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  • 隠岐の海歩

    隠岐の海歩から見た若の里忍

    長身に胴長短足、深い懐を活かした右四つ・寄りが持ち味。2013年12月の報道では相撲が遅いことを指摘されており、これに関して本人は「昔は結構、土俵際での逆転負けが多かったんです。早く勝負を仕掛けて負ける。それがあったから、しっかり組んで慌てずにゆっくりゆっくり、というイメージでは確かにやってますね」とコメント。後述の通りお世辞にも稽古熱心とは言い難いが、体の柔らかさもあって隠岐の海の右四つの相撲は幕内上位に通用する。しかし良くも悪くも右四つ一辺倒であり、2016年11月場所前の座談会では中立から「技術的には左四つに組んでからの攻めはないし、二本差しもそんなにうまい感じはしない」と評されており、これに対して同じ座談会に出席していた鳴戸は「浅いですよね。だから外から上手を取られてしまう」と評された。中立はまた「左四つになったら安心するのか、そのまま構えてしまうことが多い」と批判しており、西岩も「確かに自分から引き付けて寄っていったりとか、前に攻めながら投げを打つとことがないですね」と返していた。それでも鳴戸は「ただ、相手が上手を引いたら体をそっちに寄せるのは上手いですね」とフォローしていた。2017年1月場所前にお笑い芸人達が集まって行われた座談会では「この人は土俵際だね。逆転があるから最後まで目が離せない」とはなわが評している。一方で右でかちあげてから左を差す相撲があるとする2016年の文献もあり、その文献では「前君ヶ濱親方(元関脇・北瀬海)から『もっと気楽にいけ』と言われた。どっちみち今の相撲では横綱、大関には勝てないんだから、左からいって左を差すという一つの型を勉強するのもいいかなと」という本人の発言がある。元々張りの欠ける体つきをしているが、本人は「体つきも幼少期のぜいたくでこうなっただけで、稽古してないからじゃない。体質ってあると思うし、輝だってあんなにけいこをしていてもあれだから。逆にみんなの体が張りすぎなんですよ」と応えている。合い口を見ると、関脇以下でも喧嘩四つの宝富士に弱く、大関昇進以前から高安にも不利である。怪力の相四つつ力士でも碧山のように腰が軽く土俵際が脆い力士には強いが、そうではない栃ノ心にはやや分が悪い。大関以上に対しても相四つには比較的強い。2018年1月場所では6日目の支度部屋で「立ち合いは力が入り過ぎて、相手にうまく伝わらない。マッチしていない」などと千代翔馬戦の反省を述べており、立合いの感覚の狂いを自覚しているとも取れるコメントを残している。隠岐の海歩 フレッシュアイペディアより)

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    隠岐の海歩から見た時天空慶晃

    2010年3月場所の番付編成会議で東前頭12枚目と発表され、新入幕が決まった。島根県出身の関取では、1922年春場所(当時1月場所)で新入幕を果たした若常陸、太刀ノ海以来88年ぶり。また隠岐の島出身力士としては初めての幕内力士の誕生である。その3月場所の初日、新入幕となってから初めて幕内の土俵に立ち、時天空との初顔合わせでは、肩透かしで敗れた。3日目、玉乃島に寄り切りで勝ち、入幕後初白星を飾った。中盤まで負けが先行していたが終盤3連勝し、千秋楽で8勝7敗と勝ち越しを決めた。隠岐の海歩 フレッシュアイペディアより)

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    隠岐の海歩から見たデーモン閣下

    2009年の大相撲界を総括するNHK総合テレビ『大相撲・とことん言います!2009』の番組で、パネラーのデーモン閣下から期待の若手力士として挙げられた。端正な顔立ちから一部からは「イケメン力士」と言われている。また、NHK専属相撲解説者の北の富士勝昭や舞の海秀平も期待の若手力士として挙げ「顔つきに色気がある」「華がある」などと評価している。隠岐の海歩 フレッシュアイペディアより)

