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  • 阿部慎之助

    阿部慎之助から見た高橋由伸

    ''、127試合に出場し、巨人軍としては1987年の山倉和博以来の捕手による規定打席に到達、ベストナインとゴールデングラブ賞を獲得する。シーズン後半から高橋由伸の故障に伴い3番打者に起用され、8月の3度を含む4度のサヨナラ打を記録。このことから『サヨナラ慎ちゃん』と呼ばれるようになった。8月11日の広島東洋カープ戦でのサヨナラ本塁打は自身初のサヨナラ本塁打であるとともに、巨人軍の東京ドーム通算1000号本塁打となるメモリアルアーチであった。打率も.298と好調であった。阿部慎之助 フレッシュアイペディアより)

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    阿部慎之助から見た田淵幸一

    ''、当時ヘッドコーチだった原辰徳の推薦を受け、3月30日の阪神タイガースとの開幕戦(東京ドーム)に、球団では山倉和博以来23年ぶりとなる「新人捕手開幕スタメン」として先発出場(8番・捕手)。その試合で阪神の先発投手の星野伸之から初打席初安打初打点を含む4打点を挙げる活躍を見せる。阿部がデビューした当時の巨人は村田真一に代わる正捕手の育成が急務だったこともあり、監督の長嶋茂雄は村田を阿部の「教育係」にするとともに、127試合に起用して経験を積み重ねさせた。最終的にシーズン13本塁打を放つが、規定打席には6打席不足した。新人捕手のシーズン2桁本塁打は田淵幸一以来2人目。阿部慎之助 フレッシュアイペディアより)

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    阿部慎之助から見た小林誠司

    ''、この年に就任した高橋由伸監督の方針で再び捕手登録に戻るが、オープン戦で肩に違和感を覚えて登録抹消。開幕を二軍で迎える。5月31日の対オリックス戦で一軍復帰し、その試合で本塁打を放った。さらに、7月8日のDeNA戦から8月10日の対DeNA戦まで23試合連続安打を記録し、自己最長連続安打となった。最終的に91試合の出場で規定打席には到達できなかったが、打率.310・12本塁打・52打点を記録し4番打者として随所で活躍を見せた。一方で、捕手復帰を目指したシーズンではあったが、自身が出遅れたこととに加え、3年目の小林誠司が守備面で成長したこともあり正捕手の座を獲得。この年は一塁手または指名打者としての出場となり、プロ入り後初めて捕手出場ゼロのシーズンとなった。年俸は6,600万円ダウンの2億6,000万円(推定)となった。阿部慎之助 フレッシュアイペディアより)

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    阿部慎之助から見たランディ・メッセンジャー

    ''、5月1日の対ヤクルト戦で西村健太朗の逆玉を捕った際に首を痛め途中交代をした。6月7日の対西武戦で、5回裏に岸孝之から右越えにソロ本塁打を放ち、球団歴代本塁打数332本で並んでいた松井秀喜を抜いて球団歴代単独4位に浮上した。なお、この本塁打で捕手では史上5人目となる通算1000打点も達成した。7月25日の対中日戦では、球団史上6人目となる通算3000塁打を達成した。しかし、この年は怪我や不振に泣かされ、一塁手として出場することもあった。本塁打数も19本にとどまり、2006年の10本以来8年ぶりに20本を下回った。打率.248は規定打席到達者の中で最下位だった。クライマックスシリーズでは全試合に4番に座り、第1戦に藤浪晋太郎からソロ本塁打、第3戦ではランディ・メッセンジャーから先制適時打を放ったが、この2安打のみと不振であった。なお第3戦の適時打はCS4試合の中でチーム唯一の適時打だった(それ以外の得点は本塁打と犠飛)。オフの10月22日に、10月21日に、「日本プロ野球80周年記念試合」の阪神・巨人連合チームに選出された事が発表された。11月6日に、2年連続となる捕手部門でゴールデングラブ賞を受賞した。不振を受けて年俸は5億1000万円(推定)へとダウンしたが、球界最高年俸は変わらず。阿部慎之助 フレッシュアイペディアより)

