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  • レーティッシュ鉄道ABe4/4 31-37形電車

    レーティッシュ鉄道ABe4/4 31-37形電車から見たアセア・ブラウン・ボベリアセア・ブラウン・ボベリ

    1908年から1910年にかけてにベルニナ鉄道として開業したレーティッシュ鉄道のベルニナ線は開業当初はDC750Vで、その後1935年からはDC1000Vで電化されており、旅客列車および貨物列車は電車による牽引での運転とすることとして導入された機体が原形式BC4 1-14形として1908-09年に14両が製造された本形式で、70パーミルの急勾配での運転に対応した山岳鉄道用の電車となっており、車体、機械部分、台車の製造をSIG、電機部分、主電動機の製造をAlioth(のちにBBCに合併)が担当し、抵抗制御による定格出力206kW/750Vもしくは265kW/1000V、最大牽引力76.5kNを発揮する強力機で価格は1両65,000スイス・フランとなっている。その後、BC4 1-14形はBCe4/4 1-14形に形式変更され、1922年には忌み番のため利用者に不評であった13号機が15号機に改番されたことによりBCe4/4 1...15形となり、一部の機体は廃車となったものの、最終的には計7両が制御装置および主電動機など電機品の更新により架線電圧DC1000VおよびDC2200Vの複電圧対応に改造してクール・アローザ線兼用機とされたABe4/4 31-34号機と1000V用のまま電機品を更新したベルニナ線専用機のABe4/4 35-37号機となったほか、4両が事業用機に改造されて使用されており、製造後100年が経過した現在でもABe4/4 34号機および事業用機に改造されたXe4/4 9923、9924号機の計3両が使用されている。なお、本形式は準同形機であるBCFe4 21-23形→ABe4/4 30形、BDe4/4 38形とともにABe4/4I形と総称されることもあり、また、複電圧機であるABe4/4 31-34形と1000V専用のABe4/4 35-37形に分けて扱われることもある。各機体の経歴は以下の通り。レーティッシュ鉄道ABe4/4 31-37形電車 フレッシュアイペディアより)

  • スイス国鉄RABDe510形電車

    スイス国鉄RABDe510形電車から見たアセア・ブラウン・ボベリアセア・ブラウン・ボベリ

    スイス最大の都市であるチューリッヒからチューリッヒ湖北岸のマイレンを経由してラッパースヴィールへ至る通称ゴールド・コースト線では古くから都市近郊列車が運行されており、1929年 以降Fe4/4形、Ce4/6形電車が2軸/3軸客車および片側に運転室を持つ2軸ボギー式制御客車を牽引するシャトルトレインが運行されていたが、その後1960年代にはこの路線を30分間隔で運転する計画が立案され、専用の高加減速性能を持つ機材が必要となったために用意された車両が後の称号改正でRABDe510 形となる20編成のRABDe12/12形である。本形式はスイス国鉄初の本格的な固定編成、全電動車方式の電車で、当時のスイス国鉄の車両は緑色塗装が標準であったものがRAe2/4形”赤い矢"号などの軽量高速電車と同じ赤色塗装とされていたことも特徴であり、その運行路線から”ゴールド・コースト・エクスプレス”、もしくはその高加減速性能から当時スイス軍航空隊に配備されつつあったミラージュ III戦闘機の名をとって"ミラージュ”と呼ばれることとなった。その後本形式はゴールド・コースト線で使用され続け、1990年にチューリッヒSバーンが発足するとSバーン各線で使用されるようになり、1996-2001年には更新改造を実施して新しい UIC方式の形式名であるRABDe510形となって2010年12月のダイヤ改正で全車が運用を外れるまで終始チューリッヒ近郊で使用され続けた。このRABDe510形は3両固定編成の前位側から各車11XX/1、11XX/2、11XX/3(XX:編成番号)と呼ばれており、12編成がSWPを主発注先として1963年7月に5,700万スイス・フランで発注され、台車および両先頭車の車体の製造をSWP、中間車の車体をFFA、電機品の製造はSAAS、主電動機、駆動装置はBBCがそれぞれ担当しており、低圧タップ切換制御による全電動車方式のにより、起動-約80km/hまで加速度0.87m/s2、停止→120km/h加速時間約45秒の高加速性能を有している。スイス国鉄RABDe510形電車 フレッシュアイペディアより)

