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清水隆行から見た豊田清
''、豊田清と一足早く自主トレに入り、鈴木や移籍してきた谷とともに「1番候補の一人」として春季キャンプを迎えた。だが怪我により開幕一軍からは外れ、前半戦は不調に苦しみ、一軍と二軍を往復。後半戦に入り徐々に調子を上げていき、スタメンでの出場機会も増えていった。特に9月以降は目覚しい活躍をみせ、少ない打席数ながらシーズン打率.339を挙げた。また、低めだった出塁率もこの年は4割を超えた。10月2日の対ヤクルト戦ではチームを5年ぶりのリーグ優勝を導く内野安打を放ち、中日とのクライマックスシリーズでも7番・センターでスタメン出場、左腕小笠原孝からヒットを放ちチャンスメイク。第2戦・第3戦は高橋由伸の腰痛による離脱で1番に入り、全3戦にスタメン出場した。(清水隆行 フレッシュアイペディアより)
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吉村裕基から見た豊田清
''は、新監督大矢明彦の意向によって、外野手から一塁手にコンバートされ、一塁手で137試合に先発出場、他ポジションにはつかなかった。前年ほどの打率は残せず主に6番で起用された。4月10日に石川雅規、8月7日にセス・グライシンガー(2打席連続)から1試合2本塁打を記録。7月4日、7月7日、7月8日には3試合連続本塁打を放った。6月9日の対千葉ロッテ戦ではこの日まで6勝0敗だった(後に16勝1敗で終える)先発成瀬善久から0対0の同点で迎えた4回裏二死二塁に右中間スタンドへ先制決勝ツーランホームランを放ち唯一の黒星を付けた。9月1日の対巨人戦、先発の秦裕二が2回表に6失点と0対6で始まった試合、自身以外の味方打者が奮起して同点にもつれこんだ9回、打席に向かう前のベンチ裏で監督の大矢から打ち気にはやる余り、体が突っ込み気味だったことを指摘されると、一死無走者で迎えた第4打席で豊田清のフォークボールを低い弾道で左翼席に突き刺し、プロ入り初のサヨナラ打を生涯初のサヨナラ本塁打で決め、6点差からの逆転でチームを勝率5割に復帰させた。開幕から一度も抹消されることなく自身初の規定打席に到達し、ともにチーム2位の24本塁打、85打点を記録した。(吉村裕基 フレッシュアイペディアより)
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