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    DDTプロレスリングから見た鈴木鼓太郎

    上記の他団体派遣で飯伏幸太らが参戦を果たし、更にはGPWAへの加入もあってかプロレスリング・ノアとのパイプも出来て(ちなみに高木とノアの仲田龍取締役とは以前から交流があった)、4月1日の後楽園ホール大会で丸藤正道がノア所属選手として初めてDDTマットに立った。以降も飯伏がノアのシリーズにスポット参戦したり、マッスル坂井の対戦相手として森嶋猛が逆にDDT参戦を果たし、更には12月9日の新潟フェイズサヨナラ興行には、ノアの総帥・三沢光晴が「超大物X」としてシークレット参戦(鈴木鼓太郎とのタッグで高木・坂井組と対戦。ちなみに当初は坂井ではなく、偽沢光晴こと一宮が対戦する予定だったが、一宮が肺気胸のため参戦をキャンセルした)を果たした。DDTプロレスリング フレッシュアイペディアより)

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    DDTプロレスリングから見たKUDO

    (二代目店長:KUDO、レスラースタッフ:伊橋剛太、ばってん多摩川(西口プロレス)、妻木洋夫、大家健 他)DDTプロレスリング フレッシュアイペディアより)

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    DDTプロレスリングから見た泉州力

    2005年に一宮が引退し社長も辞任。そのため2006年1月29日後楽園大会にて社長職をかけて高木、三和兄弟(三和会長と弟の三和太)、泉州力、大鷲透、ゴージャス松野、すぎはら美里、子川直也、大家健、ヨシヒコの10人でロイヤルランブルを行い、優勝した高木が4代目社長に就任した。DDTプロレスリング フレッシュアイペディアより)

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    DDTプロレスリングから見たNOZOMI

    2012年設立された女子プロレス団体。DDT内に事業部として置かれ、独立した路線を歩む。2013年より新人選手のみで本格始動。なお、所属第1号だったNOZOMI(元NEO女子プロレスのだいのぞみ)は本旗揚げ前に退団。DDTプロレスリング フレッシュアイペディアより)

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    DDTプロレスリングから見たばってん多摩川

    (二代目店長:KUDO、レスラースタッフ:伊橋剛太、ばってん多摩川(西口プロレス)、妻木洋夫、大家健 他)DDTプロレスリング フレッシュアイペディアより)

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    DDTプロレスリングから見た佐々木貴

    2007年7月、東京・歌舞伎町にオープンしたスポーツバー。30席のフロアに大型スクリーンを設置。日替わりイベントや佐々木貴(FREEDOMS)をはじめとするDDT以外のレスラープロデュースなど開催している。また、DDTの記者会見場としても使用されている。DDTプロレスリング フレッシュアイペディアより)

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    DDTプロレスリングから見た澤宗紀

    KO-Dタッグを獲った高木三四郎と澤宗紀の「変態大社長」タッグは混沌としたインディーマットを掻き乱し、ベルトの価値を高めるべくDDT外のリングや路上でオファーがあればどことでも防衛戦を行うことを宣言。その後、DDTのスポンサーでもある宮地鉄工所の敷地内などで王座を防衛、以降、公園、商店街、駐車場、両国国技館全域といった路上を中心に防衛を重ねていく。DDTプロレスリング フレッシュアイペディアより)

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    DDTプロレスリングから見た後藤達俊

    新日本プロレスを退団した田中秀和リングアナが参戦。高木とのファンタジープロレス論で口論となり、長井満也、ポイズン澤田JULIEと同期である後藤達俊を引きつれ乱入。田中は澤田の呪文を無視する行動に出たため、澤田は呪文の修行で一時離脱。DDTプロレスリング フレッシュアイペディアより)

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    DDTプロレスリングから見た藤田ミノル

    藤田ミノル(東京愚連隊、出入り禁止)DDTプロレスリング フレッシュアイペディアより)

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    DDTプロレスリングから見たエル・ジェネリコ

    2008年に飯伏がROH遠征を決行。飯伏と対戦したエル・ジェネリコが後にDDTへの来日を果たし、KO-D無差別級王座も戴冠した。ケニーも来日前に定着参戦していた。DDTプロレスリング フレッシュアイペディアより)

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