  • スイス国鉄Re620形電気機関車

    スイス国鉄Re620形電気機関車から見たアセア・ブラウン・ボベリアセア・ブラウン・ボベリ

    スイス国鉄がAe6/6形に続く山岳区間用の貨物列車および旅客列車用の牽引用にRe6/6形として89両を製造した電気機関車で、ヨーロッパ機では例の少ないBo'Bo'Bo'の車軸配置と、高圧タップ切換制御による、最大394kNの牽引力と140km/hの最高速度を特徴とする強力機である。まず試作として1972年に縦連接車体の2両と通常車体の2両が、その後通常車体の量産車が1975年から1979年にかけて85両製造されている。現在ではUIC方式の新しい形式名であるRe620形となり、機体の形式番号の変更が進められているほか、全機がスイス国鉄の貨物輸送部門であるSBBカーゴの所属となっている。本機は車体、機械部分、台車の製造をSLMが、電機部分、主電動機の製造をBBCが担当しており、製造時にスイス国鉄が提示した性能要件は以下のとおりであった。スイス国鉄Re620形電気機関車 フレッシュアイペディアより)

  • デザーテック

    デザーテックから見たアセア・ブラウン・ボベリアセア・ブラウン・ボベリ

    EU-MENA地域でデザーテックを実現させるプロジェクトは、Munich Re を中心とするヨーロッパとアルジェリアの企業がミュンヘンで結成したコンソーシアム DII GmbH が発展させている。プロジェクト会社はドイツの法に従って結成された。コンソーシアムのメンバーは DESERTEC Foundation、Munich Re、ドイツ銀行、シーメンス、ABB、E.ON、RWE、Abengoa Solar、Cevital、HSHノルトバンク、M & W Zander Holding、MAN Solar Millennium、Schott Solar である。報道ではメンバー以外の関係企業も洗い出しており、エネル、フランス電力公社、Red Eléctrica de España、モロッコやチュニジアやエジプトの企業を挙げている。DII GmbH のCEOはエネルギー業界で国際的に活躍してきた Paul van Son である。デザーテック フレッシュアイペディアより)

  • レーティッシュ鉄道Ge6/6 I形電気機関車

    レーティッシュ鉄道Ge6/6 I形電気機関車から見たアセア・ブラウン・ボベリアセア・ブラウン・ボベリ

    1921年に6両製造された。これはアルブラ線が1919年に電化された事にあわせての事だった。従来のGe2/4形やGe4/6形よりも強力だった。製造したのはSLM、BBCとMFOである。1929年までにレーティッシュ鉄道は15両を投入して旧来の蒸気機関車を置き換えた。また、現在まで続く氷河急行にも充当されている。レーティッシュ鉄道Ge6/6 I形電気機関車 フレッシュアイペディアより)

