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  • 京阪1800系電車 (初代)

    京阪1800系電車 (初代)から見た近畿車輛近畿車輛

    1803に装着。日本初のシンドラー式台車である。これはウィングバネ式台車の一種であり、ペデスタルを軸箱左右に設置した油浸式の金属製二重円筒による案内機構で置き換え、それぞれの外側を覆うように角形断面のコイルばねを設けて軸ばねとする、円筒案内式台車の一種である。これは近畿車輛がスイス・カー・アンド・エレベーター社と提携して開発を進めていたシュリーレン式台車などと同様、元々はスイス連邦鉄道の軽量客車用として1930年代に開発されたもので、それを汽車製造が自社の台車設計ノウハウを盛り込んだ上で高速電車向けにアレンジしたものである。先行するKS-6Aでは単に形鋼などによる部材を溶接した全溶接構造であったが、このKS-9ではプレス材を多用して部材の一体化することで、大幅な工数の削減とさらなる軽量化を実現している。なお、このシンドラー台車は後に1810系用KS-15を経て日本初の実用空気ばね台車であるKS-50、更にはその改良量産型であるKS-51・KS-56・KS-70などへ発展することとなる。京阪1800系電車 (初代) フレッシュアイペディアより)

  • 国鉄193系電車

    国鉄193系電車から見た近畿車輛近畿車輛

    191系電車を置き換える目的で1980年(昭和55年)3月11日に近畿車輛で新製され、片町・東海道・山陽本線で公式試運転を行った後、品川電車区(現・東京総合車両センター)に配置された。国鉄193系電車 フレッシュアイペディアより)

  • 奈良電気鉄道デハボ1200形電車

    奈良電気鉄道デハボ1200形電車から見た近畿車輛近畿車輛

    本形式の設計当時、三菱電機製の主電動機とWNドライブという組み合わせは、京阪でも1800系特急車で試作の第1編成で採用されており、大株主2社が採用した駆動システムを奈良電が採用したことには何の不思議もなく、また端子電圧300Vの条件下で要求される1時間定格出力110kW級電動機の開発タイミングから、最新の三菱電機製電動機の採用となったと考えられる。だが、その一方で本形式は奈良電の在来車と制御シーケンスに互換性のない三菱電機製ABFM制御器や、近畿車輛製の最新鋭シュリーレン(Schlieren)式台車を採用している。本形式で新規採用された三菱電機MB-3020系電動機は以後長期に渡り近鉄の標準電動機の一つとして改良を重ねつつ採用され続け、台車についても翌1955年より量産が始まった奈良線向け近鉄800系電車用KD-12として本形式のKD-10をわずかに手直しした台車が採用されるなど、本形式は近鉄モ1450形に続く、近鉄と三菱電機の2社による次世代高性能車開発のテストベッドとしての役割を果たし、奈良線用800系以降の近鉄新造車群に貴重な実働データを提供している。奈良電気鉄道デハボ1200形電車 フレッシュアイペディアより)

  • 奈良電気鉄道デハボ1300形電車

    奈良電気鉄道デハボ1300形電車から見た近畿車輛近畿車輛

    さらに8000系以降の大型車の増備が進んで600系や400系の廃車が進行するようになると、共通部品を使用する車両がなく保守が難しくなりつつあった主電動機を600系廃車発生品の三菱電機MB-213AFへ交換、ク355の台車もモ460形462・463の廃車で余剰となった近畿車輛KD-46金属ばねシュリーレン式台車へ交換している。奈良電気鉄道デハボ1300形電車 フレッシュアイペディアより)

  • 奈良電気鉄道デハボ1100形電車

    奈良電気鉄道デハボ1100形電車から見た近畿車輛近畿車輛

    このような情勢を背景として、車両不足に悩む奈良電にもこの規格型電車の製造割り当てが認められることとなり、規格型電車のB型仕様に準拠する形で、ようやく6両の新造車導入が実現する運びとなった。かくして、1948年2月に奈良電の一方の親会社たる近畿日本鉄道の子会社である近畿車輛において、以下の6両が製造された。奈良電気鉄道デハボ1100形電車 フレッシュアイペディアより)

  • 近鉄20000系電車

    近鉄20000系電車から見た近畿車輛近畿車輛

    台車は21000系のKD-97と同様に、固定軸距を従来車の2,200mmから2,100mmに短縮した近畿車輛KD-100・KD-100Aシュリーレン式空気ばね台車で、基礎ブレーキ装置として主電動機を装架するKD-100は両抱き式踏面ブレーキ、KD-100Aはディスクブレーキを採用した。近鉄20000系電車 フレッシュアイペディアより)

  • 北陸鉄道サハ1000形電車

    北陸鉄道サハ1000形電車から見た近畿車輛近畿車輛

    モハ3501は浅野川線復帰に際して、モハ3570形3571の廃車発生品を流用し、主制御器はHL-74、主電動機は三菱電機製MB-64C、台車は釣り合い梁式の近畿車輛KT-10にそれぞれ換装された。同時期にはモハ3551についても台車を含む主要機器をモハ5100形5103の主要機器換装に伴う発生品に換装され、機器換装後のモハ3501と同一仕様に揃えられたことから、以降両形式の実質的な差異はなくなった。その後、前照灯のシールドビーム化、運転席窓の安全ガラス化、側窓のユニットサッシ化等が施工されている。北陸鉄道サハ1000形電車 フレッシュアイペディアより)

  • 大阪市交通局1501形電車

    大阪市交通局1501形電車から見た近畿車輛近畿車輛

    1501形は1081形に続く3扉大型ボギー車として、1925年8?12月に日本車輌製造で10両、田中車両で20両の合計30両が製造され、続いて1531形が翌1926年3月に川崎造船所で50両が製造された。大阪市交通局1501形電車 フレッシュアイペディアより)

  • 阪神801形電車

    阪神801形電車から見た近畿車輛近畿車輛

    既述のように、1926年3月に30両が大阪鉄工所、藤永田造船所、田中車輌、川崎造船所の各社で製造された。スタイルは311形以来の側面窓配置D6D6D、前面5枚窓の車体で、601形同様初期の半鋼製車両に特徴的なリベットの多い車体であり、運転機器を正面貫通扉の左右に設けていたことから、本形式も運転士の運転姿勢がバンドのドラマーに似ていたため、601形に引き続いて「バンドマン」というあだ名を授けられた。塗装はこの頃の阪神の車両に特徴的なライトブルーであったが、601形よりさらに明るい色調で登場した。阪神801形電車 フレッシュアイペディアより)

  • 大阪市交通局1801形電車

    大阪市交通局1801形電車から見た近畿車輛近畿車輛

    前述のように、1949年9月から1950年3月にかけて、広瀬車輌で12両、日立製作所で10両、若松車両で3両、近畿車輛で5両、富士車輌で2両の合計32両が製造された。1711・1751形の増備車として登場したため、側面及び前面窓配置はまったく同じD5D5D、ゆるいカーブを描いた前面に3枚窓、全長は13.7mという仕様に変化はなく、座席も板張りシートで、客用扉も変更はない。台車及び制御器も1711・1751形と同じであるが、主電動機は端子電圧600V時1時間定格出力37.5kWの規格形電動機であるSS-50を2個搭載していたことが大きな変更点である。主電動機が変更されたことと、ある程度まとまった両数を作ることが予定されていたので、従来型の続番とはせず、新形式の1801形とした。大阪市交通局1801形電車 フレッシュアイペディアより)

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