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  • 黒田博樹

    黒田博樹から見た岩村明憲

    4月9日のフロリダ・マーリンズ戦で初登板し、8回5安打1失点の好投で3年連続初登板勝利を記録。5月2日のピッツバーグ・パイレーツ戦では岩村明憲とメジャー初対戦し、8回5安打1失点の投球で、メジャー通算20勝となる3勝目を挙げる。前半戦は17試合の先発で7勝7敗、防御率3.87、WHIP1.37の成績で折り返す。7月22日のニューヨーク・メッツ戦では高橋尚成と投げ合い、8回5安打無失点の好投で8勝目を挙げる。その後は好投するも打線の援護に恵まれない試合が続き、8月25日のブルワーズ戦で6試合ぶりの白星を挙げる。30日のフィリーズ戦では8回1死までノーヒットノーランの快投を見せ、メジャー移籍後初の10勝目に到達。後半戦は14試合の先発で防御率2.87、WHIP0.93と好調だったが、「勝ち負けは(自分では)どうすることもできないって、今年はつくづく感じている」と語るほど好投するも打線の援護に恵まれない試合が多く、4勝6敗に留まったが、シーズン通算では11勝、防御率3.39、投球回数196回1/3、奪三振数159と主要カテゴリーでメジャー自己最高の成績を記録した。オフにはドジャースとの契約が終了しFAとなる。ESPNが作成したFA選手ランクリストでデレク・ジーターを上回るベスト30に入り「援護が少なく、勝利数が伸びなかったため過小評価されている」と高評価を受け、複数球団が獲得を目指し去就が注目された。一部報道で古巣広島へ復帰の可能性も報じられ、日本の球団も獲得に動いたが、11月15日に1年1200万ドルでドジャースと再契約。その後記者会見では「ドジャースが必要としてくれるなら第一に考えたかった」と語り、自身のブログでは広島への復帰報道について謝罪し「日本に復帰するならカープしか考えていなかった」と改めて明言した。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見たコルビー・ルイス

    4月25日のエンゼルス戦で自己ワーストの8失点を記録するなど5月までは防御率4.56、WHIP1.32を喫する。7月初旬にはCC・サバシアや田中将大の故障者リスト入りにより、開幕から先発ローテーションを守る唯一の投手となり、前半戦は19試合の先発で6勝6敗、防御率4.10、WHIP1.21の成績で折り返す。7月25日のブルージェイズ戦で日本人史上2人目のメジャー通算200先発に到達。30日のレンジャーズ戦では黒田と入れ替わりで広島に所属していたコルビー・ルイスと投げ合うが黒星を喫し、QS達成での敗戦数が現役選手最多の30敗となった。8月25日には広島市の土砂災害の被災者への義援金を送ったことを発表。28日のデトロイト・タイガース戦で日本人選手では野茂英雄以来の5年連続規定投球回に到達。9月3日のレッドソックス戦では前年の自らの記録を更新する5年連続二桁勝利に到達。14日のオリオールズ戦ではNPB/MLB通算3000投球回に到達。シーズン最終登板となった25日のオリオールズ戦では、完投すれば自身3年連続200投球回達成という状況の中、8回2失点と好投するが、9回にデビッド・ロバートソンが同点打を許し勝ち星を逃す。この試合ではシーズンを通しての黒田の好投と貢献度を見てきた監督のジョー・ジラルディから、9回もいったんマウンドに上がりファンに見送られながら降板することも提案されていたが、デレク・ジーターの現役最後のホームゲームだったことから「今日は僕の日じゃないので」と断ったという。チームは2年連続でポストシーズン出場を逃したが、後半戦は13試合の先発で5勝3敗、防御率3.16、WHIP1.03の成績を残し、チームの先発投手で唯一開幕から先発ローテーションを守った。日本人初のMLB全30球団勝利は持ち越したシーズン終了後FAとなった 。11勝は田中の13勝に次ぐチーム2位、奪三振数はチームトップの146だったが、ヤンキースはFA選手に対して1年契約を提示するクオリファイング・オファーを申請せず、その後古巣のドジャースがオファーを提示したことが報じられ、この他にパドレスも1800万ドルのオファーを提示したことが報じられた。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た村田修一

    3333.1投球回(10000アウト):2016年9月10日、対読売ジャイアンツ22回戦(東京ドーム)、6回一死 村田修一(空振り三振)※史上初(日米)黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た山本浩二