  • スイス国鉄Re420形電気機関車

    スイス国鉄Re420形電気機関車から見たアセア・ブラウン・ボベリアセア・ブラウン・ボベリ

    1960年代のスイス国鉄では、増大する輸送量と機材の老朽化による機関車が不足する状況となっており、特に最高速度110km/h以上の性能を持つ機体は、最高速度125km/hでスイス国鉄初の軽量高速機であるRe4/4I(現Re410)形50機と、ゴッタルド鉄道トンネルを擁するスイス国鉄のアルプス越えルートのゴッタルドルート用の強力勾配用機で最高速度120km/hのAe6/6(現Ae610)形120機、旧型のAe3/6I形のうち110km/h対応の通称Ae3/6I-110形78機のみであり、Re4/4I形は1時間定格出力1830もしくは1854kWの小型機、Ae6/6形は当時はゴッタルド線のほぼ専用機で、かつ曲線通過性能の低い速度区分"A"の機体であった。1960年代に入って、機材の近代化の一環としてローカル列車の牽引用で一時間定格出力1988kWの性能を持つRBe4/4(現RBe540形)形電車が1963-66年に82両が導入されていたが、本線用機は経年の進んだ機体が多く、本格的な本線用の機関車の開発が必要であった。このような中、本線の列車の近代化と高速化を目指し、Bo'Bo'の車軸配置、140km/hの最高速度と、高い曲線通過能力を持つ機体として開発、導入されたのが本形式であり、一時間定格出力4650kWの性能を持つ中型万能機として276機が導入された、スイス国鉄を代表する機関車である。当時、同じスイスの私鉄であるベルン-レッチュベルグ-シンプロン鉄道では、1964年に高圧タップ切換制御とシリコン整流器、直流直巻整流子電動機を組み合わせにより高い粘着性能を確保して最大牽引力を334kNとしたRe4/4(現Re425形)形を導入していたが、スイス国鉄では機材不足を早急に補うことを優先して実績のある高圧タップ切換制御と交流整流子電動機の組み合わせを採用することとしたために最大牽引力は255kNにとどまったものの、台車の中梁を省略して固定軸距を短縮したり、前後の台車をリンクで連結したりするなどの機構の採用により、高い曲線通過性能を確保しているのが特徴となっている。本形式はまず試作として1964年に6機が、その後主電動機の変更等がされた量産機が1955年から1983年にかけて車体長や屋根上機器配置等若干の改正をしながら249両が導入された後、後継機となるはずであったRe4/4IV(現Re440)形が1982年の試作機4両のみで開発が中止となった代替として1984-85年に導入された27機に至るまで生産が続けられ、この間貨物用機として歯車比を変更したRe4/4III(現Re430)形や、各私鉄におけるそれらの同型機などいくつかの派生型も生産されているほか、改造によりドイツ国内乗り入れ用のRe421形も導入されている。本形式はTEEや振り子式専用客車によるスイスエクスプレス、また、ゴッタルドルートやシンプロンルートでの貨物列車、制御客車を編成端に連結した都市近郊列車などスイス国内の多くの路線、列車で運行され、現在では事故などにより一部が廃車となっているものの、UIC方式の新しい形式名であるRe420形となって機体の形式番号の変更が進めらながら、ほぼ全機がスイス国鉄旅客部門、貨物部門(SBBカーゴ)の双方で運行され、一部機体には新しい欧州共通信号システムであるETCSの搭載も進められている。本形式は車体、機械部分、台車の製造をSLMが、電機部分、主電動機の製造をBBCとMFO、SAASが担当しており、各ロットの機番及びSLM製番、製造所、仕掛年、製造年は以下のとおりスイス国鉄Re420形電気機関車 フレッシュアイペディアより)

  • イギリス国鉄マーク2客車

    イギリス国鉄マーク2客車から見たアセア・ブラウン・ボベリアセア・ブラウン・ボベリ

    このダービー工場はイギリス国鉄民営化時にABBに売却されたが、後にABBの鉄道部門はアドトランツを経てボンバルディア・トランスポーテーションが買収した。このため現在ではボンバルディア・トランスポーテーションの鉄道車両工場として存続しており、2005年にアルストムが旧メトロキャメルのバーミンガム工場を閉鎖した後は、イギリス国内唯一の鉄道車両工場となっている。イギリス国鉄マーク2客車 フレッシュアイペディアより)

  • レーティッシュ鉄道De2/2 151形電動貨車

    レーティッシュ鉄道De2/2 151形電動貨車から見たアセア・ブラウン・ボベリアセア・ブラウン・ボベリ

    1908年にベルニナ鉄道として開業したレーティッシュ鉄道のベルニナ線の入換用および小貨物列車や工事列車用として1909年にFe2 51号機として製造された電動貨車で、車体、機械部分、台車の製造をSIG、電機部分、主電動機の製造をAlioth(のちにBBCに合併)が担当した。抵抗制御による定格出力104kW/750Vもしくは154kW/1000V、最大牽引力24.5kNの小型機で、ベルニナ鉄道がレーティッシュ鉄道と合併したことに伴いFe2/2 51号機となり、その後称号改正によりDe2/2 151号機となったが、木製車体の鋼体化、ブレーキの改良など改造を受けながら100年以上の長きに渡って使用されている。レーティッシュ鉄道De2/2 151形電動貨車 フレッシュアイペディアより)