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    阿部慎之助から見た武田久

    ''、第2回WBCの日本代表に選出される。出場機会には恵まれなかったが、第2ラウンド1組1位決定戦では捕手として先発出場した。シーズン中はスタメンを外れたり、セス・グライシンガーの先発時は鶴岡一成がマスクをかぶっている一方で、自身は4年ぶりに一塁手として出場する事もあった。9月には5試合で本塁打7本を放つ活躍で月間MVPを受賞。チームトップ、リーグ2位の32本塁打、リーグ1位の本塁打率、リーグ1位の長打率をマークし、チームの連覇に貢献した。9月18日、東京ヤクルトスワローズ戦で巨人軍捕手初となる通算200本塁打を達成。日本シリーズでは、北海道日本ハムファイターズと対戦し、打っては第5戦で武田久からサヨナラ本塁打、第6戦では武田勝から決勝打を記録し、守ってもピンチの場面で3番・稲葉篤紀、4番・高橋信二を三振に仕留める好リードで、日本一を達成し、自身もシリーズMVPを受賞した。阿部慎之助 フレッシュアイペディアより)

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    阿部慎之助から見た江藤智 (野球)

    ''、4月9日から4月16日にかけて6試合連続本塁打、4月28日には一試合3本塁打を放つ。4月に放った16本塁打は王貞治の球団記録を更新し、1981年の門田博光(南海ホークス)、1994年の江藤智(広島)と並ぶ日本タイ記録。5月12日にはマーク・マグワイアが1998年に記録した従来の世界記録である「開幕35試合目での20本塁打」を2試合更新する「開幕33試合目での20本塁打」を記録する。この後ペースは失速し、5月後半?7月はそれぞれ2本ずつに留まり、8月には故障もあって、最終的には33本塁打にとどまった。しかし、シーズンで33本塁打は巨人軍所属捕手として球団史上初の30本塁打を記録し、規定打席到達で自身初の打率3割も記録した。11月には日米野球に捕手・代打で全8試合中、6試合に出場したが、13打席11打数0安打2四球だった。阿部慎之助 フレッシュアイペディアより)

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    阿部慎之助から見た三浦大輔

    100本塁打:2005年8月10日、対横浜ベイスターズ14回戦(東京ドーム)、4回裏に三浦大輔から右越ソロ ※史上241人目阿部慎之助 フレッシュアイペディアより)

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    阿部慎之助から見た城島健司

    ''、チームの主将に任命される。同年6月9日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦で「球団史上第72代目4番打者」となり、2本塁打5打点と活躍した。また、6月14日のオリックス・バファローズ戦で、初回に平野佳寿から満塁本塁打を放ったが、これはプロ野球史上初の球団通算200満塁本塁打となった。オールスター第2戦ではMVPを獲得した。9月25日には33号本塁打を放ち、自身初のシーズン100打点を達成した。同時に、2003年の城島健司(当時福岡ダイエーホークス)以来、史上4人目の捕手登録選手のシーズン100打点達成となった(セントラル・リーグでは門前真佐人以来2人目で、57年ぶりの記録)。2008年に行われる北京オリンピックの野球日本代表予選3試合に出場して13打数10安打4打点、打率.769の結果を残し、最優秀打者賞・MVPを獲得。阿部慎之助 フレッシュアイペディアより)

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    阿部慎之助から見た稲葉篤紀

    ''、第2回WBCの日本代表に選出される。出場機会には恵まれなかったが、第2ラウンド1組1位決定戦では捕手として先発出場した。シーズン中はスタメンを外れたり、セス・グライシンガーの先発時は鶴岡一成がマスクをかぶっている一方で、自身は4年ぶりに一塁手として出場する事もあった。9月には5試合で本塁打7本を放つ活躍で月間MVPを受賞。チームトップ、リーグ2位の32本塁打、リーグ1位の本塁打率、リーグ1位の長打率をマークし、チームの連覇に貢献した。9月18日、東京ヤクルトスワローズ戦で巨人軍捕手初となる通算200本塁打を達成。日本シリーズでは、北海道日本ハムファイターズと対戦し、打っては第5戦で武田久からサヨナラ本塁打、第6戦では武田勝から決勝打を記録し、守ってもピンチの場面で3番・稲葉篤紀、4番・高橋信二を三振に仕留める好リードで、日本一を達成し、自身もシリーズMVPを受賞した。阿部慎之助 フレッシュアイペディアより)

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    阿部慎之助から見た小林正人

    1500本安打:2013年4月7日、対中日ドラゴンズ3回戦(東京ドーム)、7回裏に小林正人から右前安打 ※史上113人目阿部慎之助 フレッシュアイペディアより)

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