    は球団から調整法を任せられていたため、春季キャンプは2月17日からの沖縄二次キャンプから合流した。合流前日(2月16日)に広島市内で行われた復帰記者会見では、「年齢的な部分を考えても残りの野球人生は長くないと思っていますし、いつ最後の登板になっても良いという気持ちでやっています。1球1球にどれだけの気持ちを込めて投げられるかと考えた時に、カープのユニフォームを着て投げて最後の1球になった方が、後悔が無いと思い復帰を決断しました」と語った。3月29日のヤクルト戦(マツダスタジアム)で復帰後公式戦初登板し、7回5安打無失点で復帰後初勝利を挙げた。また、この試合の4回に復帰後初安打(記録は二塁打)を放った。5月3日、右腓骨筋腱周囲炎により出場登録を抹消される。40歳のシーズンとなったが、最終的に11勝8敗、リーグ7位の防御率2.55の成績を残した。同年9月10日、第1回WBSCプレミア12の日本代表候補選手に選出されたが、10月8日にコンディションが万全ではないことを理由に代表メンバーを辞退することを発表した。翌年の去就が注目されていたが12月8日に現役続行の意思を固め、12月17日にはマツダスタジアム内の球団事務所で契約更改に臨み、推定約6億円プラス出来高で契約更改した。この金額はオリックス・バファローズの金子千尋を上回り、日本球界最高年俸となる。日本選手の歴代最高は2004年、2005年の佐々木主浩(横浜)の6億5000万円で、6億円は2002年の松井秀喜(巨人)の6億1000万円に次いで、2014年の阿部慎之助(巨人)とともに歴代3番目となる。なお、広島の選手が球界最高年俸となるのはの山本浩二(当時8500万円)以来である。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た高橋尚成

    4月9日のフロリダ・マーリンズ戦で初登板し、8回5安打1失点の好投で3年連続初登板勝利を記録。5月2日のピッツバーグ・パイレーツ戦では岩村明憲とメジャー初対戦し、8回5安打1失点の投球で、メジャー通算20勝となる3勝目を挙げる。前半戦は17試合の先発で7勝7敗、防御率3.87、WHIP1.37の成績で折り返す。7月22日のニューヨーク・メッツ戦では高橋尚成と投げ合い、8回5安打無失点の好投で8勝目を挙げる。その後は好投するも打線の援護に恵まれない試合が続き、8月25日のブルワーズ戦で6試合ぶりの白星を挙げる。30日のフィリーズ戦では8回1死までノーヒットノーランの快投を見せ、メジャー移籍後初の10勝目に到達。後半戦は14試合の先発で防御率2.87、WHIP0.93と好調だったが、「勝ち負けは(自分では)どうすることもできないって、今年はつくづく感じている」と語るほど好投するも打線の援護に恵まれない試合が多く、4勝6敗に留まったが、シーズン通算では11勝、防御率3.39、投球回数196回1/3、奪三振数159と主要カテゴリーでメジャー自己最高の成績を記録した。オフにはドジャースとの契約が終了しFAとなる。ESPNが作成したFA選手ランクリストでデレク・ジーターを上回るベスト30に入り「援護が少なく、勝利数が伸びなかったため過小評価されている」と高評価を受け、複数球団が獲得を目指し去就が注目された。一部報道で古巣広島へ復帰の可能性も報じられ、日本の球団も獲得に動いたが、11月15日に1年1200万ドルでドジャースと再契約。その後記者会見では「ドジャースが必要としてくれるなら第一に考えたかった」と語り、自身のブログでは広島への復帰報道について謝罪し「日本に復帰するならカープしか考えていなかった」と改めて明言した。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見たラスティ・ライアル

    は野茂英雄、松坂大輔に次いで日本人史上3人目の開幕投手として4月6日のパドレス戦に先発し、5回2/3を4安打1失点の投球で白星を挙げる。しかし直後に左脇腹を痛めて10日に故障者リスト入りする。6月1日のダイヤモンドバックス戦で復帰し、23日のシカゴ・ホワイトソックス戦で復帰後初勝利を挙げる。28日のシアトル・マリナーズ戦ではイチローとメジャー初対戦。7月12日のミルウォーキー・ブルワーズ戦では登板間隔の関係からメジャー初の救援登板したが、1回1/3を投げ2安打3失点を喫した。前半戦はWHIP1.14と安定した投球を続けるも3勝5敗、防御率4.67を喫する。8月16日のダイヤモンドバックス戦ではラスティ・ライアルの打球を頭部に受け故障者リスト入りする。9月6日のパドレス戦で復帰し、最終的に規定投球回には達しなかったが、後半戦は5勝2敗、防御率2.98、WHIP1.13と好投を続け、チームは2年連続の地区優勝を果たす。ポストシーズンでは首痛でセントルイス・カージナルスとのディビジョンシリーズは登録を外れ、フィリーズとのリーグチャンピオンシップシリーズで第3戦に先発するが、1回1/3を6失点で降板。チームは前年に続き第5戦で敗退した。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た大家友和