  • マッターホルン・ゴッタルド鉄道Deh4/4 II形電車

    マッターホルン・ゴッタルド鉄道Deh4/4 II形電車から見たアセア・ブラウン・ボベリアセア・ブラウン・ボベリ

    ブリーク・フィスプ・ツェルマット鉄道BVZ(Brig-Visp-Zermatt-Bahn)と合併してMGBとなる以前のフルカ・オーバーアルプ鉄道(Furka-Oberalp-Bahn(FO))がローカル列車牽引用に1979年と1984年にそれぞれ4両と2両を製造したラック式の荷物電車で、車体、機械部分、台車の製造をSLM、電機部分、主電動機の製造をBBCが担当し、高圧タップ切換制御により1時間定格出力1032kW、牽引力247kNを発揮する強力機で、最大勾配179パーミルで114tの列車を牽引可能な性能を持つ。なお、それぞれの機番とSLM製番、機体名(主に沿線の街の名称、各機体にエンブレムが設置される)は下記のとおりである。マッターホルン・ゴッタルド鉄道Deh4/4 II形電車 フレッシュアイペディアより)

  • ツェントラル鉄道Deh120形電車

    ツェントラル鉄道Deh120形電車から見たアセア・ブラウン・ボベリアセア・ブラウン・ボベリ

    2005年1月1日にルツェルン-シュタンス-エンゲルベルク鉄道と統合してツェントラル鉄道となったスイス連邦鉄道(スイス国鉄)の唯一の1m軌間の路線で、途中にリッゲンバッハ式ラック区間を有するブリューニック線は、1888-89年にルツェルン - ブリエンツ間が、1916年にブリエンツ - インターラーケン・オスト間が非電化で開業し、蒸気機関車が客車や貨車を牽引する列車で運行されていた。しかし、その後第二次世界大戦の影響による石炭の価格高騰により1941年11月18日にルツェルン - マイリンゲン間が、1942年12月24日にマイリンゲン - インターラーケン・オスト間がそれぞれ電化され、これに際して1941-42年にスイス国鉄がFhe4/6形の901-916号機として16両を導入したラック式の荷物電車が本形式であり、その後の称号改正によって1962年にDhe4/6形、1974年にDeh4/6形となり、1993年には新しいUIC方式の形式名であるDeh120形となっている。ブリューニック線は途中ブリューニックの峠超え区間であるギスヴィール - メイリンゲン間のうち約16kmが最急勾配128パーミルのラック区間であるが、その他の約50km以上の粘着区間はほとんどが最急勾配20パーミル以下の勾配の緩やかな路線であり、蒸気機関車による運行であった際にはG3/4形などの粘着区間専用機と、HG3/3形などのラック区間兼用機とを併用していたが、Fhe4/6形は運行の効率化を図るため1機種で全線の運行を賄うこととしている。そのため、粘着区間では最高速度、定格速度を確保し、ラック区間での牽引力を確保しつつ定格速度を低く設定する目的で、当時フルカ・オーバーアルプ鉄道のHGe4/4I形などの中形電気機関車にも採用されていた2軸ボギー台車にラック用ピニオンと粘着動輪とを同一の主電動機で駆動する駆動装置を2基組込んで車軸配置をBo'zzBo'zzとする方式ではなく、粘着動輪のみの2軸ボギー台車の間にラック区間用ピニオンを搭載したピニオン台車を配置する方式の車軸配置Bo'2'zzBo'としているのが特徴となっている。製造は車体、機械部分、台車をSLM、電機部分、主電動機をBBC、SAASおよびMFOが担当しており、高圧タップ切換制御により1時間定格出力920kW/970kW、牽引力62.4/129.0kN(粘着区間/ラック区間)を発揮する強力機であり、最大勾配120パーミルで60tの列車を牽引可能な性能を持つ。なお、それぞれの機番と製造年、製造所、SLM製番、UIC形式・機番の履歴は下記の通りであり、当初の計画ではBBC製の電機品を搭載する機体を901-907号機、MFO製のものが908-912号機、SAAS製のものが913-916号機となる予定であったが、工期の都合によりBBC製とSAAS製とで一部機番が変更となっている。ツェントラル鉄道Deh120形電車 フレッシュアイペディアより)

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