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  • 黒田博樹

    黒田博樹から見た栗原健太

    は国別対抗戦WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に選出されるも、2月24日の12球団選抜との練習試合で打球を右手に受け負傷。出場辞退を余儀なくされる。5月31日にFA権を取得。6月まで5勝6敗、防御率、WHIP1.11と安定した投球を続け、オールスターゲーム出場直前の7月2日の中日戦からは負け無しの8連勝を記録。7月は4勝0敗、防御率0.84、WHIP0.78の活躍で月間MVPをチームメイトの栗原健太とともに受賞。更に8月も続けて4勝0敗、防御率1.11、WHIP0.86の活躍で月間MVPを連続受賞。球団史上初の2ヶ月連続月間MVP受賞となった。この時、「広島カープの歴史に名前を残せて嬉しい」と発言した。しかし、9月には右ひじを痛めて長期離脱。10月16日の中日戦で救援で復帰登板、プロ初セーブを記録した。この年、13勝6敗1セーブ、WHIP1.00、防御率1.85で最優秀防御率のタイトルを獲得。1点台でのタイトル獲得はの赤堀元之以来、セ・リーグではの斎藤雅樹以来の快挙となった。また、テンポの良い投球を評価されてスピードアップ賞を受賞。オフには監督のマーティ・ブラウンの奨めで渡米し右肘関節のクリーニング手術(数か月で投球可能となる軽い手術)を行った。FA権取得に伴い、10月15日に球団から「4年10億円+生涯保障、指導者手形」という条件を提示される。そして11月6日に4年12億円(基本年俸2億5000万円+単年最大5000万円の出来高込。当初の条件に出来高を上乗せしている)でFA権を行使せずに残留することを表明。「今後も国内他球団の移籍はない」と明言し、国内なら「生涯広島」を宣言した。なおこの契約は、4年の契約期間内で自由にメジャーリーグ挑戦できるようになっていた。FA権を行使せずに残留を決めたこと、残留会見での「僕が他球団のユニフォームを着て、広島市民球場でカープのファン、カープの選手を相手にボールを投げるのが自分の中で想像がつかなかった」、「僕をここまでの投手に育ててくれたのはカープ。そのチームを相手に僕が目一杯ボールを投げる自信が正直なかった」と発言した。また、この年の選手会のベストエピソード賞に選ばれ、黒田の野球用具を担当するSSKは、社を挙げて黒田をキャンペーンすることを決定した。そして市民に感動を与えたことが評価され、広島市は「広島市民表彰」を黒田に授与すると発表した(球団4人目)。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た井口資仁

    初奪三振:同上、1回裏に井口資仁から黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た落合博満

    OBからの評価も高く、江川卓は自著で「調子がいい時の彼のストレートは、ど真ん中に放っても打たれない」、2006年7月2日の中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)で完封勝利を収めた際には、中日監督の落合博満から「今日(3安打完封)の黒田は俺が現役の時でも打てない。だからうちの選手が打てる訳がない」と絶賛された。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た小野晋吾

    初盗塁:2005年5月17日、対千葉ロッテマリーンズ1回戦(福山市民球場)、5回裏に二盗(投手:小野晋吾、捕手:橋本将)黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見たダルビッシュ有

    1月26日にニューヨーク・ヤンキースと1500万ドルの1年契約を結んだ。背番号はドジャース時代と同じ「18」。4月13日のエンゼルス戦で移籍後初勝利を挙げる。24日のテキサス・レンジャーズ戦ではダルビッシュ有と投げ合い、6回2/3を5安打2失点に抑えるも3敗目を喫した。6月13日のブレーブス戦ではNPB/MLB通算150勝を達成。17試合の登板で8勝7敗、防御率3.50、WHIP1.26の成績で前半戦を終える。7月18日のトロント・ブルージェイズ戦では、野茂英雄、大家友和に次いで日本人史上3人目となるメジャー通算50勝を達成。試合は7回雨天コールドのため、記録上完封勝利となった。23日のシアトル・マリナーズ戦では、この日トレードでヤンキースに移籍したイチローと共に先発出場し、7回を3安打1失点9奪三振の好投で野茂英雄以来日本人選手史上2人目となる3年連続の10勝目を挙げる。8月14日のレンジャーズ戦では、日本人選手単独2位のメジャー通算52勝目となるシーズン2度目の完封勝利を挙げ、監督のジョー・ジラルディに「今季の投手陣の中で最高の投球内容だった」と絶賛された。9月16日のタンパベイ・レイズ戦ではメジャー移籍後自己最多の14勝目を挙げ、2年連続の200投球回にも到達した。レギュラーシーズン最終戦となった10月4日のボストン・レッドソックス戦では松坂大輔と投げ合い、7回7安打2失点の投球でプロ入り後キャリアハイとなる16勝目を挙げ、チームも地区優勝を決めた。また、防御率3.32はヤンキース先発陣のトップ。投球回219回2/3はリーグ4位。勝率.593はメジャー自己ベストであった。ポストシーズンではボルチモア・オリオールズとのディビジョンシリーズ第3戦に先発し、ポストシーズンでの日本人選手最長となる8回1/3を5安打2失点の投球でチームの勝利に貢献。デトロイト・タイガースとのリーグチャンピオンシップシリーズでは中3日で先発登板し、5回まで走者を出さず、7回2/3を5安打3失点、ポストシーズンでの日本人選手最多となる11奪三振の好投を見せるも黒星を喫し、チームは第4戦で敗退した。11月20日に1500万ドルの1年契約で再契約した。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た金藤理絵