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    隠岐の海歩から見た北の富士勝昭

    2009年の大相撲界を総括するNHK総合テレビ『大相撲・とことん言います!2009』の番組で、パネラーのデーモン閣下から期待の若手力士として挙げられた。端正な顔立ちから一部からは「イケメン力士」と言われている。また、NHK専属相撲解説者の北の富士勝昭や舞の海秀平も期待の若手力士として挙げ「顔つきに色気がある」「華がある」などと評価している。隠岐の海歩 フレッシュアイペディアより)

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    隠岐の海歩から見た島根県立隠岐水産高等学校

    隠岐の海 歩(おきのうみ あゆみ、1985年7月29日 - )は、島根県隠岐郡隠岐の島町出身で八角部屋所属の現役大相撲力士。身長191cm、体重162kg、血液型はO型。島根県立隠岐水産高等学校出身。本名は福岡 歩(ふくおか あゆみ)、愛称はあゆみ。最高位は、西関脇(2015年3月場所・2016年11月場所)。隠岐の海歩 フレッシュアイペディアより)

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    隠岐の海歩から見た忍の山剛

    2009年1月場所では、東幕下筆頭で登場し、7戦全勝で幕下優勝を果たし、場所後の番付編成会議において十両昇進が決定。同時に、四股名を本名の「福岡」から「隠岐の海」と改めた。島根県出身の関取は、忍の山(春日野部屋、1976年11月場所十両最終在位)以来33年ぶり、戦後6人目。また隠岐島出身の新十両は1958年9月場所の隠岐ノ島(時津風部屋、1960年3月場所まで十両に在位)以来、51年ぶり2人目。2009年3月2日に発表された3月場所番付で東十両7枚目と発表された。新十両が7枚目となるのは、2001年1月場所の朝青龍以来の高番付である。隠岐の海歩 フレッシュアイペディアより)

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    隠岐の海歩から見た正代直也

    2016年3月場所は、7敗目を喫してから6連勝で勝ち越しを決めた。11日目には通算400勝を達成した。返り三役で西小結として迎えた5月場所は、7日目までに6敗を喫し、9日目に横綱・日馬富士を破るなど見せ場は作ったが、最終的には6勝9敗で三役陥落となった。7月場所は、1横綱1大関を破るなど健闘し、千秋楽に勝ち越しを決めた。9月場所は、初日から2横綱2大関を破り4連勝。平幕力士が初日から大関以上に4連勝するのは昭和以降初めて。2日連続の金星獲得は、2015年9月場所の嘉風以来、戦後18人目。4日目の照ノ富士戦で決めた逆とったりは、2010年11月場所11日目に魁皇(現・浅香山親方)が日馬富士に決めて以来6年ぶりの決まり手だった。5日目も勝ち、6日目に琴奨菊を破り、6連勝としたが、7日目から13日目まで1勝6敗と乱調、14日目に今場所2度目の逆とったりで白星を挙げ、勝ち越しを決めた。1場所に2度逆とったりで勝利したのは幕内では初となる。2横綱を破ったことが評価され、自身初となる殊勲賞を獲得。本人は、「横綱を倒して勝ち越さないといけない。なかなかできないことだから、うれしい」とコメントを残し、翌11月場所に関脇に復帰することに関して「しっかりやることをやらないと。心の稽古も大事です」と話した。2015年3月場所以来の関脇復帰となった11月場所は、序盤から調子が上がらず黒星が先行し、中日に綱取りを狙う豪栄道に勝利したが、最終的に5勝10敗の成績に終わった。2016年3月場所は8日目の時点で3敗と優勝争いに参加していたが、9日目に4敗目を喫して優勝争いから脱落。それでも残りは11日目以外を勝って10勝5敗。8月1日の夏巡業豊田場所の時点では下半身の怪我の状態が回復に向かっているため夏巡業の稽古土俵に連日上がり続けており、この日は錦木、正代、豪風と申し合いを行って2勝2敗であった。9月場所は10日目までで4勝6敗であったが、11日目から残りを4勝1敗として8勝7敗の勝ち越し。この場所の千秋楽の日に八角に「お前、下(十両)で取りたいか」と聞かれ、その言葉引退という現実が突然、目の前に迫ってきた。「落ちたら次はないと思った。焦りが、やっと出た」と「稽古をしない」などと言われてばかりの隠岐の海は本気になった。 秋巡業では「お願いします。ジムに連れて行ってください」と、トレーニング理論をよく知る豪風に頭を下げ、巡業地に着くと真っ先に飲み屋に向いた足をジムへと変えて、3日に1度は通った。そのジム通いは福岡入り後も続けていた。ベンチプレスは当初から70?もアップした。10月6日の秋巡業横浜場所では6番申し合いを行い、4勝2敗。11月場所は改心して稽古に励んだ甲斐あって10日目に勝ち越し。勝ち越しを決めたのは通算900回出場の取組であった。最終的に11勝を挙げて敢闘賞を受賞。自身が幕内で11勝を挙げたのは2015年7月場所以来。2018年1月場所は11日目に負け越しを確定させるなど不調であり、12日目から残りを2勝2敗としたものの5勝10敗の大敗に終わった。この場所千秋楽は既に負け越していた見であったが、これより三役に登場。場所後の2月3日は、日程が重なったため例年中尊寺で行っていた節分会を欠席。代役として弟弟子の北勝富士が参加した。隠岐の海歩 フレッシュアイペディアより)

