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  • 遠藤聖大

    遠藤聖大から見た嘉風雅継嘉風雅継

    子供の頃は突き押しを得意としていたが、大学に入学してから四つになることが段々多くなった。柔軟な下半身と相撲の基礎に支えられた四つ相撲を得意とする。重心の低さや、当たりの角度、上手の位置が絶妙であると評されている。土俵際での器用な足さばきで逆転を狙う技術もある。大至伸行は2014年3月場所前の座談会で「立合いも腰から出る」と下半身の強さを評価している。一方で、廻しが取れないと苦戦を強いられる傾向があり、強い立合いの当たりを受けると多くの場合は一気に土俵外へ出される。「圧力をもっとつけて、自分から攻めていかないと大ケガにつながる。」と受け身の相撲の弊害を指摘する声もあり、本人もこれについて「当たってからいなされたり、はたかれたりすることを気にしないことが大事。」と自覚している。2016年の文献では北の富士が「あれの偉いのは、真っ向勝負で行くから。立合いに変化しないしね。その辺が人気があるんじゃないですかね」と評している。柔軟性に頼った受けの相撲を取るため2015年から右足を中心として足腰のけがに悩まされるようになったが、2016年の後半あたりから足腰の状態が良くなった。2016年11月場所7日目の鶴竜戦は突き落としで敗れたが、勝った鶴竜が「いい当たりをしてきたので変わったな、と思った。前は頭で突っ込んでくることはなかった」と成長ぶりを認めている。2017年3月場所前の座談会では竹縄(元関脇・栃乃洋)が「遠藤は九州場所あたりから相撲に重みが出てきた」と評しており、甲山(元幕内・大碇)も「体もひと回り大きくなって、いよいよ三役も近い印象です」と話している。それほど力強さがあるわけではなく、舞の海は「遠藤の相撲は分かりやすいですね。馬力のある人には土俵際も残せない。そうでない人には組み止めて勝つ」と思うところを述べている一方で「後は患部がどこまで回復するかです。相撲は直すところが全くない」とその相撲の完成度に触れている。2017年5月場所11日目に嘉風を破った際、嘉風は「ああ疲れた。遠藤は左を差したらうまい。攻めたようだが、攻めさせられた」と遠藤の取り口について触れている。大兵を相手には下からの攻めが冴え、2017年5月場所初日に照ノ富士を破った際には「相手が大きいので、臆せず下から攻められた」と自身の取り口について示唆している。2017年7月場所後の武蔵川のコラムでは、立合いも流れも遅く、然して大きくない体で胸から当たる点を指摘され、頭から当たるなど相撲自体を変えていくように助言された。武蔵川は2017年9月場所後になると「年齢的にもまだまだ一皮むけところだし、それには出稽古に行ってボコボコにしてもらってこないといけない」とさらに稽古を積むよう相撲誌の記事で助言した。2017年11月場所前の座談会で舞の海は、遠藤は相変わらず馬力のある力士には弱くて組み止められないと指摘しており、以前他の識者が指摘したように立合いの強化をするように言っている。遠藤聖大 フレッシュアイペディアより)

