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    長谷川穂積から見た2009年

    2009年3月12日、神戸・ワールド記念ホールで1位の指名挑戦者ブシ・マリンガ(南アフリカ/18勝(11KO)2敗1分)を相手に8度目の防衛戦を行った。長谷川が苦手とするサウスポー、リーチで長谷川を19cmも上回り、なおかつ17連勝中で世界ランク1位の指名挑戦者が相手とあって、苦戦を危惧する声も挙がっていた。しかし、いざ試合が始まってみると、初回1分30秒過ぎに左ストレートで最初のダウンを奪う。この左ストレートはマリンガの左アッパーを右手でパーリングした直後に放たれている。マリンガが立ち上がった後、長谷川は冷静に左フックをマリンガの右ジャブに被せぐらつかせる。この直後長谷川は急激に手数を増やし、挑戦者を滅多打ち。程なくして2度目のダウンを奪った後、2分37秒に芸術的なレフトクロスカウンターで3度目のダウン。ここでレフェリーストップが掛かり、初回TKO勝ち。王座防衛に成功した。日本のジムに所属する世界王者の3戦連続KO防衛は、具志堅用高の6戦連続に次ぎ、渡辺二郎の3戦連続に並ぶ2位タイ記録で、26年ぶりの快挙を達成した。長谷川穂積 フレッシュアイペディアより)

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    長谷川穂積から見た帝拳プロモーション

    長谷川の世界タイトルマッチでは全て帝拳プロモーションの本田明彦会長がプロモーターを務めており、真正ジムの山下会長は帝拳ジムでJBCのライセンスを取得しており帝拳と深いつながりがある。また、帝拳ジム所属の粟生隆寛、ホルヘ・リナレスらとは仲が良く、一緒にハワイ合宿に行くなど切磋琢磨している。特に粟生は長谷川にとって弟分のような存在である。(も参照)長谷川穂積 フレッシュアイペディアより)

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    長谷川穂積から見た東京国際フォーラム

    2012年4月6日、仕切り直しの再起戦。東京国際フォーラムにおいて前年12月に対戦予定だったフェリックスと改めて対戦し、7回2分28秒TKO勝ちを収めた。試合直後は進退を保留としたが、同月21日に現役を続ける意思を表明し、10月には、スーパーバンタム級とフェザー級の両睨みで世界王座復帰を目指すため、次戦をスーパーバンタム級で行うことを発表した。長谷川穂積 フレッシュアイペディアより)

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    長谷川穂積から見た横浜アリーナ

    2005年9月25日、初防衛戦が横浜アリーナにて行われた。当初、ランキング1位のディエゴ・モラレス(メキシコ)との指名試合となる予定だったが、モラレスが練習中に負傷。試合1週間前になって急遽、ランキング8位のヘラルド・マルチネス(メキシコ/27勝(20KO)5敗2分)に変更となった。モラレスはサウスポーなのでこれまでサウスポー対策の練習をしてきたが、マルチネスはオーソドックススタイルだった。長谷川穂積 フレッシュアイペディアより)

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    長谷川穂積から見たサンセイアールアンドディ

    スポンサーの一社にパチンコメーカーのサンセイR&Dがいる。その関係で2012年に同社が発売したパチンコ機『CR Winning Rush with ROCKY』にも登場している。長谷川穂積 フレッシュアイペディアより)

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    長谷川穂積から見た世界ボクシング評議会

    長谷川 穂積(はせがわ ほづみ、1980年12月16日 - )は、日本のプロボクサー。兵庫県西脇市出身。真正ボクシングジム所属。現WBC世界スーパーバンタム級第5位。現WBO世界スーパーバンタム級第3位。元WBC世界バンタム級・フェザー級の2階級制覇王者。長谷川穂積 フレッシュアイペディアより)

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    長谷川穂積から見た世界ボクシング機構

    長谷川 穂積(はせがわ ほづみ、1980年12月16日 - )は、日本のプロボクサー。兵庫県西脇市出身。真正ボクシングジム所属。現WBC世界スーパーバンタム級第5位。現WBO世界スーパーバンタム級第3位。元WBC世界バンタム級・フェザー級の2階級制覇王者。長谷川穂積 フレッシュアイペディアより)

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    長谷川穂積から見たメキシコ

    2005年9月25日、初防衛戦が横浜アリーナにて行われた。当初、ランキング1位のディエゴ・モラレス(メキシコ)との指名試合となる予定だったが、モラレスが練習中に負傷。試合1週間前になって急遽、ランキング8位のヘラルド・マルチネス(メキシコ/27勝(20KO)5敗2分)に変更となった。モラレスはサウスポーなのでこれまでサウスポー対策の練習をしてきたが、マルチネスはオーソドックススタイルだった。長谷川穂積 フレッシュアイペディアより)

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    長谷川穂積から見たスーパーフライ級

    長谷川は、2006年5月に渡米して以来、米国でのビッグマッチを望むようになっていた。当時のバンタム級にはビッグマッチを組める選手が不在で、長谷川がスーパーバンタム級へ移るか、もしくはスーパーフライ級の選手がバンタム級へ移ってくるのを待つ状態であった。長谷川穂積 フレッシュアイペディアより)

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    長谷川穂積から見た日本武道館

    2005年4月16日、20戦目で世界初挑戦。日本武道館で行われたダブル世界戦の1試合(もう1試合は新井田豊のWBA世界ミニマム級王座2度目の防衛戦)でWBC世界バンタム級王者ウィラポン・ナコンルアンプロモーション(タイ/47勝(33KO)1敗2分)に挑む。ウィラポンは1998年12月に辰吉丈一郎を破って王座獲得。その後、辰吉との再戦にも勝利し、さらに西岡利晃の挑戦も4度退け、この試合が15度目の防衛戦。試合は長谷川は序盤から有効打を的確に当て、4回までリードを奪っていく。しかし、ウィラポンも王者の意地を見せ、試合の中盤を支配した。終盤、長谷川はスタミナ切れを起こし始めたウィラポンを攻め立て、10回にはウィラポンをグラつかせた。最終12回まで壮絶な打ち合いを展開し、3-0の判定勝ち。世界王座奪取に成功した。この試合は2005年度年間最高試合に選ばれた。長谷川穂積 フレッシュアイペディアより)

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