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  • 大阪市電気局100形電車 (地下鉄)

    大阪市電気局100形電車 (地下鉄)から見た近畿車輛近畿車輛

    1号線部分開業に備え、神戸の川崎車輛で101 - 104、大阪京橋の田中車輌で105・106、名古屋の日本車輌製造本店で107・108、東京の汽車製造東京支店で109・110の合計10両が製造された。大阪市電気局100形電車 (地下鉄) フレッシュアイペディアより)

  • 大阪市交通局600形電車

    大阪市交通局600形電車から見た近畿車輛近畿車輛

    大阪市営地下鉄の1号線(現・御堂筋線)の延伸に伴う増備車として製造された車両である。まず1951年の昭和町への延長に備え、近畿車輛で601?603、川崎車輛で604~606が製造され、翌年の西田辺への延長の際に、近畿車輌で607?609、川崎車輛で610~612が製造された。大阪市交通局600形電車 フレッシュアイペディアより)

  • 大阪市電気局300形電車

    大阪市電気局300形電車から見た近畿車輛近畿車輛

    戦後も共通運用に充当されていたが、唯一315のみは1955年8月に近畿車輛でファンデリアの取り付け工事が試験的に施工され、その成果は1000形(1020以降)の製造時に反映された。大阪市電気局300形電車 フレッシュアイペディアより)

  • 近鉄260系電車

    近鉄260系電車から見た近畿車輛近畿車輛

    更に、老朽化の進んだ車両を放置し続けることは旅客サービス上問題があり、新造車の早急な投入が要請された。そのため、新造車の投入によるこれら旧型車両の置き換えが計画された。こうして近鉄グループの近畿車輛で1982年から1983年に四日市向き制御電動車のモ260形(2代)が261 - 265の5両、内部・西日野向きの制御付随車のク160形が161 - 163の3両、合計8両が製造された。近鉄260系電車 フレッシュアイペディアより)

  • 北勢鉄道モハニ50形電車

    北勢鉄道モハニ50形電車から見た近畿車輛近畿車輛

    側窓配置は1d(1)D(1)6(1)D1(d:荷物室扉、D:客用扉、(1):戸袋窓、数字:窓数)で前面が3枚窓構成、と近隣の四日市鉄道が先に導入していたデハニ51形(1928年田中車両製。後の近鉄モニ210形)と同様である。もっとも、製造時期が3年遅い分リベットの数が減り、また、その間の車両設計製造技術の進歩を受けて鈍重な1段下降式窓ではなく、上下寸法の大きな2段上昇式窓となったため、重厚な印象のデハニ51と比して明朗かつ軽快な造形にまとまっている。北勢鉄道モハニ50形電車 フレッシュアイペディアより)

  • 四日市鉄道デ50形電車

    四日市鉄道デ50形電車から見た近畿車輛近畿車輛

    1928年に田中車輛(現、近畿車輛)でデ51 - デ54の4両が製造された。前面は3枚の均等な幅の窓で構成される非貫通形で両運転台、側面の窓配置は 1D1D8D1(最初の D が荷物室用扉)、前面・側面とも一段下降窓である。窓の上下にウィンドウ・シル/ヘッダーで補強がされているが、シルは上辺に淵の付いた段付きシルで、ヘッダーともどもリベット止めである。側面の扉及び戸袋の部分は裾の高さを若干下げているが、これは他の近鉄特殊狭軌線で使用された車両にないものである。屋上の通風器は、いわゆるおわん形と呼ばれるものである。四日市鉄道デ50形電車 フレッシュアイペディアより)

  • JR東日本E491系電車

    JR東日本E491系電車から見た近畿車輛近畿車輛

    老朽化した443系・マヤ34形の置き換えとして、2002年(平成14年)に日立製作所・近畿車輛で製造された。3両編成1本(3両)が勝田車両センターに配置されている。JR東日本E491系電車 フレッシュアイペディアより)

  • カイロ地下鉄

    カイロ地下鉄から見た近畿車輛近畿車輛

    ショブラ・エル・ケイマからタハリール広場、カイロ大学を通ってギザ方面を結んでいる。この2号線の完成でカイロの地下鉄網が大幅に拡大した。サダト (Sadat) とムバラク (Mubarak) で1号線と接続している。20の駅を有し、全長21.5km。また、ナイル川の地下トンネル建設は史上初である。地下部分は逆打工法によって建設された。最高速度80km/h、ラッシュ時の運転間隔は約3分で、1時間あたり一方向6万人の輸送力を有する。日本の技術が導入されており、車両の製造は主に近畿車輛と東芝である。集電には第三軌条方式を採用。カイロ地下鉄 フレッシュアイペディアより)

  • 一畑電気鉄道立久恵線

    一畑電気鉄道立久恵線から見た近畿車輛近畿車輛

    キハ3の事故廃車代替のため1961年8月に国鉄から譲受したキハ04形のキハ04 29で、元は1933年田中車輛製のキハ41328である。入線に際してキハ3のエンジンを転用している。廃線後は有田鉄道へ譲渡されキハ202となった。一畑電気鉄道立久恵線 フレッシュアイペディアより)

  • 熊本電気鉄道モハ1形電車

    熊本電気鉄道モハ1形電車から見た近畿車輛近畿車輛

    1944年(昭和19年)、モハ1 - 4は田中車輛で新製された車体に載せ替えられた。新車体は同時期に新製したモハ51 - 54と同形で、木造、前面三枚窓で切妻、屋根は丸屋根で、両端にドアを備え、ドアの間に10枚の窓を設けていた。車体載せ替えと同時にモハ1 - 4の電装品は51 - 54に転用され、モハ5・6の電装品をモハ1・2に転用し、3・4は客車となり、番号はモハ1 - 4 → モハ55・モハ56・ホハ57・ホハ58となった。5・6も車体を載せ替える予定であったが戦時下の資材不足により実現せず、車体はそのままで客車となり、ホハ59・60に改番されている。熊本電気鉄道モハ1形電車 フレッシュアイペディアより)

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