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  • 大和 (戦艦)

    大和 (戦艦)から見た風鈴風鈴

    同年8月8日進水。ただし進水といっても武蔵(三菱長崎造船所建造)のように陸の船台から文字通り進水させるのではなく、大和の場合は造船ドックに注水してから曳船によって引き出す形で行われた。しかも機密保持からその進水式は公表されることもなく、高官100名と進水作業員1000名が見守るだけで、世界一の戦艦の進水式としては寂しいものだった。昭和天皇が海軍兵学校の卒業式出席という名目で大和進水式に行幸する予定が組まれ、造船関係者は社殿風の進水台を制作する。結局は天皇の義兄にあたる久邇宮朝融王海軍大佐(香淳皇后の兄)臨席のもとで進水式は行われた。海軍大臣代理として式に臨んだ嶋田繁太郎海軍中将は、それまで仮称「一号艦」と呼ばれていたこの巨艦のことを初めて、ただし臨席者にも聞き取り難いほどの低い声で、大和と呼んだ。造船関係者は葛城型スループ2隻(大和、武蔵)が既に廃艦になっていることから新型戦艦(本艦)の艦名を大和と予測、橿原神宮と千代田城二重橋を描いた有田焼の風鈴を500個制作、関係者のみに配布した。大和 (戦艦) フレッシュアイペディアより)

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