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  • 黒田博樹

    黒田博樹から見たダン・ヘイレン

    スリークォーターからメジャー時代の平均球速91.9mph(約147.9km/h)の速球(シンカー、フォーシーム)と平均球速86.7mph(約139.5km/h)のフォーク(スプリッター)、平均球速83.8mph(約134.9km/h)のスライダーを投げ分ける本格派右腕で、稀にカーブやカットボールも織り交ぜる。中でもスライダーとフォークはメジャーでも高い評価を獲得し、特にフォークはメジャー時代にはダン・ヘイレンのスプリッターと共に「現役最高のスプリッター」と評された。最速はメジャー移籍前の広島在籍時に計測した157km/h。広島復帰後からカットボールの投球割合を増やしている。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た斎藤雅樹

    は国別対抗戦WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に選出されるも、2月24日の12球団選抜との練習試合で打球を右手に受け負傷。出場辞退を余儀なくされる。5月31日にFA権を取得。6月まで5勝6敗、防御率、WHIP1.11と安定した投球を続け、オールスターゲーム出場直前の7月2日の中日戦からは負け無しの8連勝を記録。7月は4勝0敗、防御率0.84、WHIP0.78の活躍で月間MVPをチームメイトの栗原健太とともに受賞。更に8月も続けて4勝0敗、防御率1.11、WHIP0.86の活躍で月間MVPを連続受賞。球団史上初の2ヶ月連続月間MVP受賞となった。この時、「広島カープの歴史に名前を残せて嬉しい」と発言した。しかし、9月には右ひじを痛めて長期離脱。10月16日の中日戦で救援で復帰登板、プロ初セーブを記録した。この年、13勝6敗1セーブ、WHIP1.00、防御率1.85で最優秀防御率のタイトルを獲得。1点台でのタイトル獲得はの赤堀元之以来、セ・リーグではの斎藤雅樹以来の快挙となった。また、テンポの良い投球を評価されてスピードアップ賞を受賞。オフには監督のマーティ・ブラウンの奨めで渡米し右肘関節のクリーニング手術(数か月で投球可能となる軽い手術)を行った。FA権取得に伴い、10月15日に球団から「4年10億円+生涯保障、指導者手形」という条件を提示される。そして11月6日に4年12億円(基本年俸2億5000万円+単年最大5000万円の出来高込。当初の条件に出来高を上乗せしている)でFA権を行使せずに残留することを表明。「今後も国内他球団の移籍はない」と明言し、国内なら「生涯広島」を宣言した。なおこの契約は、4年の契約期間内で自由にメジャーリーグ挑戦できるようになっていた。FA権を行使せずに残留を決めたこと、残留会見での「僕が他球団のユニフォームを着て、広島市民球場でカープのファン、カープの選手を相手にボールを投げるのが自分の中で想像がつかなかった」、「僕をここまでの投手に育ててくれたのはカープ。そのチームを相手に僕が目一杯ボールを投げる自信が正直なかった」と発言した。また、この年の選手会のベストエピソード賞に選ばれ、黒田の野球用具を担当するSSKは、社を挙げて黒田をキャンペーンすることを決定した。そして市民に感動を与えたことが評価され、広島市は「広島市民表彰」を黒田に授与すると発表した(球団4人目)。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た近藤弘基

    2000投球回:2016年8月27日、対中日ドラゴンズ18回戦(ナゴヤドーム)、3回裏無死から近藤弘基をセカンドゴロに打ち取り、1死目を奪い達成 ※史上88人目黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た佐々岡真司

    はそれまでのエース・佐々岡真司に代わって初の開幕投手となる。前半は不調で勝てない時期が続いたが、後半から本来の調子を取り戻し、最終的に13勝を挙げ3年連続2桁勝利を達成し、自身初となる投球回200イニング以上を果たした。アテネオリンピック野球アジア予選にも出場。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た鈴木清明

    も開幕投手を務め、長谷川良平以来球団2人目の5年連続開幕投手となる。またデーゲームは大の得意で、6月3日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦では2003年7月6日からのデーゲーム13連勝を記録した。7月14日の東京ドームでの読売ジャイアンツ戦にて通算100勝を達成した(ちなみにプロ初勝利も東京ドームでの巨人戦だった)。オールスターゲームに2度目のファン投票選出で4度目の出場。例年夏場を得意としていたが、この年の8月からはクオリティ・スタートすら守れない試合が続き、8月と9月は2勝3敗、防御率4.58、WHIP1.48を喫した。10月18日にFA権を行使する事を明らかにした。MLB球団は以前から黒田に目を付けており、特にテキサス・レンジャーズゼネラル・マネージャーのジョン・ダニエルズが興味を示した発言をしていた。ジョー・アーボンとスティーブ・ヒラードと代理人契約を結び、12月1日に球団本部長の鈴木清明へメジャー挑戦を決断したことを報告。記者会見では「評価されるのもカープのおかげで、また日本に帰ってプレーするならこのチームしかない」とも語った。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た安仁屋宗八

    は春季キャンプが終了したのち、2軍でのスタートとなる。広島東洋カープ由宇練習場での練習試合に中継ぎ投手として登板するも、1イニング10失点を喫する。当時の2軍監督である安仁屋宗八は打たれ続けても交代させずに3アウトを取るまで投げさせた。4月25日の対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)にて初登板・初先発・初勝利・初完投の快挙を達成。その後も同じく新人の澤崎俊和と共に先発ローテーションに入り、勝ち星こそ伸びず負けが先行したが規定投球回をクリアした。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見たオーレル・ハーシュハイザー

