-
モスクワから見たフラッグキャリア
市内および市郊外に4つの空港がある。国際線が発着するのは市の北にあるシェレメーチエヴォ国際空港(I,II)と市の南にあるドモジェドヴォ空港と、カフカス方面のヴヌーコヴォ国際空港の3つ。ほかにビコボ空港がある。旧ソ連時代はシェレメーチエヴォ国際空港に主に国際線が発着し、旧ソ連国内線は主にドモジェドヴォ空港に発着していたが、ソ連崩壊後この区別が消滅し、とくに2000年以降老朽化の進むシェレメーチエヴォ国際空港にかわって設備の整ったドモジェドヴォ空港に諸外国の航空会社が相次いで乗り入れ先を変更して、ドモジェドヴォ空港が事実上モスクワのメイン空港となった。シェレメーチエヴォ国際空港はロシアのフラッグキャリアであるアエロフロート・ロシア航空がハブ空港としているが、アクセスや設備で悪評が高かった。しかし、2007年から2010年にかけて新ターミナルが完成した。(モスクワ フレッシュアイペディアより)
-
モスクワから見たウラジーミル大公
1271年、ウラジーミル大公アレクサンドル・ネフスキーの子であるダニール・アレクサンドロヴィチが遺領としてモスクワを獲得し、モスクワ公国が成立した。モスクワ公国はやがてイヴァン1世の代にキプチャク・ハン国の徴税人となったことから力をつけていき、モスクワ大公国となった。1382年にはキプチャク・ハン国のトクタミシュ・ハンによって占領されるなどはあったものの、モスクワ大公国は順調に力をつけていき、1480年にはイヴァン3世が大公国をハン国から完全に独立させ、「タタールのくびき」を終わらせることで、モスクワはロシア最大勢力の都となった。彼はウスペンスキー大聖堂やブラゴヴェシチェンスキー大聖堂やアルハンゲリスキー大聖堂を建設・再建し、クレムリンを壮麗なものとした。クレムリンの前に赤の広場が建設されたのもこの時代である。1534年から1538年にはクレムリン北東のキタイ・ゴロドをクレムリンと同じ城壁で囲み、以後この地域は商工業地域として発展した。(モスクワ フレッシュアイペディアより)
注目ワード
ロシア
クリップランキング
「首都モスクワ」商品情報
キーワード一覧