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    JUDY AND MARYから見たTAKUYA

    TAKUYA(タクヤ、1971年9月9日 -、京都府出身)ギター担当。JUDY AND MARY フレッシュアイペディアより)

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    JUDY AND MARYから見た五十嵐公太

    五十嵐公太(いがらし こうた、1963年1月17日 -、神奈川県出身)ドラムス担当。JUDY AND MARY フレッシュアイペディアより)

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    JUDY AND MARYから見たエピックレコードジャパン

    1993年2月、前述の理由でメジャーデビューを辞退した藤本泰司に代わる形でオーディションによりTAKUYAが加入。同年9月にエピックソニーよりシングル「POWER OF LOVE」でメジャーデビュー。JUDY AND MARY フレッシュアイペディアより)

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    JUDY AND MARYから見たボーカル

    YUKI(ユキ、1972年2月17日 -、北海道出身)ボーカル担当。JUDY AND MARY フレッシュアイペディアより)

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    JUDY AND MARYから見た佐久間正英

    1994年1月、アルバム『J・A・M』発表。12月、佐久間正英プロデュースによるアルバム『ORANGE SUNSHINE』を発表。オリコンチャート初登場5位を記録し。同アルバムを引っ提げて行なわれたツアー『ORANGE SUNSHINE TOUR』では初の渋谷公会堂公演を行なう。この頃、公式ファンクラブ「JAMP」が発足。JUDY AND MARY フレッシュアイペディアより)

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    JUDY AND MARYから見たJACKS'N'JOKER

    1991年6月、ヘヴィメタルバンド「JACKS'N'JOKER」のメンバーとしてメジャーデビューしていた恩田が、映画『いつかギラギラする日』の撮影で北海道を訪れた際、エキストラとして参加していた当時短大生のYUKIと知り合う。映画スタッフ達との飲み会の場で、YUKIが「バンドをやりたいけどどうすればいいのかわからない」と恩田に相談した事がきっかけで、その後YUKIにデモテープを送ってもらった恩田がそれを聴いたところ歌声を気に入りボーカルに抜擢、1992年2月、YUKI、恩田、藤本泰司を中心に結成。同年4月、インディーズレーベルよりアルバム『BE AMBITIOUS』を発表。11月、サポートメンバーだった五十嵐公太が正式に加入。この頃は、メインのバンドを持つ恩田のサイド・ソロ・プロジェクトに近く、メンバー全員そのつもりでおり、このバンドでのデビューは目指していなかった。そのため、制作やライブの費用は全て恩田が負担し、メンバーにはギャラを支払っていた。恩田も「YUKIちゃんもこのアルバムを名刺代わりに(業界入り)出来れば」と話していた。この時点では一過性のつもりであり、アルバム発表・ライブ後は既に解散状態になっていた。JUDY AND MARY フレッシュアイペディアより)

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    JUDY AND MARYから見たワタナベノブタカ

    2001年1月9日に全国紙朝刊の全面広告で解散を発表。。24日に、オリジナルとしてはラストシングルとなる「ラッキープール」をリリース。2月にワタナベノブタカとの共同プロデュースによる2年8ヶ月ぶりにして最後のオリジナル・アルバム『WARP』が発売され、当日からラストライブツアー『WARP TOUR』をZepp Sapporoより開催し、各地のアリーナ会場・ドーム会場を廻り、3月7日、8日の東京ドーム2Daysライブをもって解散。翌日9日に『WARP』収録曲の「PEACE」にストリングスアレンジを加えた「PEACE -strings version-」を限定生産シングルとして発売。同年5月、ファン投票を元に選曲された2枚組みベスト・アルバム『The Great Escape -COMPLETE BEST-』を発売し100万枚に迫るセールスを記録。また、同月に『WARP TOUR』東京ドーム公演の模様を収めたDVDを発売。6月、最後の新録ミュージック・ビデオを納めたDVD『PEACE』をリリース。監督は、2007年カンヌ国際映画祭グランプリを受賞した河瀬直美。JUDY AND MARY フレッシュアイペディアより)

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    JUDY AND MARYから見た恩田快人

    恩田快人(おんだ よしひと、1963年12月13日 -、兵庫県出身)ベース担当、リーダー。JUDY AND MARY フレッシュアイペディアより)

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    JUDY AND MARYから見た藤本泰司

    1991年6月、ヘヴィメタルバンド「JACKS'N'JOKER」のメンバーとしてメジャーデビューしていた恩田が、映画『いつかギラギラする日』の撮影で北海道を訪れた際、エキストラとして参加していた当時短大生のYUKIと知り合う。映画スタッフ達との飲み会の場で、YUKIが「バンドをやりたいけどどうすればいいのかわからない」と恩田に相談した事がきっかけで、その後YUKIにデモテープを送ってもらった恩田がそれを聴いたところ歌声を気に入りボーカルに抜擢、1992年2月、YUKI、恩田、藤本泰司を中心に結成。同年4月、インディーズレーベルよりアルバム『BE AMBITIOUS』を発表。11月、サポートメンバーだった五十嵐公太が正式に加入。この頃は、メインのバンドを持つ恩田のサイド・ソロ・プロジェクトに近く、メンバー全員そのつもりでおり、このバンドでのデビューは目指していなかった。そのため、制作やライブの費用は全て恩田が負担し、メンバーにはギャラを支払っていた。恩田も「YUKIちゃんもこのアルバムを名刺代わりに(業界入り)出来れば」と話していた。この時点では一過性のつもりであり、アルバム発表・ライブ後は既に解散状態になっていた。JUDY AND MARY フレッシュアイペディアより)

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    JUDY AND MARYから見たカンヌ国際映画祭

    2001年1月9日に全国紙朝刊の全面広告で解散を発表。。24日に、オリジナルとしてはラストシングルとなる「ラッキープール」をリリース。2月にワタナベノブタカとの共同プロデュースによる2年8ヶ月ぶりにして最後のオリジナル・アルバム『WARP』が発売され、当日からラストライブツアー『WARP TOUR』をZepp Sapporoより開催し、各地のアリーナ会場・ドーム会場を廻り、3月7日、8日の東京ドーム2Daysライブをもって解散。翌日9日に『WARP』収録曲の「PEACE」にストリングスアレンジを加えた「PEACE -strings version-」を限定生産シングルとして発売。同年5月、ファン投票を元に選曲された2枚組みベスト・アルバム『The Great Escape -COMPLETE BEST-』を発売し100万枚に迫るセールスを記録。また、同月に『WARP TOUR』東京ドーム公演の模様を収めたDVDを発売。6月、最後の新録ミュージック・ビデオを納めたDVD『PEACE』をリリース。監督は、2007年カンヌ国際映画祭グランプリを受賞した河瀬直美。JUDY AND MARY フレッシュアイペディアより)

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