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  • 中谷仁

    中谷仁から見た西口文也西口文也

    初盗塁:2006年7月30日、対西武ライオンズ11回戦(フルキャストスタジアム宮城)、2回裏に二盗(投手:西口文也、捕手:細川亨)中谷仁 フレッシュアイペディアより)

  • ダルビッシュ有

    ダルビッシュ有から見た西口文也西口文也

    4月12日に球団史上最長となる5年連続開幕投手を務めたが、自己ワーストの7失点を記録。4月26日の対ソフトバンク戦で史上129人目となる通算1000奪三振を達成した。6月15日の阪神戦で3回裏2死3塁の場面で、打者の新井貴浩に投じた3球目が高く浮いて暴投となり、この間に3塁走者のマット・マートンが本塁に生還し、この失点で5月10日楽天戦から続く連続無失点記録がプロ野球歴代11位(現役選手では藤川球児に次いで2位)の46回2/3で止まり、パリーグ新記録の4試合連続完封も逃した。交流戦では43回1自責点で防御率歴代1位の0.21を記録。6月30日のロッテ戦で今世紀最速となる56試合目での10勝目を挙げた。シーズン前半戦は13勝2敗、防御率1.44、140奪三振を記録。ファン投票、選手間投票共に1位で、5年連続5度目のオールスターに選出された。シーズン後半戦は5勝4敗、防御率1.43、136奪三振を記録。最終的には自己最高の232イニングを投げ、自己最高の防御率1.44、自己最多の18勝、WHIPは先発投手の中で最小の0.83、に野茂英雄が記録して以来のシーズン250奪三振、日本プロ野球史上初の5年連続防御率1点台を記録し、RSAAでも史上初となる5年連続40点以上を達成。また6年連続で2桁勝利を挙げたが、6年連続2桁勝利の記録は現役の投手では西武の西口文也の7年連続以来の記録となる。クライマックスシリーズファーストステージでは西武と対戦。初戦に先発し、7回1失点の好投を見せて後をリリーフ陣に託したが、9回に抑えの武田久が同点打を打たれてしまい、勝利投手を逃してしまった。結果的に延長10回に勝ち越され敗れた。次の試合でも敗れCS敗退となった。CS第1戦の先発が日本最後の登板となってしまった。この年は2008年以来3年ぶりに自身の記録を更新する3度目の沢村賞選考基準全項目達成をしたが、同じく基準を全項目を達成し勝利数、完投数、防御率、勝率で勝る田中将大に2対3で惜しくも敗れた。沢村賞の選考基準の全項目達成しながら受賞を逃した回数が複数回となるのは史上初の事態となった。オフにはポスティングシステムの行使を申請したことを自身のブログで表明。12月20日にテキサス・レンジャーズがポスティングにおいてドルベースで松坂大輔を上回る史上最高額の5170万3411ドルで交渉権を得たことが発表された。ダルビッシュ有 フレッシュアイペディアより)

  • 松中信彦

    松中信彦から見た西口文也西口文也

    初本塁打:1998年9月5日、対西武ライオンズ22回戦(福岡ドーム)、3回裏に西口文也から右越ソロ松中信彦 フレッシュアイペディアより)

  • 小早川毅彦

    小早川毅彦から見た西口文也西口文也

    1997年4月4日の開幕戦の対巨人戦(東京ドームで)、監督の野村克也から「お前は大学で1年から4番、プロで新人王、だから移籍一年目も必ずやれる」と5番スタメン抜擢。当時3年連続開幕戦完封勝利をあげていた巨人の開幕投手・斎藤雅樹から3打席連続本塁打を放つなど、野村再生工場の下で復活を果たしリーグ優勝に貢献(尚この年シーズン最終戦でも本塁打を放ち開幕と閉幕で本塁打を記録した)、結果的にヤクルトが制した1997年の日本シリーズ第1戦では初めて指名打者で出場(6番)も西武ライオンズ西口文也に2三振と併殺打とゴロ。1999年限りで引退した。小早川毅彦 フレッシュアイペディアより)