    4月2日の巨人戦(マツダスタジアム)で120球を投げて4安打完封勝利を記録した。40代での完封勝利は史上8人目、41歳以上では4人目の快挙であった。7月23日の阪神戦(マツダスタジアム)では7回を投げ5安打無失点で、NPB/MLB通算200勝(NPB:121勝、MLB:79勝)を達成した。NPB・MLB通算200勝は野茂英雄に次いで2人目で、大卒での200勝達成は村山実以来46年ぶり。そして、広島生え抜きの200勝達成は1992年の北別府学以来2人目となる。6月29日のヤクルト戦(マツダスタジアム)で勝利した後の記事で、NPB/MLB通算199勝の内198勝が先発勝利(先発登板時の勝利)であることが紹介された。そのため、8月20日のヤクルト戦(マツダスタジアム)での先発勝利が野茂英雄と並ぶNPB/MLB通算201勝目であると同時に、史上初めて先発勝利のみでNPB/MLB通算200勝を達成。また、大卒投手としてもNPB通算、NPB/MLB通算問わず史上初めて先発勝利のみでの200勝を達成した。8月30日には、新井貴浩、リオオリンピック金メダリスト金藤理絵とともに広島県民栄誉賞の受賞が決定。9月10日の巨人戦(東京ドーム)でNPB/MLB通算202勝目をあげたことで野茂英雄のNPB/MLB通算201勝を抜き、NPB/MLB通算イニング数に続きNPB/MLB通算勝星数においても歴代でトップとなる。広島が優勝マジックを1として迎えた9月10日、東京ドームでの2位巨人との直接対決に先発し、6回6安打3失点で9勝目を挙げた。この試合に勝利した広島は25年ぶり7度目のリーグ優勝を決め、黒田は緒方孝市監督、新井貴浩とともに胴上げされた。10月1日のヤクルト戦(マツダスタジアム)での勝利で、ドジャース所属時の2010年から続けて7年連続2桁勝利を達成。NPBでは40代での2年連続2桁勝利という史上3人目の快挙を達成した。2リーグ制以降では工藤公康以来2人目、右腕投手としては初の快挙である。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た斎藤隆 (野球)

    は4月4日のサンディエゴ・パドレス戦でメジャーデビューし、初勝利を挙げた。5月21日のシンシナティ・レッズ戦では8回を5安打2失点に抑え、9回には斎藤隆が無安打無失点で抑え勝利し、日本人史上初の同試合での先発勝利とセーブ達成を記録。27日のシカゴ・カブス戦では福留孝介とメジャー初対戦する。6月6日のカブス戦では9回4安打無失点11奪三振無四球の快投でメジャー初完封を記録。しかし19日に右肩腱炎で故障者リスト入り。7月2日のヒューストン・アストロズ戦で復帰し、7日のアトランタ・ブレーブス戦では7回終了時点まで完全試合の9回1安打無失点で完封勝利を挙げ、最終的にも走者は8回に出した1人しか許さなかった。新人投手が8回途中まで完全試合を続けるのは、のオーレル・ハーシュハイザー以来初めてで、完全試合を達成していれば、サンディ・コーファックスに次ぐドジャース史上2人目、日本人メジャー初の快挙となっていた。前半戦は17試合の先発で5勝6敗、防御率3.43、WHIP1.20の成績で折り返し、後半戦初戦となった18日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦に先発するも2回6失点を喫し降板。その後も監督のジョー・トーリから「どちらが本当の彼なのか」と言われるなど好不調の激しい登板を繰り返したが、8月からは11試合の先発で4勝2敗、防御率2.56、WHIP1.03と好投。シーズン通算では防御率とWHIP、クオリティ・スタートでリーグ20傑に入り、FIPではリーグ9位の3.59を記録する。ポストシーズンではカブスとのディビジョンシリーズ第3戦に先発し、6回1/3を6安打無失点の好投で勝利投手となり、リーグチャンピオンシップシリーズに進出。フィラデルフィア・フィリーズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第3戦に先発し、6回0/3を5安打2失点の投球で勝利投手となる。この試合でシェーン・ビクトリーノの頭部付近への投球が騒動となり罰金が科せられた。チームは第5戦で敗退。オフには翌年の第2回WBC日本代表の第一次候補に挙げられたが辞退する。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た佐々木主浩

