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黒柳徹子から見た和田アキ子
番組では、黒柳への信頼などからゲストがそれまで公にしていなかった自身に関する重大事を告白することもある。和田アキ子は「黒柳さんだから申し上げるんですけれど」と、自身の病気が子宮癌だったことを告白し、2003年には大空眞弓が癌に罹患していることを公表している。また、2009年には赤木春恵が乳癌であったことを告白したほか、大山のぶ代が脳梗塞を患っていたことも告白している。さらに、武田鉄矢が初めて鬱病体験を語ったほか、小川宏が自らの自殺未遂・鬱病体験を初めて告白したのも『徹子の部屋』である。2001年には伊原剛志が在日朝鮮人であること、2009年には長門裕之が妻・南田洋子の認知症を告白した。こうした告白は、翌日以降の新聞や雑誌などにニュースとして取り上げられることもある。(黒柳徹子 フレッシュアイペディアより)
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黒柳徹子から見たフジテレビジョン
1984年3月14日放送のフジテレビ『笑っていいとも!』の名物コーナー「テレフォンショッキング」に出演した際に、「43分間喋り続ける」という伝説を残した(これは、後述する2014年1月14日放送まで最長記録だった)。そのため放送時間がなくなり、「テレフォンショッキング」の後に予定されていたレギュラーコーナー2つのうち1つを潰さなければならなくなり、双方の司会担当者がじゃんけんをして、潰す方を決めた。2005年12月16日には21年ぶりに登場し、またも放送時間内で39分間喋り続けた。2011年7月25日と2014年3月28日にも出演したが、普通のゲストよりやや長い時間程度で終了した。2014年1月14日に出演したとんねるずは48分となり、黒柳が30年間守ってきた記録を更新した。(黒柳徹子 フレッシュアイペディアより)
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黒柳徹子から見た日立 世界・ふしぎ発見!
1986年にはTBS『世界・ふしぎ発見!』が放送を開始し、こちらも長寿番組になっており、黒柳は初回から毎回出演している。また、初回から毎回出演している人物は黒柳の他には司会の草野仁のみである(野々村真、板東英二は最初準レギュラーであった。なお、板東は2012年に降板している)。(黒柳徹子 フレッシュアイペディアより)
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黒柳徹子から見た泉ピン子
そのうち、黒柳が最後に紅組司会を務めた第34回では、当初紅組司会に当時放送中で高視聴率(最高60%)を記録していた連続テレビ小説『おしん』の出演者である田中裕子(ヒロイン)か泉ピン子(ヒロインの母親役)を据える計画があったという。しかし最終的には1度は完全にリストから消えていた黒柳が続投することとなった(4年連続起用)。黒柳は司会発表会見で「週刊誌では『気くばり先生』(鈴木健二。当時NHKアナウンサー)と『おしん』と書かれていたようで…。新鮮味に欠ける私で申し訳ありません」と述べた。一方、『窓ぎわのトットちゃん』が大ベストセラー(この時点で563万部)になっていた黒柳と、『気くばりのすすめ』が300万部突破のベストセラーを記録していた鈴木のベストセラー作家同士の両組司会として話題にもなった。(黒柳徹子 フレッシュアイペディアより)