  • 駒田徳広

    駒田徳広から見た西口文也西口文也

    、当時新しく選手会長に就任した石井琢朗が、外様の駒田が経験などをスムーズに発言しやすいようにと要請し、キャプテンに就任。マシンガン打線の5番打者としてチームの日本一に貢献。前半戦では不振のロバート・ローズに代わり20試合で4番打者を務めたり、9月の初旬まで打点数ランキングの2位につけ打点王争いに絡むなど活躍したが、終盤には応援団に応援ボイコットをされるほどの深刻な打撃不振に陥る。結局打率.281で本塁打は9本に終わったが、前の打者の出塁率の高さと、2本の満塁本塁打を含む自身の満塁での強さなどから81打点を挙げ、生涯唯一のベストナインを獲得する。日本シリーズでは第4戦までわずか2安打とシーズン終盤の不調をひきずっていたが、第5戦(西武ドーム)で満塁でのタイムリーを含む4安打5打点と大活躍をして調子を取り戻すと、日本一を決めた第6戦(横浜スタジアム)では、スコア0-0の8回裏、西口文也から決勝2点適時二塁打を放ちシリーズ優秀選手に選出された。シーズンオフ、野球教室で正座をした際に半月板を損傷し、手術を受ける。駒田徳広 フレッシュアイペディアより)

  • 亀井義行

    亀井義行から見た西口文也西口文也

    '、谷佳知の不振により開幕6試合目で2番打者として起用されると、4月3日の中日戦で1番・高橋、3番・小笠原道大と共に川上憲伸から球団9年ぶりとなる3者連続本塁打を放ち、チームのシーズン初勝利に貢献。5月からは1番打者に定着したが、5月26日の対北海道日本ハムファイターズ戦で、右足関節を捻挫。7月25日に一軍復帰するが、谷との併用が続いた。中日ドラゴンズとのクライマックスシリーズでは第1戦で負傷した鈴木尚広に代わり第2戦から1番でスタメン出場。14打数7安打1打点の活躍でチームの日本シリーズ出場に貢献。日本シリーズにも出場し、第2戦では大沼幸二から同点適時打、第5戦は打線の7回の涌井秀章からの5連打の一人となったり、第6戦では帆足和幸からチーム唯一の得点となる適時打を放った。第7戦では5番を任され、初回に相手先発の西口文也が自身の打席で暴投し、先制点が入り、なおも1死2、3塁のチャンスだっただセカンドゴロに倒れ、得点できず、後続も倒れてしまった。2回に坂本勇人のソロ本塁打で2点にリードを広げるも、これ以降西武投手陣の継投の前に走者を出せず、8回に逆転され、日本一を逃した。第7戦は無安打に終わってしまい、前述の暴投で先制後のチャンスを逃したのが響く形となってしまったが、一定の活躍を見せた。翌年からは清水隆行の移籍により空いた背番号9'を着用することが決まった。亀井義行 フレッシュアイペディアより)

  • 和歌山市

    和歌山市から見た西口文也西口文也

    西口文也 - 元・プロ野球選手和歌山市 フレッシュアイペディアより)

  • 景浦安武

    景浦安武から見た西口文也西口文也

    2007年は長年慣れ親しんだ物干し竿バットから普通のバットに持ち替え、ボロボロになるまで現役を続けることを決心していた。しかし、シーズンの途中から長打を必要とするためか、あるいはダントツの優勝候補と言われながらも勝ちきれず、不甲斐ない戦いを続けるチームに活を入れるためか再び物干し竿を使用。物干し竿を使うことで本塁打も出始めたが、打率が下がるうえ体にも負担がかかる事から、再び普通のバットに持ち替えた。再度のバット持ち替えにより再び打率は上昇。残り10試合の時点で打率4割(規定打席到達)だったが、自身が望み最後まで出場。そのため最終戦となる西武戦を前にして4割をわずかに割り込んだ。その最終戦では先発の西口文也からヒットを放ち再び4割に到達したが、試合は決着が付かず延長戦に突入する。そして満塁で打順が回り、普通ならここで交代だったが西口がいまだ投げていることから、打席に立つことを志願。そこでサヨナラヒットを放ち、ついに正真正銘の打率4割を達成した。景浦安武 フレッシュアイペディアより)

  • 初芝清

    初芝清から見た西口文也西口文也

    300二塁打:2002年7月28日、対西武ライオンズ17回戦(西武ドーム)、1回表に西口文也から右中間フェンス直撃二塁打 ※史上39人目初芝清 フレッシュアイペディアより)

  • 1972年

    1972年から見た西口文也西口文也

    9月26日 - 西口文也、元プロ野球選手1972年 フレッシュアイペディアより)

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