  • 御嶽海久司

    御嶽海久司から見た嘉風雅継嘉風雅継

    基本的に突き押しを得意とするがとっさの変化も見られる。藤島は新入幕を迎えた御嶽海を「力が強いというよりも、瞬発力なんです。ほかの力士よりコンマ何秒か速いのです」と評しており、NHK大相撲ジャーナルの編集長である緒方喜治は「藤島親方の若いころを思い出すのではないですか」と感想を漏らしている。阿武松は「いちばんいいのは、膝が常に曲がっていることです。だから体の芯がブレません。叩きも食いにくいのです」と評する一方で「ただ、押しきれないときに差すことがありますが、差してしまうとまだまだ。これからの課題です」と注文を付けている。中学生の時にもろ差しになって密着する相撲を取っていたので四つになることもあるが、部屋でも「まわしがないと思って取れ」と押し相撲に徹するように指導されている。あまり稽古熱心でないことでも知られており、2016年11月場所前の座談会では出羽海部屋の部屋付き親方でもある中立からは「入門以来、がっちり稽古をした日はないかもしれない(笑)。何というか、周りに合わせて稽古をしているというか。だから、そのうち、大きなけがをするんじゃないかな。そこが心配だね。ちょっと痛かったりするとすぐに逃げようとするから」と苦言を呈された。朝日山は2016年11月場所前に押しをベースとしてその流れで廻しを取って攻める相撲を評価しており、今後この相撲をどう取ればよいかにつて「具体的に話すと、まずは、丸い体でバンと一発頭から当たります。背中を丸めて、当たる角度も考えます。そして、パンパンパンと弾くような突っ張り、または伸びのある突っ張りで相手をのけぞらします。そして、もう一回しゃがんで中にもぐりこむのです。理想的な形としては嘉風のようなイメージです」と話している。2017年1月場所中の朝日新聞の記事では御嶽海の指導に当たる中立が、場所4日目に鶴竜を破った相撲を指して「俺らの方がビックリしているよ。場所前のけいこでは、春日野部屋の力士に歯が立たないんだもの。でも、本場所の一番になると力を出す。あいつは『場所相撲』だな」とうなった。おっつけは相撲の流れの中で多用することがあり、2017年3月場所7日目の日馬富士戦では敗れはしたがおっつけで土俵際まで追い詰めた。2017年5月場所前の元黒姫山の論評では、土俵の真ん中で四つになることをせずに土俵際まで押し込んで最後に四つになるケースが増えれば、2ケタ白星も楽に狙えるだろうと言われた。ケガを訴えても直後の場所では平気で土俵に上がるタイプであり、2017年5月場所前の西岩(元関脇・若の里)は「何場所か前でしたけど、場所直前にケガをして自力で立てなかったのに、初日はケロッとしていい相撲を取っていましたからね。御嶽海のケガは信用できません(笑)」と発言しており、同時に「いかにも現代っ子というか、入った部屋が良かったんですね」と感想を述べている。2017年5月場所の相撲を見た尾車は「以前は押し相撲だったが、組んでも相撲が取れるようになった」とこの時点での御嶽海を評している。2017年7月場所前のコラムでは、舞の海が「当たってもろ差しといういい意味での癖がついています。また塩を取りに行く時、厳しい顔つきで肩を回したりしますが、朝青龍や日馬富士のように、自分をのせていくのがうまいと思います」「御嶽海は、稽古で負けながらも、相手の癖とか強いところをチェックしているのではないでしょうか。御嶽海は稽古場では死んだふりをしているので、それにだまされちゃいけないんですよ(笑)」2017年7月場所後の記事では緒方喜治が、一瞬不利な体勢になっても瞬時に立て直す相撲センスなどを評価している。同時期の座談会では、錣山が「相撲がはっきりしなくてこれだけ勝っているのですから、すごいと思いますね」と感心している。2017年9月場所前の記事では中立(元小結・小城錦)が「決まり手は寄り切りや押し出しになるが、そこに至るまで相手の嫌がる方に、かいなや足を素早く運べる。教えて出来る技ではなく、子どものころからつちかわれた天性の素質」と言っており、八角理事長は「高安には厳しいかち上げを受け、白鵬には張り手を、どんどん受けたらいい。四つになっても勝てるなんて勘違いしたらいけない」ときついコメントを残している。2018年3月場所前には舞の海から、概して「大兵や怪力の相手には二本差しにして上手を取られる前に出るかどうかが肝心」という論評を受けている。一方、2018年1月場所の相撲を14代二子山は、貴景勝、阿武咲、北勝富士とまとめて「自分はこれが強いというものがあまりないですね」と指摘している一方で、相撲の臨機応変さを評価している。御嶽海久司 フレッシュアイペディアより)

  • 不浄負け

    不浄負けから見た嘉風雅継嘉風雅継

    2009年3月場所12日目、山本山が嘉風に送り出しで負けた際、後ろ立褌を引っ張られ、後ろ立褌が緩んでほとんど外れてしまった。しかし、前褌は外れておらず、局部も露となっていなかったため、不浄負けとはならなかった。山本山は取材に対し、「完全18禁でしょ。あそこは緩むんです」とコメントした。不浄負け フレッシュアイペディアより)

  • 足取り

    足取りから見た嘉風雅継嘉風雅継

    2010年代以降では、嘉風が当決まり手で延べ3勝(2015年9月場所13日目の豊ノ島戦・2016年1月場所5日目の豪栄道戦・2017年9月場所7日目の栃ノ心戦)を挙げた。足取り フレッシュアイペディアより)

  • 3月19日

    3月19日から見た嘉風雅継嘉風雅継

    1982年 - 嘉風雅継、大相撲力士3月19日 フレッシュアイペディアより)

  • 負け越し

    負け越しから見た嘉風雅継嘉風雅継

    豊真将は2009年5月場所に初日から14連敗して18年ぶりの全敗の危機となり、千秋楽に嘉風を下して事なきを得た。また、大道も2013年7月場所で初日から14連敗したが、千秋楽に富士東を下して事なきを得た。その豊真将は2014年3月場所に十両で初日から14連勝したが千秋楽に敗れるという逆の経験もしており、奇しくも千秋楽に豊真将を倒したのは大道であった。負け越し フレッシュアイペディアより)