    は球団から調整法を任せられていたため、春季キャンプは2月17日からの沖縄二次キャンプから合流した。合流前日(2月16日)に広島市内で行われた復帰記者会見では、「年齢的な部分を考えても残りの野球人生は長くないと思っていますし、いつ最後の登板になっても良いという気持ちでやっています。1球1球にどれだけの気持ちを込めて投げられるかと考えた時に、カープのユニフォームを着て投げて最後の1球になった方が、後悔が無いと思い復帰を決断しました」と語った。3月29日のヤクルト戦(マツダスタジアム)で復帰後公式戦初登板し、7回5安打無失点で復帰後初勝利を挙げた。また、この試合の4回に復帰後初安打(記録は二塁打)を放った。5月3日、右腓骨筋腱周囲炎により出場登録を抹消される。40歳のシーズンとなったが、最終的に11勝8敗、リーグ7位の防御率2.55の成績を残した。同年9月10日、第1回WBSCプレミア12の日本代表候補選手に選出されたが、10月8日にコンディションが万全ではないことを理由に代表メンバーを辞退することを発表した。翌年の去就が注目されていたが12月8日に現役続行の意思を固め、12月17日にはマツダスタジアム内の球団事務所で契約更改に臨み、推定約6億円プラス出来高で契約更改した。この金額はオリックス・バファローズの金子千尋を上回り、日本球界最高年俸となる。日本選手の歴代最高は2004年、2005年の佐々木主浩(横浜)の6億5000万円で、6億円は2002年の松井秀喜(巨人)の6億1000万円に次いで、2014年の阿部慎之助(巨人)とともに歴代3番目となる。なお、広島の選手が球界最高年俸となるのはの山本浩二(当時8500万円)以来である。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た田中将大

    4月25日のエンゼルス戦で自己ワーストの8失点を記録するなど5月までは防御率4.56、WHIP1.32を喫する。7月初旬にはCC・サバシアや田中将大の故障者リスト入りにより、開幕から先発ローテーションを守る唯一の投手となり、前半戦は19試合の先発で6勝6敗、防御率4.10、WHIP1.21の成績で折り返す。7月25日のブルージェイズ戦で日本人史上2人目のメジャー通算200先発に到達。30日のレンジャーズ戦では黒田と入れ替わりで広島に所属していたコルビー・ルイスと投げ合うが黒星を喫し、QS達成での敗戦数が現役選手最多の30敗となった。8月25日には広島市の土砂災害の被災者への義援金を送ったことを発表。28日のデトロイト・タイガース戦で日本人選手では野茂英雄以来の5年連続規定投球回に到達。9月3日のレッドソックス戦では前年の自らの記録を更新する5年連続二桁勝利に到達。14日のオリオールズ戦ではNPB/MLB通算3000投球回に到達。シーズン最終登板となった25日のオリオールズ戦では、完投すれば自身3年連続200投球回達成という状況の中、8回2失点と好投するが、9回にデビッド・ロバートソンが同点打を許し勝ち星を逃す。この試合ではシーズンを通しての黒田の好投と貢献度を見てきた監督のジョー・ジラルディから、9回もいったんマウンドに上がりファンに見送られながら降板することも提案されていたが、デレク・ジーターの現役最後のホームゲームだったことから「今日は僕の日じゃないので」と断ったという。チームは2年連続でポストシーズン出場を逃したが、後半戦は13試合の先発で5勝3敗、防御率3.16、WHIP1.03の成績を残し、チームの先発投手で唯一開幕から先発ローテーションを守った。日本人初のMLB全30球団勝利は持ち越したシーズン終了後FAとなった 。11勝は田中の13勝に次ぐチーム2位、奪三振数はチームトップの146だったが、ヤンキースはFA選手に対して1年契約を提示するクオリファイング・オファーを申請せず、その後古巣のドジャースがオファーを提示したことが報じられ、この他にパドレスも1800万ドルのオファーを提示したことが報じられた。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見たジェイソン・ベバリン

    1000投球回:2004年4月22日、対ヤクルトスワローズ6回戦(明治神宮野球場)、4回裏にジェイソン・ベバリンを三振で2死目を奪い達成 ※史上295人目黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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