    1月26日にニューヨーク・ヤンキースと1500万ドルの1年契約を結んだ。背番号はドジャース時代と同じ「18」。4月13日のエンゼルス戦で移籍後初勝利を挙げる。24日のテキサス・レンジャーズ戦ではダルビッシュ有と投げ合い、6回2/3を5安打2失点に抑えるも3敗目を喫した。6月13日のブレーブス戦ではNPB/MLB通算150勝を達成。17試合の登板で8勝7敗、防御率3.50、WHIP1.26の成績で前半戦を終える。7月18日のトロント・ブルージェイズ戦では、野茂英雄、大家友和に次いで日本人史上3人目となるメジャー通算50勝を達成。試合は7回雨天コールドのため、記録上完封勝利となった。23日のシアトル・マリナーズ戦では、この日トレードでヤンキースに移籍したイチローと共に先発出場し、7回を3安打1失点9奪三振の好投で野茂英雄以来日本人選手史上2人目となる3年連続の10勝目を挙げる。8月14日のレンジャーズ戦では、日本人選手単独2位のメジャー通算52勝目となるシーズン2度目の完封勝利を挙げ、監督のジョー・ジラルディに「今季の投手陣の中で最高の投球内容だった」と絶賛された。9月16日のタンパベイ・レイズ戦ではメジャー移籍後自己最多の14勝目を挙げ、2年連続の200投球回にも到達した。レギュラーシーズン最終戦となった10月4日のボストン・レッドソックス戦では松坂大輔と投げ合い、7回7安打2失点の投球でプロ入り後キャリアハイとなる16勝目を挙げ、チームも地区優勝を決めた。また、防御率3.32はヤンキース先発陣のトップ。投球回219回2/3はリーグ4位。勝率.593はメジャー自己ベストであった。ポストシーズンではボルチモア・オリオールズとのディビジョンシリーズ第3戦に先発し、ポストシーズンでの日本人選手最長となる8回1/3を5安打2失点の投球でチームの勝利に貢献。デトロイト・タイガースとのリーグチャンピオンシップシリーズでは中3日で先発登板し、5回まで走者を出さず、7回2/3を5安打3失点、ポストシーズンでの日本人選手最多となる11奪三振の好投を見せるも黒星を喫し、チームは第4戦で敗退した。11月20日に1500万ドルの1年契約で再契約した。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た赤星憲広

    1000奪三振:2006年4月6日、対阪神タイガース2回戦(倉敷マスカットスタジアム)、5回表に赤星憲広から ※史上117人目黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た橋本将

    初盗塁:2005年5月17日、対千葉ロッテマリーンズ1回戦(福山市民球場)、5回裏に二盗(投手:小野晋吾、捕手:橋本将黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た緒方孝市

    4月2日の巨人戦(マツダスタジアム)で120球を投げて4安打完封勝利を記録した。40代での完封勝利は史上8人目、41歳以上では4人目の快挙であった。7月23日の阪神戦(マツダスタジアム)では7回を投げ5安打無失点で、NPB/MLB通算200勝(NPB:121勝、MLB:79勝)を達成した。NPB・MLB通算200勝は野茂英雄に次いで2人目で、大卒での200勝達成は村山実以来46年ぶり。そして、広島生え抜きの200勝達成は1992年の北別府学以来2人目となる。6月29日のヤクルト戦(マツダスタジアム)で勝利した後の記事で、NPB/MLB通算199勝の内198勝が先発勝利(先発登板時の勝利)であることが紹介された。そのため、8月20日のヤクルト戦(マツダスタジアム)での先発勝利が野茂英雄と並ぶNPB/MLB通算201勝目であると同時に、史上初めて先発勝利のみでNPB/MLB通算200勝を達成。また、大卒投手としてもNPB通算、NPB/MLB通算問わず史上初めて先発勝利のみでの200勝を達成した。8月30日には、新井貴浩、リオオリンピック金メダリスト金藤理絵とともに広島県民栄誉賞の受賞が決定。9月10日の巨人戦(東京ドーム)でNPB/MLB通算202勝目をあげたことで野茂英雄のNPB/MLB通算201勝を抜き、NPB/MLB通算イニング数に続きNPB/MLB通算勝星数においても歴代でトップとなる。広島が優勝マジックを1として迎えた9月10日、東京ドームでの2位巨人との直接対決に先発し、6回6安打3失点で9勝目を挙げた。この試合に勝利した広島は25年ぶり7度目のリーグ優勝を決め、黒田は緒方孝市監督、新井貴浩とともに胴上げされた。10月1日のヤクルト戦(マツダスタジアム)での勝利で、ドジャース所属時の2010年から続けて7年連続2桁勝利を達成。NPBでは40代での2年連続2桁勝利という史上3人目の快挙を達成した。2リーグ制以降では工藤公康以来2人目、右腕投手としては初の快挙である。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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