武打線が松井の左翼前安打を始まりに7連打で逆転。その後再び追いつかれるも7回裏に松井が決勝打となる本塁打を放ち大逆転劇に貢献した。9月24日のオリックス戦では6回に中堅へ本塁打を放ち、パリーグ新記録となるシーズン82長打を達成。最終的にに小鶴誠が記録したシーズン85長打を上回り、日本プロ野球新記録となるシーズン88長打を記録した。終盤には首位打者小笠原道大に1厘差に迫るなど、首位打者争いも演じた。最終的には首位打者小笠原道大に8厘差と迫る打率.332(リーグ3位)、本塁打は初めて30本超えとなる36本塁打(リーグ4位)、その内前述の2試合連続サヨナラ本塁打を含むサヨナラ本塁打3本(パ・リーグタイ記録)を記録した。シーズン36本塁打は一番打者としてプロ野球新記録であり、遊撃手としてシーズン35本塁打もパ・リーグタイ記録であった。安打数は歴代3位タイとなる193安打を記録し、3年ぶりとなる最多安打のタイトルを獲得した。盗塁数はシーズン途中までリーグ最多の盗塁数を記録していたが、最終的には谷佳知に盗塁王のタイトルを譲った。しかしながら33盗塁を記録し、史上8人目、スイッチヒッターとしては史上初のトリプルスリーを成し遂げ、守備面では前年に比べより守備率を向上させ(.985)、4年ぶりとなるゴールデングラブ賞を受賞するなど、リーグ優勝に大きく貢献した。日本シリーズでは第1戦では第1打席で上原浩治からセンターへ安打を放ったが、その後2三振を喫するなど4打数1安打に終わった。第3戦では工藤公康から第4打席で本塁打を放つなど4打数2安打を記録したが、第2戦、第4戦では安打が出ず、チームも4連敗を喫した。松井稼頭央 フレッシュアイペディアより)

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