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    隠岐の海歩から見た十文字友和

    新十両で迎えた3月場所は初日に清瀬海の変化で敗れた時に右肩を負傷、これが大きく響き、4勝11敗という十両デビューとなった。翌5月場所も5勝10敗に終わり、十両2場所で一度も勝ち越すことなく幕下へ陥落となった。幕下陥落にあたり、再び四股名を本名の「福岡」に戻した。その7月場所は4勝3敗と勝ち越し、1場所で十両復帰を決め、四股名を再び「隠岐の海」に戻した。十両復帰の9月場所は、12日目に十文字を寄り切りで破り、十両初の勝ち越しを決め、最終的に優勝次点となる10勝5敗の好成績を収めた。隠岐の海歩 フレッシュアイペディアより)

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    隠岐の海歩から見た太刀ノ海浪右エ門

    2010年3月場所の番付編成会議で東前頭12枚目と発表され、新入幕が決まった。島根県出身の関取では、1922年春場所(当時1月場所)で新入幕を果たした若常陸、太刀ノ海以来88年ぶり。また隠岐の島出身力士としては初めての幕内力士の誕生である。その3月場所の初日、新入幕となってから初めて幕内の土俵に立ち、時天空との初顔合わせでは、肩透かしで敗れた。3日目、玉乃島に寄り切りで勝ち、入幕後初白星を飾った。中盤まで負けが先行していたが終盤3連勝し、千秋楽で8勝7敗と勝ち越しを決めた。隠岐の海歩 フレッシュアイペディアより)

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    隠岐の海歩から見た福の花孝一

    2015年3月場所には、新関脇に昇進。島根県からの新関脇は、1894年5月場所の谷ノ音以来121年ぶりのことである。この場所は、初日から3連敗。4日目の朝の稽古で左脚を痛め、同日から左腓腹筋内側頭損傷、筋肉内血腫により休場することとなった。休場は、2014年7月場所以来4度目。新関脇の白星なしは15日制においては1971年1月場所の福の花以来2例目。7月場所は、序盤から好調をキープし、2013年3月場所以来となる11勝を挙げた。9月場所は、初日に白鵬に初めて勝利。7日目に豪栄道、9日目に稀勢の里の両大関を破ったが、最終的に6勝9敗と負け越した。11月場所では、場所前に痔の悪化で休場するかと囁かれていただけに、初日から8連敗のあと5連勝したが最終的に5勝10敗の成績で終えた。隠岐の海歩 フレッシュアイペディアより)

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