  • 時天空慶晃

    時天空慶晃から見た嘉風雅継嘉風雅継

    2014年1月場所4日目の佐田の富士-時天空戦では珍事が起こった。佐田の富士の締め込みが緩んでいたので「まわし待った」がかかったのだが、その際は時天空が佐田の富士の廻しの結び目近くを握っていたので両者がそのままの体勢では担当行司の木村晃之助が廻しを十分に締め込むことができず結局1度目の「まわし待った」から再開した直後に行司が締め込み不十分と判断して間髪入れず2度目の「まわし待った」を宣告した。見かねた朝日山審判長(元大関・大受)は土俵に上がって締め込みを手伝うよう土俵下に控える嘉風へ指示したが、担当行司が「関取に手伝っていただくわけにはいかない」と断り、結局佐田の富士の締め込みが緩んだまま再開されることとなり、勝負は時天空が寄り切りで制した。時天空慶晃 フレッシュアイペディアより)

  • 1982年の日本

    1982年の日本から見た嘉風雅継嘉風雅継

    3月19日 - 嘉風雅継、大相撲力士1982年の日本 フレッシュアイペディアより)

  • 日本体育大学

    日本体育大学から見た嘉風雅継嘉風雅継

    OBには、琴欧州、妙義龍泰成、垣添徹、嘉風雅継、剣武輝希、千代桜右京、千代大龍秀政、肥後ノ城政和、心栄山昌也、鷲山、和光山、玉龍馬、千代夢想、加藤耕市、松永六十四などがいる。日本体育大学 フレッシュアイペディアより)

  • 大相撲平成28年7月場所

    大相撲平成28年7月場所から見た嘉風雅継嘉風雅継

    そして、38回目の優勝を狙う白鵬と2場所連続の綱とりに挑む稀勢の里・角番の照ノ富士、さらに平幕の嘉風・逸ノ城・千代鳳・荒鷲の7人が初日から4連勝とした。しかし5日目、白鵬が宝富士の小手投げにあっさり転がされるなど、逸ノ城を除く全勝の力士が全員敗れ、特に白鵬は春場所2日目から続いていた連勝が33でストップした。5日目を終わり早くも全勝は逸ノ城のみとなった。その逸ノ城も6日目に敗れ、早くも6日目に全勝力士が消えた。中日を終えて1敗で白鵬・日馬富士・稀勢の里・高安、2敗で宝富士・嘉風・逸ノ城・佐田の海という状況になった。9日目、1敗の両横綱は、日馬富士が嘉風の叩き込みに屈すると、続く白鵬も土俵上に落ちていたさがりに足を取られたか、自らバランスを崩して転倒してしまい、そろって2敗目を喫してしまった。そのため、1敗で稀勢の里・高安、2敗で白鵬・日馬富士・宝富士・嘉風という状況になった。翌10日目は稀勢の里が松鳳山の変化にバッタリ倒れ、さらに1敗の高安?2敗の日馬富士の取組で1敗の高安が敗れたため、1敗力士が消えた。そして、10日目を終えて2敗で両横綱と稀勢の里・高安・宝富士の5人が先頭に立つという混戦模様になった。翌11日目に高安?宝富士の2敗同士の取組が組まれ、高安が勝利。11日目を終えて2敗で両横綱と稀勢の里・高安という状況になった。翌12日目は高安が嘉風に、白鵬が照ノ富士にそれぞれ敗れ3敗に後退。12日目を終え2敗は日馬富士と稀勢の里のみとなった。2人だけとなった2敗力士は翌13日目に直接対決となり、日馬富士が勝利し、2敗は日馬富士のみとなり、今場所初めて単独トップに立った。一方稀勢の里は横綱昇進が遠のく3敗となった。翌14日目は白鵬?稀勢の里の3敗同士の対戦が組まれ、稀勢の里が土俵際の突き落としで勝利。2敗の日馬富士も豪栄道に勝利した。14日目を終えて2敗で日馬富士、3敗で稀勢の里と平幕の貴ノ岩という状況になり、この3人が千秋楽まで優勝を争うこととなった。14日目を終えて友綱審判副部長は相撲内容が良くないために決定戦になっても勝って優勝以外では横綱昇進は厳しいとの見解を示していた。そして千秋楽。3敗の貴ノ岩は嘉風は寄り切って勝利し、優勝争いに残った。もう1人の3敗の稀勢の里は豪栄道を押し出して勝利し、3敗を死守した。そして結び。白鵬?日馬富士は日馬富士が勝てば日馬富士が4場所ぶり8回目の優勝、白鵬が勝てば日馬富士・稀勢の里・貴ノ岩の3人での優勝決定巴戦という状況だったが、日馬富士が寄り切りで勝利し、4場所ぶり8回目の優勝を決めた。一方稀勢の里は優勝を逃したが、優勝次点の成績だったことが評価され、秋場所も綱とりの場所となることが明言された。大相撲平成28年7月場所 フレッシュアイペディアより)

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