    は4月4日のサンディエゴ・パドレス戦でメジャーデビューし、初勝利を挙げた。5月21日のシンシナティ・レッズ戦では8回を5安打2失点に抑え、9回には斎藤隆が無安打無失点で抑え勝利し、日本人史上初の同試合での先発勝利とセーブ達成を記録。27日のシカゴ・カブス戦では福留孝介とメジャー初対戦する。6月6日のカブス戦では9回4安打無失点11奪三振無四球の快投でメジャー初完封を記録。しかし19日に右肩腱炎で故障者リスト入り。7月2日のヒューストン・アストロズ戦で復帰し、7日のアトランタ・ブレーブス戦では7回終了時点まで完全試合の9回1安打無失点で完封勝利を挙げ、最終的にも走者は8回に出した1人しか許さなかった。新人投手が8回途中まで完全試合を続けるのは、のオーレル・ハーシュハイザー以来初めてで、完全試合を達成していれば、サンディ・コーファックスに次ぐドジャース史上2人目、日本人メジャー初の快挙となっていた。前半戦は17試合の先発で5勝6敗、防御率3.43、WHIP1.20の成績で折り返し、後半戦初戦となった18日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦に先発するも2回6失点を喫し降板。その後も監督のジョー・トーリから「どちらが本当の彼なのか」と言われるなど好不調の激しい登板を繰り返したが、8月からは11試合の先発で4勝2敗、防御率2.56、WHIP1.03と好投。シーズン通算では防御率とWHIP、クオリティ・スタートでリーグ20傑に入り、FIPではリーグ9位の3.59を記録する。ポストシーズンではカブスとのディビジョンシリーズ第3戦に先発し、6回1/3を6安打無失点の好投で勝利投手となり、リーグチャンピオンシップシリーズに進出。フィラデルフィア・フィリーズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第3戦に先発し、6回0/3を5安打2失点の投球で勝利投手となる。この試合でシェーン・ビクトリーノの頭部付近への投球が騒動となり罰金が科せられた。チームは第5戦で敗退。オフには翌年の第2回WBC日本代表の第一次候補に挙げられたが辞退する。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見た筒井壮

    元プロ野球選手の父・黒田一博が監督を務めたボーイズリーグのチーム・オール住之江に所属。上宮高に進学。高校では控え投手。同級生には筒井壮(元阪神)、西浦克拓(元日本ハム)らがいる。上宮高から東都の専修大学へ進学。チームは4年生春から東都大学1部リーグに昇格し、1996年春、同年から大学野球でのスピードガン場内表示が始まった神宮球場において、球速150km/hを計測している。1部リーグ通算6勝。、ドラフト逆指名2位で広島東洋カープに入団。背番号15(背番号15は引退後、広島球団3人目の永久欠番となった)。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見たCC・サバシア

    4月25日のエンゼルス戦で自己ワーストの8失点を記録するなど5月までは防御率4.56、WHIP1.32を喫する。7月初旬にはCC・サバシアや田中将大の故障者リスト入りにより、開幕から先発ローテーションを守る唯一の投手となり、前半戦は19試合の先発で6勝6敗、防御率4.10、WHIP1.21の成績で折り返す。7月25日のブルージェイズ戦で日本人史上2人目のメジャー通算200先発に到達。30日のレンジャーズ戦では黒田と入れ替わりで広島に所属していたコルビー・ルイスと投げ合うが黒星を喫し、QS達成での敗戦数が現役選手最多の30敗となった。8月25日には広島市の土砂災害の被災者への義援金を送ったことを発表。28日のデトロイト・タイガース戦で日本人選手では野茂英雄以来の5年連続規定投球回に到達。9月3日のレッドソックス戦では前年の自らの記録を更新する5年連続二桁勝利に到達。14日のオリオールズ戦ではNPB/MLB通算3000投球回に到達。シーズン最終登板となった25日のオリオールズ戦では、完投すれば自身3年連続200投球回達成という状況の中、8回2失点と好投するが、9回にデビッド・ロバートソンが同点打を許し勝ち星を逃す。この試合ではシーズンを通しての黒田の好投と貢献度を見てきた監督のジョー・ジラルディから、9回もいったんマウンドに上がりファンに見送られながら降板することも提案されていたが、デレク・ジーターの現役最後のホームゲームだったことから「今日は僕の日じゃないので」と断ったという。チームは2年連続でポストシーズン出場を逃したが、後半戦は13試合の先発で5勝3敗、防御率3.16、WHIP1.03の成績を残し、チームの先発投手で唯一開幕から先発ローテーションを守った。日本人初のMLB全30球団勝利は持ち越したシーズン終了後FAとなった 。11勝は田中の13勝に次ぐチーム2位、奪三振数はチームトップの146だったが、ヤンキースはFA選手に対して1年契約を提示するクオリファイング・オファーを申請せず、その後古巣のドジャースがオファーを提示したことが報じられ、この他にパドレスも1800万ドルのオファーを提示したことが報じられた。黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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    黒田博樹から見たニック・ハンドリー

    3000投球回:2015年9月14日、対ボルチモア・オリオールズ戦(オリオールパーク)、3回無死 ニック・ハンドリー(三ゴロ) ※史上2人目(日米)黒田博樹 フレッシュアイペディアより)

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